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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第2幕 B

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2 なでしこ

 現実逃避。

 ぶらぶらと街路樹のそばを通り抜け、ぴたっと立ち止まった。


 顔を上げた先に、見知ったつなぎ。

 軍帽越しにこちらを見て、破顔する。


 ベージュがかった肌色の背年。


 フェトゥレとばったり遭遇し、十字路の真ん中で硬直した。

 すぐに駆け寄ってきた相手。


「たくましくなりましたね?」


 年頃の乙女としては、たくましさを指摘されるのは複雑な気分だけど、成長した証だ。

 頷き、口角を上げる。


「きっと日焼けしたおかげ」


 充実した夏が過ぎ去って現在に戻ってきても、不思議な感覚を引きずっている。


「これからもっと上に、羽ばたけますよ」


 褒め称えるフェトゥレ。

 むず痒くて視線をそらす。

 一歩踏み出す相手。絶妙な距離感で停まった。


「ではさっそく行きましょう」


 マントをはためく音。


「どこへ?」


 視線を向き直す。目を丸くする。


「もちろんダンジョンです。僕もそれなりに修行は積んできた、つもりですからね」


 生き生きと寄ってくる。

 レザーを編み込んだサンダルの、軽快な足音。

 勢いに置いてけぼりを食らう。


「さあ本当の僕を見てください」


 誘われたら断れない。


 ウイユは冒険者と共に歩き出す。

 隣で真っ赤なマントがスーパーヒーローのように、なびいていた。



 フェトゥレはウイユを連れ回した。

 意気揚々と火山地帯へ赴くと、溶岩を横切り、奥地に突入。

 サラマンダーなる竜に似た魔物を討伐した。


 驚いたのは彼の強さというよりも、戦い方だ。


 敵を見かけたらまずはなにも考えずに、突っ込んでいく。

 一応攻撃を受ければオートで白銀の鎧が形勢されダメージを肩代わりするのだが、危なっかしくてたまらない。


 逆に言うと防御と攻撃で役割を、分担できる。


 ウイユはひたすらに盾を張ることに専念し、彼が勝手に敵を倒してくれるので、相性は抜群。

 コンビネーションもうまくいった。


 成果を得て脱出する。

 さらに危険な場所――挑んだものが戻ってこない禁断の領域へと誘い込まれかけたので、慌てて断った。



 かくして街に戻ってくる。

 広場へと歩きながら、ナティア島でのことを、ついでに報告した。


「よく約束を果たしてくれましたね」


 フェトゥレは口元をゆるめ、何度も頷いた。


「そして無事に戻ってきたことに祝福を」


 ついさっき彼につきあって、ひどい目に遭った気がする。

 一瞬どちらのことか悩むも、まあ秘島での話だと推測した。


 改めて言われると、怨霊騒ぎに巻き込まれたときの感覚が蘇る。

 臨場感あふれる幽霊屋敷に足を踏み入れた気分だった。

 一歩間違えば深淵に落ちていただろう。

 今更ながら身震いした。


「お兄ちゃんのメッセージ、ちゃんと拾えて、よかった」


 風の風飾りを頭に浮かべた。

 今は手元にはないけど、大切に保管してある。


 一方、視線を落とした冒険者。

 足音がゆるやかになる。


「そっか。やっぱりあの人が待っていたのは、あなただったんですね」


 切なげに言う。

 ウイユは沈黙を保った。



 一旦休憩。

 ベンチに座り込み、青く突き抜けた空を眺める。


「そういえば前に冒険者になる理由を話したとき、人を守るためだって言ってたけど、それだったら騎士になってもよかった気がするんですけど」

「騎士? あんな堅苦しいの、向いてませんよ」


 フェトゥレはへらっと笑った。

 目の前で手を振る。


「僕は自由です。思った通りの道を行き、やりたいことをやるだけです」


 グレーの脚をダラっと伸ばし、サンダルを浮かした。

 靴裏は薄緑がかった空色だった。


「つまり、遊んでるってこと?」


 身近にいる魔術師の少年と似たものを感じた。


「ウイユさん、僕を駄目な大人だと思いましたか?」


 穏やかな口調ながら、鋭い言葉。

 上半身をこちらへ向け、脚を引っ込める。


「そんなことないけど」


 汗をかきながら否定。

 強張った表情。


「僕もダメ人間な自覚はあります。でも、これはほかならぬ自分が選んだ生き方だ」


 まっすぐに語る彼の顔を見る。

 胸をそらしやや上を向いた視線を、追いかける。


「僕は本当の自分を見つけたいんです。まだ見ぬ世界を見て、まだ見ぬ体験をすることで、人生というものを見つめ直したい」

「人生……」


 クリアな瞳に光が射し込む。スチールブルーの色を帯びていた。

 ガーネットの輝きを反射したように色づく頬。


 生き生きとした顔を覗き込み、不思議な気分になった。


 彼はこんなにも活力に満ちているのに、どうしてか印象が薄い。

 今にも風に吹き消えそうに思える。

 まるで虚空の狭間を彷徨っているかのように。


「ウイユさんは、どうしたいんですか?」


 不意に問いを投げかけられる。

 答えはすぐに浮かんだ。

 頭をよぎったエウリックからの手紙。


「私の夢は決まっているの。冒険者になって、お兄ちゃんの軌跡を辿ること」


 兄への思いを噛み締め、はっきりと口に出す。

 フェトゥレは微笑んだ。


「あなたならきっと、どこへだって行けますよ」


 力強い声が背中を押した。



 別れ際。

 逆光の中、向き合う二人。

 ウイユは唐突に切り出す。


「フェトゥレって、本名なの?」


 さらりとした口調。

 フェトゥレは真顔だった。


 一瞬の間。

 空気が凍りつく気配がした。


「なぜ、そう思ったんですかね?」

「ただの勘。気を悪くしないで」


 早口で言い捨て、目をそらす。


「僕も名前のことはよく分からないんです。あなたの指摘は間違ってないですよ」


 なめらかな口調で返す。

 後腐れのない表情は、気にしてないのか。

 ならよかった。


 二人はさらっと別れた。



 フェトゥレがいなくなり、道具屋や防具屋が並ぶ茜色がかった通りで、一人佇む。

 涼しい風に吹かれ、後ろ髪を揺らしながら、遠い目をした。

 脳裏に蘇った昔の記憶。


「ウイユ、ってなに?」


 セラン高原の自宅。居間で首をかしげた幼き日の少女。

 ウイユという名の意味が分からなかった。変な響きだと感じていた。


「なんだ、知らないのか? 花の名前だよ」


 軽やかに近づく兄。


「君には、撫子なでしこと言ったほうが、伝わるかな」


 晴れやかに笑いかけた。


「なでしこ」


 音を口に出すと、妙にしっくりと来る。


 満足げな反応を見てエウリックは明るい表情で、目を細めた。


「私は好きだ。その名はな」


 熱情のこもった言葉が、今でも忘れられない。

 思い出すために胸が震え、また切ない気持ちになった。




 しみじみと目を伏せたところでふと、顔をしかめる。

 学校に忘れ物を置いてきたときと同じ感覚だ。なにかを忘れている。


 頭をよぎったのはナティア島の土産物店。


 棚に吊るしてあったダイダイ柄に染め上げた生地。

 スカーフに近い見た目の、クラバット。

 古くは戦場へ向かう人の無事を祈って結ぶのだそうな。


 しばしの無言。


 土産物渡すの、忘れてた。


 思ってもすでに遅く、フェトゥレの気配を感じ取れない。


 はぁ……とため息をしつつ、面を上げた。


 また次の機会を待とう。


 吹っ切れた態度で踵を返し、足を踏み込む。

 冒険用のグレーの長靴は淡々とした足音を鳴らし、別の通りへ吸い込まれていった。



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