27 冒険者に
ウイユはまた海辺を巡る。
船着き場に来ると、筋骨隆々な男の影があった。
ティアレ島まで連れてきてくれた船乗りである。
こちらに気づくと、手招き。
膝を曲げ、すっと靴を踏み込むウイユ。一歩で距離を詰めた。
波止場で向き合い、話をする。
「俺は昔、奴を船に乗せたことがあってな。一時とはいえ、仲間だった身の上だ。共に冒険に出向き、力を合わせて、宝を得た。各地に上陸する度、奴はまた仲間を連れてきてな」
心底呆れた様子で、彼は息を吐く。
「エウリックは旅先で出会った人々を同行させるんだが、気がつくと彼らを置いていくことが多かった。おいらもまたその一人だとも。いつの間にやら、置き去りさ」
「兄は気まぐれだから」
苦笑いをするウイユ。
船乗りは視線を合わせない。
「厄介なのは、他人に興味がねぇ癖に、自分のことを一方的に語りたがるところだ。よく言っていたな」
「『私は世界の全てを手に入れるのだ』と」
じろっとこちらへ視線を向ける。
ウイユは真顔だった。
そう、甲高に大それたことを語る人。
でも、彼にかかれば本当にできそうだと思った。
「おいらにゃ、到底付き合いきれねぇがな」
彼方――海の果てを見据え、彼は葉巻をふかすかのように、息を吐いた。
「思えば潮時だったのかもな。俺ぁ昔は冒険のために命を張っていたがな、今じゃすっかり錆びちまったよ。あの船の側面みてぇに」
デニムのボトムのポケットに手を突っ込みながら、彼は脚をふらふらとさせた。
「もはやお前らを送り届けることしか、できやしねぇ」
「でも、それって素敵なことだと思います。あなたはちゃんと旅路を見届けられるのだから」
言葉に割り込むようにして伝えると、船乗りは口を止めた。
一瞬だけ視線がかち合う。
ウイユはまっすぐな目をしていた。
「そいつは確かに恵まれている。だが、奴の最期は、誰も知らねぇ」
船乗りは口を曲げ、眉間にシワを寄せた。
あたりに静寂が走る。
頭上に厚い雲が垂れ込め、重たい影がかすめた。
夏にしては涼しい風に身震いしつつ、ウイユは相手と向き合う。
「エウリックはどう生きた?」
「そんなの私が知りたいです」
素直に答える。
「風の噂じゃ、冒険を追い求め、自分のやりたいことを貫いた結果、命を落としたと聞いたがな」
やはり船乗りの中でも、エウリックは死んだ扱いになっている。
ウイユはしょんぼりと肩を落とす。
「兄はもう、帰ってこないんですね」
「そりゃあそうだとも。奴の生き方は刹那的でな、行くと決めたら最後まで突っ走るのさ。それでも本人は悔いを抱かなかっただろうがな」
話を聞いて唖然とする。
頭をよぎったのは、手紙の内容。
終点で待つって……。
死んでしまったら叶わないじゃないか。
急にむなしくなって、体から力が抜けた。
「おいらの知る話は以上だとも。さあ、お前に問う。それでも兄の影を追うか?」
視線を流す。
日焼けした肌に映える、鋭い眼差しだった。
ウイユは一度目を閉じ、胸に手を当てる。
思えば、ここがゴールになり得たのかもしれない。
追いかけていた存在はこの世にいない。
波打つ鼓動を抑え、顔を上げる。
「私は、冒険者になりたい」
クリアな目で言い切る。
相手は止めなかった。
ただ黙って見守るだけだった。
出発のとき。
港から船に乗る。
潮風に揺れるつば広の帽子。その影からおさげが長く伸びる。
レースアップフロントのシャツに、台形スカートを合わせたエレナ。
彼女の白い腕が、手すりに触れる。
「マハナちゃんのこと」
ピンクホワイトの唇が、ポツリと彼女の名を零した。
ウイユはチラリと彼女の顔を覗き込む。
「うちの王国のジーン様も魔女として処刑されたわ。どこの国の聖女も同じ結末を辿るのかしら」
眉を寄せ、口をすぼめる。
朱色の髪が曖昧に揺らめいた。
ウイユはなにも答えられず。
不意に陸から「おーい」と手を振る声。
すぐに顔を上げた。
エレナは故郷を愛おしむかのような目で、島民の声に応えて片手を振った。
彼女の透き通るような肌を見て、そういえば日焼け対策をしていなかったと、今更思い出す。
コンパクトを叩けばすぐに陽射しを防御できたのに。
まあ、いいか。気にしない。
こんがりと焼けた肌も、思い出が積み重なった証拠だ。
海を眺めながら追想に浸る。
色々あったが、来てよかった。
冒険に出てよかった。
勇気を得られた。
自分はやれると証明できた。
なにより兄が見た景色に触れられた。
世界は美しい。
彼もきっと、こんな気持ちだったんだ。
自分はきっとその感覚を知るために、秘島に飛び込んだのだろう。
晴れ渡った空を見上げ満たされた気持ちで、船に揺られる。
島を離れ大陸へ。
来たときと同じように危なげなく、魔の領域を突破する。港はすぐそこだった。
「わぁ、懐かしいわね」
「あれだけの冒険をしてきたものだし」
女子二人で盛り上がる。
アルフはなにかを確かめるようにじっと遠くを見つめ、ハイラムは無言で甲板に佇んでいた。
船は波止場にたどり着き、地に降りる。
かくして少年と少女は日常へ帰っていく。
余談だが役割を終えた船乗りは行方をくらまし、アルフですら連絡が取れなくなった。
航海を求める声があれば応じるとのことだが、ウイユからすれば相手とはもう二度と会えないような予感がする。
寂しくはなかった。
一区切りついたようなさっぱりとした気分で、彼女は前を向いた。




