2 ブラックスター
フィールドには大量の魔物が投下された。
魔物といっても、実質家畜だ。
犬猫レベルに無害になるよう品種改良を施してある。
ぴょんぴょんと逃げる獣たち。
網やら武具やらで追い詰めに掛かる生徒。
傍から見るといじめのようで、罪悪感がある。
一方、視界の端ではなにやら、派手な技が繰り出されたようで。
「きゃあああ! なにあれ、串刺しよぉ!」
「ちょっとこのクラス、吸血鬼いない!?」
女子たちの悲鳴を聞き流し、淡々とスコップを動かすウイユ。
掘った穴に柔らかな土を被せる。
ちょうどそばに獲物がウロウロ。
丸みを帯びた体躯に小さな耳の、小動物然とした見た目だ。
あたりを警戒するように耳を立て、視線をちらつかせている。
「おーい、おいで」
声を掛けると、ピクッと反応。
両腕を広げ大げさにアピールするように手を叩くと、獣がこちらに注目し、ぴょんぴょんと駆けてくる。
ウイユも後退りしつつ背を向け、一気に駆ける。
ぴょーんとジャンプし土を被せた場所を踏み越えると、相手も後に続く。
ところが、小柄な体では跳躍力が足りない。
宙に浮き、ズドーンと落下。
柔らかな土に沈んだ。
ウイユは落ち着いて穴に手を突っ込み、小さな体を抱えた。
ペットにやるように持ち上げ、表に出す。
もふっとした感触。
ぬいぐるみの目のようにつぶらな瞳は、よく見るとかわいい。
まじまじと観察していると、教師からの無慈悲な声が掛かる。
「捕獲はお見事。さあトドメを刺しなさい」
「え゛?」
張り詰めた顔で青ざめる。
「どうしたました? 武器をなくしたのですか?」
「その、どうしてもやらなきゃ、駄目ですか」
怖ず怖ずと問いかけ、背を丸める。
「演習です」
冷たい言葉。
また鋭い風が吹き付ける。
じっと立ち尽くしていると軽い足音がし、後ろから影が差した。
「俺が代わりにやってやろうか」
ダークレッドと黒のグラデーションの髪をした少年が、ニコニコしながら寄ってくる。
アルフ。
小動物を抱え振り向く。ぼんやりとしたままのウイユ。
なにをするつもりなのか詳細を掴めないまま、捕まえた個体を放る。
無警戒にトコトコと歩くちんまりとした姿。
穏やかな態度を崩さない少年。彼が握りしめた短剣が光る。
直後――
バゴーン!
黒紫の魔力が放射されたかと思いきや、吹き飛ぶ。
小さな獣がいた場所には影が焼き付けられ、塵すら残らない。
ウイユは魂が抜けた表情で荒れた地面を、見下ろした。
ちなみに人間に慣らされた生物は魔物ではなくなるので遺体が残り、魔の生物は死ぬと消滅する。
小動物はきちんとした魔物だったようだ……。
なにも考えられないまま校舎に戻る。
先の演出でなにが起きたのか分からないまま、ただ夢を見るかのように、場の流れについていく。
黒板の前には澄まし顔の教師。
各席に大人しく座った生徒の前で、学園生活についての説明が始める。
いわく、聖ジュエルは学校というよりは、教習所に近い。
カリキュラムをこなし、合格のラインから達した者から、学び舎を離れる。
最短で一年で卒業できるが、ラインに達しなければ、やり直し。
国にとって都合のいい大人に仕立て上げる(ルインの)普通の学校とは、ひと味違う。
こちらは正真正銘、“能力を鍛える場”だ。
生徒の潜在能力を引き出し、昇華させることが目的であろう。
ちなみに新入生の選定は占星術によって国家規模で行われるようだ。
つまりウイユも選ばれたということだが、いまいち実感が湧かない。
制度を全て覚えるのは面倒だ。集中力が失せていく。
「こちらに入学したからには、自由にやってもらいます。当然です、おのれの才能を磨き、進むべき方向へと歩を進める。その道筋は自力で見つめなければなりません。やりたいことはなんでもできますよ。校風から逸脱し、公序良俗に反さない限りは」
教師は表情一つ変えずに話を終える。
奥の席に座るウイユは固まった。
はしごを外された気分になる。
「ああもちろん、成績は評価します。一〇月に魔術戦、一一月にメダルラリーがありますので、そこを基準にしてもらいます。では」
では、ではないのだが。
いきなり言われても困る。
自分のやりたいことなんて、考えたこともなかった。
一方、周りは盛り上がる。
「おっしゃー! 全員まとめてぶっ潰してやらァ!」
拳を突き上げるロジェ。
アシンメトリーな髪がダラッと長い。わざわざセットしてきたのだろうか。
周りで不良軍団も目をギラつかせる。
女子たちは若干引き気味だ。
「なるほどー。ねえ、あたしと一緒に図書館に行く人いるー?」
エレナが後ろの席に向かって呼びかけると、なにも分かってない顔をした生徒たちが、「おおー」とテンションを上げる。
アルフはノーリアクション。
ハイラムは澄まし顔で固定し、クールな態度が様になっていた。
落ち着いている彼らを横目に、ウイユはうつむく。
なにも決まっていないし、やりたいことなんて見つからない。
いたたまれない気持ちになった。
オリエンテーリングが終盤に差し掛かり、ようやく投影石の出番がくる。
魔力を投影すれば、内に秘めし力が表に出る。
最初から力を持つ者もいるけれど、彼らは例外だ。
選ばれし者が集まる聖ジュエルだから、ありえない話ではないけれど。
とにもかくにも硬い質感に触れ、目を閉じる。
内なる力を意識すると、ぶわぁと冷たいものが、手のひらに広がる。
恐る恐る瞼を開けた。
手元にころっと転がったのは、群青色の石。
不透明な面には金の輝きが散らばる。
ただし彼女が想像した石は透明感があって、キラキラとしたものだった。
これじゃない……。
渋い顔になるウイユ。
どうせならダイヤモンドやルビーがよかった。
所詮は凡人。ただの石がふさわしいとでも言うのか。
肩を落とし、息を吐く。
露骨な反応を見せた彼女に視線を送る影があることに、本にはまだ気づかない。
一方、前の席で「うわぁ!」と驚いた声が上がった。
エレナが手元でなにかを爆発させたらしい。
生み出されたのは円形の武器だ。
内側に紋章のようににじみ出た透明な鉱石の部分が、照明を浴びて虹色に輝く。
ジロジロと周りが見てくる。
「さては何段階か工程を飛ばしましたね」
冷静な声が掛かる。
スーツをびしっと着た教師が、台から見下ろした。
「なるほどすばらしい、ハーキマーダイヤモンドとは。君は人々に幸運を分け与え、光あるほうへ導く能力を持っているようですね」
興味深げな感想を述べた先生。
なお、真顔である。
「えへへ。レアなんでしょう? あたしってやっぱり天才よね」
自信満々のエレナが、キラキラと顔を輝かせる。
「君は戦闘よりもクリエイティブに着手すべきでしょう。では、続きを」
さりげなく横鼻を折った風だが、気にしない。
やがてエレナは正面を向いた。
教師は引き続き、生徒たちを見やる。
「武器にでも加工して、異能を使ってみてください」
促され、試しに使ってみるウイユ。
夜の氷雪の気配が立ち込めるや、青水晶の光が盾を形成するように、現れた。
明らかに守りに関する力だ。
ウイユは表情もなく、冷たい色を見つめた。
周りでも能力の発現によってテンションを上げる人々。
一人冷静なアルフ。
彼が投影石に触れるとそれは、黒い宝石へと変わる。
いかにも男性的な色の内側から、星の光が射し込む。
まさしくブラックスターだった。




