表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
接続章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/34

幕間 愛と感謝

 セラン高原の村にたどり着いて、間もないころだ。


 無機質な顔をしたエウリック。

 テントウムシを色もなく眺め、靴底で潰した。

 なんの音もしなかった。


 マントをたなびかせながらしばらく歩き、青年は急に足を止める。

 彼方には水晶の森。村の端までやってきた。

 棒立ちの彼を見つける影。


「おお――オッドアイ……」


 息を呑む男。


「名乗らずとも分かるよ。君は、エウリック・ボーデンだね」


 色白の中年男性は、長年追い求めてきた運命()を邂逅したかのように、じっとこちらを見つめた。


「セランを選ぶとはお目が高い。君も私と同じ目的のために、立ち寄ったのかな?」


 柔らかな目元・弧を描く唇も、パーツの一つ一つは大きめだが、不思議と主張しない。

 特別、整っているわけではないものの、親しみやすい印象を受けた。

 エウリックは特に反応を示さない。


「私はエミール」


 エミール・ディギル。


「音がやや被っている。親子と言っても、不自然ではないね。もっとも、由来は異なるだろうが」


 しみじみと語りつつ、視線を滑らす。

 丸みを帯びた形をした目が心なしか、鋭く引き締まって見えた。


 言われてみると確かに似た響きだ。

 ややこしいので、ディギルと呼称する。


「君の源は山にあるのかい?」


 エウリックは黙り込む。

 相手もあえて追求しなかった。


「気を楽にするといいよ。困ったことがあれば相談に乗るとも」


 軽く手を上げ、にっこりと笑う。


「ああそれなら、宿に困っていたのですが」


 快さげな態度だったので、素直に甘えた。


「ならば、家に来るかい? 研究室を兼ねているからね。寝泊まりができるんだ。夜型の人もおすすめだよ。どうするんだい?」


 ディギルはあっけないほど、よくしてくれた。



 彼の家で夜を明かす。

 次の日も、ここにいてよいと言われた。


 他人に寛容に扱われたのは初めてで、心が震える。

 感傷にも似た気持ちが沸き起こった。



 淡々と日々が過ぎる。

 縁側に座り込み、澄んだ空を見つめる。

 家主であるディギルも遊びに来て、ひなたぼっこをした。

 まだ知り合って間もないのに、エウリックは家族として、あっさりと受け入れられた。



 ある日、ディギルは花束を持っている。

 くるりと巻かれた紙の内側で、カーネーションがこんもりと咲いていた。


「これかい? ルイーズに渡すんだ」


 ルイーズとは、彼の妻だ。


「なぜ花を」

「そりゃあ感謝を伝えるためにだよ」


 当たり前のように、彼は答えた。

 エウリックは首をかしげる。

 なんのために?


「少しでも思うところがあるのなら、『ありがとう』と言っておくものだ」


 いつ言えなくなるか分からないからね、と。

 ほっこりと頬を綻ばせながら、相手は語る。


「今際の際に後悔しないように、全ての気持ちを預けに行くんだ。だからこうして日頃の感謝を花にこめる。それはそういう儀式なんだよ」


 母を大切に思うからこそ、感謝として現れている。

 感謝の気持ちは、いわば代替。


「いつもありがとうと伝えることで、何度でもプロポーズをするんだ」


 晴れやかな顔で笑いかける。

 エウリックはじっと男性を見つめた。


 愛と感謝の意味は、辞書にある言葉として、認識している。

 ただ、日頃から似た言葉だとは思っていた。


 その理由がようやく分かった。


 今際の際に残す、最後の言葉。

 相手を愛する気持ちが、感謝として出力しているからだ。


「そうだ、昔のルイーズはそれはとっても可愛かったんだよ。まさしく天から落ちた花だ」


 聞かせたくてたまらないというように生き生きと、ディギルは馴れ初めを語る。



 今は天文台で勤めているが、過去には冒険者として活動していた男。

 それなりに手練れであった彼は、ダンジョン内で危機に陥っている人間を救い出すことがあった。


 中でも印象に残っているのは、妙齢の女性。

 巨人のごとき魔物が棍棒を振り回し、襲いかかろうとする場面に遭遇する。

 女一人で珍しいなどと感想を漏らす暇はなく、彼は勢いよく飛び出した。


「危ない」


 オーブに触れ、構えた。

 直後に幻想的な光が迸り、敵は弾ける。


 彼が動いた時点で、魔物の運命は決まり、今終わったのだ。


 ディギルは塵となった残骸には目もくれず、一直線に女性の元へ駆ける。

 尻餅をついて動けない彼女に、手を差し伸べた。


「大丈夫かい?」

「ええ、ありがとう」


 彼女は怖ず怖ずと手を取り、立ち上がった。


 ダンジョンから脱出すると、彼女はすぐに姿を消してしまった。

 あっという間に見失ってしまったことを寂しく思いながらも、ディギルは諦めず、探し続ける。


 あの女性ことがおのれにとっての運命の人だと、信じたからだ。



 ある日、冒険者の街でぶらりと歩いているときだった。

 ちょうど夕方で、冒険者たちが戻ってくる時間帯。



 不意にすれ違った。

 風が吹くと視界の端でさらさらとした髪がなびく。

 ふんわりと花の香りがした。


 思わず振り返る。


 コツンとヒールの音。


 彼女も足を止め、こちらを見た。


 高い身長に引き締まった細い腰。

 艶のある透き通った肌。

 二重(まぶた)の切れ長の目に引き込まれた。


 ダンジョンで遭遇した女性だと、直感する。

 感動にも似た衝動が、胸に沸き起こる。

 頬が紅潮し、鼻息が荒くなる。


 また会えた。二度も目が合った。

 やはりこの女性は、運命に違いない。

 占星術でも見出せなかった未来が、今目の前にある。


 いてもたってもいられず、彼女に近寄った。

 彼女は無垢な顔で男を見つめた。


 視線がかち合うだけで、胸がざわめく。

 そばにいたい。

 心の底から願うようになった。



 二人は付き合い、数年の月日が流れ。


 華やかな装飾で彩られた路地の真ん中で、頭を下げ、腕を差し出す。

 手には真っ赤な薔薇バラ

 出会えた喜びに感謝し、花束を渡した。


 真剣に想いを伝える彼に、くすっと声。


 顔を上げると、彼女のふっくらとした唇が弧を描いていた。

 今では見ることのできない、自然な笑みだった。



 話を聞き終えたところで一番に気になったのは、《なぜ冒険者を辞めたのか》だった。


「まあ、当時は魔王軍との戦中で、兵士が駆り出されていてね。自分の欲しいもののために玉砕しても構わないが、それをしては真理に届かない。なによりルイーズを一人にしてしまう」


 本来なら男子は総動員されてもおかしくはなかったが、エウリックが一騎当千の力を誇っていた。

 わざわざ衛兵に与する者は、酔狂というもの。

 彼以外は有象無象ということで、そこはゆるかった。


 エミールは冒険者を降りることで、玉砕を回避したわけだ。


「君には人生の半分を捧げても、足りないね。なにせ、王国の全てを背負って、戦ってくれたのだから」


 晴れやかに笑いかける男。

 エウリックは硬い表情のまま、視線を傾けた。


「それでだね、天文学者になった理由の話だ。総合するとなんとなくとしか、言い様がないがね」


 男は赤らめた頬をぽりぽりとかいた。


 散々引っ張って、曖昧な結論。

 聞き流すような態度のエウリックに対し、ディギルは正面を向き、身を乗り出す。

 自分の話を聞いてほしくてたまらないというように、相手は生き生きと語り出した。


「元々、世界の真相を知りたくて地下に潜っていたのだけどね。実際は天を観たほうが、近いかなと思ってね。ほら、天には神が座すと言うだろう」


 人差し指で空を示す。頭上にはなにもなかった。


「そうだ。うちには娘がいるんだけど」

「見ませんが」

「引きこもっているからね」


 男性は苦笑いをする。


「娘も星空は好きなんだ。よければ、彼女を表に出してやってくれ。頼むよ」


 目の前で困り眉をし、手を合わせる。


 エウリックはすっと目をそらす。

 なんともいえない気持ちで、彼方を見つめた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ