26 祭りの終わり。秘島最後の朝
市街地に戻る。
秘島にはびこる嫌な気配は消えていた。
帰る前。宴をする。
美少女のエレナはあっという間に取り囲まれ、本人の社交性も相まって皆の中心に。
ひまわり柄のワンピースがよく似合っていて、島に馴染んでいた。
端からこちらの住民であったかのように。
アルフは不在。一人で奥地に行ったらしい。
ハイラムも単独行動で祭り場から姿を消した。
余り物のように取り残されたウイユ。
彼らも一緒になって盛り上がればいいのに。
そのほうが楽しいのにと、モヤモヤする。
余裕ができたので考えごとをしてみる。
浄化された舞姫。
誰かのために戦った清廉な乙女。
自分はああはなれない。
巫女の行いが間違っていただなんて、思いたくない。
でも、彼女は巫女としての自分を否定する。
あんなにも頑張ったのに。どうしてだろう。
ウイユは眉間を曇らせる。
そのとき高く透明感のある呼び声。
「みんな、来て!」
彼方を見つめる前にさざ波の音を聞いた。
自分が海岸線沿いを歩いていたと、ようやく思い出す。
日が暮れがかった空の下、寄せては返す波打ち際を歩く影。
朱色のおさげを潮風に揺らめかせた、ひまわり柄のワンピースを着た乙女。
「ナティア島最後の日なんだから、楽しまなきゃ損よね?」
明るい声がした。
いつの間にか周りに少年と王子の影がある。
共にシンプルな格好に着替えている。
「よっしゃ、俺も遠慮なく」
アルフが飛び出し、ハイラムも控えめながら浜辺へと向かった。
一人、留まるウイユ。
眩い光と鮮やかな色に染め上げられる海辺。
逆光によって浮き出た人影。
波を掛け合い、笑い声を響かせる。
楽しげなエレナと、夢で見た巫女が、重なる。
スカーレットのショートヘア、白いローブ。
細い首へと垂れたチェーンの輝きに、胸元に落ちたレッドダイヤモンド。
ああ――とため息が漏れる。
日が沈みきり、世界が藍色に包まれてなお、太陽はまだそこにいるような気がした。
改めて、マハナの姿を脳裏に浮かべる。
花びらが散り、うっすらと消えた影。
最期に彼女は救われたのだと思う。
ウイユは口元に笑みを引いた。
その晩は住民たちと宴をし、楽しんだ。
広々とした会場で香ばしくも温かな食事が振る舞われ、にぎやかな歌声や楽器の音色が響き渡る。
漆黒の空には花火が上がった。
一方、奥地にて。
祭りによる輝きの残滓が、降ってくる。
にぎやかな気配を遥か彼方に感じる龍。
黄昏れるマファトゥの元へ、軽い足音が近づく。
迷彩柄のマントをひらめかせた少年が現れた。
「なにをしていたのだ? ヒトの子よ」
「見りゃ分かるだろ」
手のひらに載っていたのは魔石。
「ちょいと未来を見据えてさ」
軽々しく口にした。
「そんなことより、あんたのことだよ、マファトゥ」
話を切り替える。
「せっかく浄化されたっていうのに、なんでそんな浮かない態度なんだ?」
硬い沈黙が返ってくる。
微妙に風圧が掛かった。
「あの子は二度と戻らぬ。失ったものは戻らぬのだ」
諦めたような言葉。
アルフは片眉をひそめる。
「存じておるはずだ。魔に墜ちた者は、魂ごと消える」
倒した魔物が塵になる光景を思い浮かべる。
「怨霊と化した時点でもはや、どこにも行けなくなっていたのだよ」
人の形を持ってさえいれば、まだ救いはあっただろうがと、憂う。
アルフは真顔のまま一歩踏み出す。
「でも、その思いは晴れたよ」
淡く、光が射し込む。
透明な月が夜を照らしていた。
「そうであろうな」
龍は口元をゆるめた。
「あの娘は救われたのだ」
それだけはよかったというように、息を漏らす。
「せめて私から伝えよう。島に安らぎを与えてくれて、ありがとう」
一夜明けてアルフが戻って来る。
平然と宿の庭に立つハイラム。
出発のときだ。ナティア島にいる理由はない。
ウイユは商店街を巡っていた。
「こいつぁどうだい?」
褐色の男が陳列された棚を指す。
目に入ったのはオレンジ色のスカーフのようなもの。より簡略化されているが、質はよさそうだ。手作りならではの温かみを感じる。
「ダイダイ柄だよ。この世で一つだけの代物だ。どんなダイヤモンドよりも価値があるさね」
「ください」
ノリで飛びつき、買い取った。
さあ、そろそろ帰らなきゃ。
挨拶回りでもしようと島全体を回って、冷静に考えると知り合いがいないことに気付いたので、最初に泊まった宿へ戻ってくる。
原木を切り出して作ったシンプルな建物がひっそりと佇んでいて、外部からでも人の気配がないと分かった。
裏手へ回ると、そこは霊園だった。
ひび割れ苔むした墓標がいくつか立ち、手前では白い菊が添えられ、人影が祈りを捧げる。
年若い男は黒い衣を身に着け、垂れた裾が地に広がっていた。
その神秘的な空気感は、今にも青白く光り輝きそうで。
呼吸も忘れて見入ってしまった。
厚い雲越しに透明な日射しが降り注ぐ。
相手は閉じていた目を開くと、音もなく踵をずらし、振り向いた。
透明感のある白い肌に、パーツの小さな顔が、ウイユをとらえる。
「なにかの儀式でもしたの? ずいぶんと風格があったようだけど」
慎重に切り出すと、彼は目をそらした。
「僕は墓守ですから」
ぎこちなく、口を開く。
「せっかくですので、話しましょう」
遠くを見ながら、淡々と。
「有名な英雄譚ではありません。島を守らんと戦って散った、英雄になれなかった者たちの話を」
鈍い青に染まった空には、無数の鳥が飛んでいく。まるで霊魂が連れさらわれていくかのようだった。
「あなたは広場の銅像を見ましたか?」
「うん。闇の王だって聞いたわ」
名はライだったか。
「あの人は本来なら英雄になるはずだったのです。侵略者は彼を打ち倒し、勇士としての立場を乗っ取りました」
どくんどくんと心臓が脈を打つ。毒を飲んだ気分だ。
嫌な予感がして、ウイユは冷たい汗をかいた。
「島民、原住民は虐殺に遭いました。島の奥地に蔓延る魔物はその犠牲者であり、怨念だったのです」
視線を上げ、まっすぐに事実を述べる。
ウイユは表情を固め、言葉も出ない。
なんとリアクションを取ればいいのかすら、分からなかった。
ただマントを翻した隻腕の形を、思い浮かべる。
「通りで像が建つわけか……」
腑に落ちたように、呟く。
理解はできてもやっぱり、心は晴れなかった。
「すごく複雑。もう名誉も回復できないでしょうに。一人真実を知って、抱え続けてきたの?」
眉を寄せ、訊く。
目の前で相手は頷いた。
彼のガラス玉の瞳は空の青を映す。
「今更、伝説は覆りません。ヘルマン・ドゥンケルハイトの話が物語として伝わってしまった以上、もはや意味をなさないのです。勇士としての魔術師が幻想なら、物語もまた然り」
「そんな……」
諦観したような態度に、ウイユは声を震わした。
彼は視線を合わせない。
「せめて彼らの墓は守り抜こうと、この地に留まりました。結局、僕はなにも為せないまま」
俯き、自嘲を浮かべる。
「この苦い気持ちを自覚できて、よかった」
彼は眉尻を下げながら、目を細め、口元をゆるめる。晴れやかな顔だった。
ほんの少し重荷を下ろしたようで、ウイユとしても救われた気分になる。
「あなたはもう十分、立派にやっていると思うわ」
一方でウイユは悟る。
前提として、ティアレ島はルイン王国の植民地だ。
明らかに離れた位置にある二つの領土。
民族の特徴は本来異なるはずだが、現在の島民は本国と似通った容姿をしていた。
対して島の奥地、魔の領域に潜む者たちは薄い顔立ちで、褐色の肌にエスニックな衣を纏う。
まさかとは思うが元の住民は一人残らず、殺されたのではないだろうか。
考えておぞましくなる。
口に出すと確定してしまいそうで。
ウイユは黙り込んだまま、立ち尽くす。
いずれにせよ真実は葬り去られたままだ。
背筋を伸ばし、彼方の空を見つめる。
厚い雲が垂れ込め、あたりはやや薄暗くなっていた。




