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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第2幕A

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28/34

27 冒険者に

 ウイユはまた海辺を巡る。


 船着き場に来ると、筋骨隆々な男の影があった。

 ティアレ島まで連れてきてくれた船乗りである。

 こちらに気づくと、手招き。


 膝を曲げ、すっと靴を踏み込むウイユ。一歩で距離を詰めた。

 波止場で向き合い、話をする。


「俺は昔、奴を船に乗せたことがあってな。一時とはいえ、仲間だった身の上だ。共に冒険に出向き、力を合わせて、宝を得た。各地に上陸する度、奴はまた仲間を連れてきてな」


 心底呆れた様子で、彼は息を吐く。


「エウリックは旅先で出会った人々を同行させるんだが、気がつくと彼らを置いていくことが多かった。おいらもまたその一人だとも。いつの間にやら、置き去りさ」

「兄は気まぐれだから」


 苦笑いをするウイユ。

 船乗りは視線を合わせない。


「厄介なのは、他人に興味がねぇ癖に、自分のことを一方的に語りたがるところだ。よく言っていたな」

「『私は世界の全てを手に入れるのだ』と」


 じろっとこちらへ視線を向ける。

 ウイユは真顔だった。


 そう、甲高に大それたことを語る人。

 でも、彼にかかれば本当にできそうだと思った。


「おいらにゃ、到底付き合いきれねぇがな」


 彼方――海の果てを見据え、彼は葉巻をふかすかのように、息を吐いた。


「思えば潮時だったのかもな。俺ぁ昔は冒険のために命を張っていたがな、今じゃすっかり錆びちまったよ。あの船の側面みてぇに」


 デニムのボトムのポケットに手を突っ込みながら、彼は脚をふらふらとさせた。


「もはやお前らを送り届けることしか、できやしねぇ」

「でも、それって素敵なことだと思います。あなたはちゃんと旅路を見届けられるのだから」


 言葉に割り込むようにして伝えると、船乗りは口を止めた。


 一瞬だけ視線がかち合う。

 ウイユはまっすぐな目をしていた。


「そいつは確かに恵まれている。だが、奴の最期は、誰も知らねぇ」


 船乗りは口を曲げ、眉間にシワを寄せた。


 あたりに静寂が走る。

 頭上に厚い雲が垂れ込め、重たい影がかすめた。

 夏にしては涼しい風に身震いしつつ、ウイユは相手と向き合う。


「エウリックはどう生きた?」

「そんなの私が知りたいです」


 素直に答える。


「風の噂じゃ、冒険を追い求め、自分のやりたいことを貫いた結果、命を落としたと聞いたがな」


 やはり船乗りの中でも、エウリックは死んだ扱いになっている。

 ウイユはしょんぼりと肩を落とす。


「兄はもう、帰ってこないんですね」

「そりゃあそうだとも。奴の生き方は刹那的でな、行くと決めたら最後まで突っ走るのさ。それでも本人は悔いを抱かなかっただろうがな」


 話を聞いて唖然とする。

 頭をよぎったのは、手紙の内容。

 終点で待つって……。

 死んでしまったら叶わないじゃないか。


 急にむなしくなって、体から力が抜けた。


「おいらの知る話は以上だとも。さあ、お前に問う。それでも兄の影を追うか?」


 視線を流す。

 日焼けした肌に映える、鋭い眼差しだった。


 ウイユは一度目を閉じ、胸に手を当てる。


 思えば、ここがゴールになり得たのかもしれない。

 追いかけていた存在はこの世にいない。


 波打つ鼓動を抑え、顔を上げる。


「私は、冒険者になりたい」


 クリアな目で言い切る。


 相手は止めなかった。

 ただ黙って見守るだけだった。



 出発のとき。

 港から船に乗る。


 潮風に揺れるつば広の帽子。その影からおさげが長く伸びる。

 レースアップフロントのシャツに、台形スカートを合わせたエレナ。

 彼女の白い腕が、手すりに触れる。


「マハナちゃんのこと」


 ピンクホワイトの唇が、ポツリと彼女の名を零した。

 ウイユはチラリと彼女の顔を覗き込む。


「うちの王国のジーン様も魔女として処刑されたわ。どこの国の聖女も同じ結末を辿るのかしら」


 眉を寄せ、口をすぼめる。

 朱色の髪が曖昧に揺らめいた。

 ウイユはなにも答えられず。


 不意に陸から「おーい」と手を振る声。

 すぐに顔を上げた。

 エレナは故郷を愛おしむかのような目で、島民の声に応えて片手を振った。


 彼女の透き通るような肌を見て、そういえば日焼け対策をしていなかったと、今更思い出す。

 コンパクトを叩けばすぐに陽射しを防御できたのに。


 まあ、いいか。気にしない。

 こんがりと焼けた肌も、思い出が積み重なった証拠だ。


 海を眺めながら追想に浸る。


 色々あったが、来てよかった。

 冒険に出てよかった。


 勇気を得られた。

 自分はやれると証明できた。

 なにより兄が見た景色に触れられた。


 世界は美しい。

 彼もきっと、こんな気持ちだったんだ。

 自分はきっとその感覚を知るために、秘島に飛び込んだのだろう。


 晴れ渡った空を見上げ満たされた気持ちで、船に揺られる。

 島を離れ大陸へ。


 来たときと同じように危なげなく、魔の領域を突破する。港はすぐそこだった。


「わぁ、懐かしいわね」

「あれだけの冒険をしてきたものだし」


 女子二人で盛り上がる。


 アルフはなにかを確かめるようにじっと遠くを見つめ、ハイラムは無言で甲板に佇んでいた。



 船は波止場にたどり着き、地に降りる。

 かくして少年と少女は日常へ帰っていく。


 余談だが役割を終えた船乗りは行方をくらまし、アルフですら連絡が取れなくなった。

 航海を求める声があれば応じるとのことだが、ウイユからすれば相手とはもう二度と会えないような予感がする。


 寂しくはなかった。

 一区切りついたようなさっぱりとした気分で、彼女は前を向いた。



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