24 夕凪
皆でテーマパークを移動する。
カフェに行ったり、コースターに乗ったり、街を歩いたり、花畑に見とれたり。
夢中になって探索する内に、時間を忘れていた。
中央には巨大な城が建ち、浮いて見えるほど立派だった。
彼女の理想の建物。
プリンセスになりたかったのか。
それにしては不気味だ。
処刑塔のようだと感じつつ、通り過ぎる。
海岸線沿いにやってくると、桟橋があった。
船が停まりそうだが、今は影も形もない。
帰りを待っているかのような佇まいだった。
海はきれい。
キラキラとした水面に見入りながら、娘は唇を動かす。
「遥か前、実はこんな風に大切な人と、歩いたことがあるのよ」
さざなみに合わせて、声を重ねる。
「あの人は私を救おうとしたわ」
マハナは視線を落とし、ポツリと語る。
「だけどなに一つ止められなくて、存在意義すら失って、今もどこかを彷徨っている」
口をつぐみ、視線を上げる。
不透明な瞳に映る空は果てしなく、透き通っていた。
白紙のキャンパスには、秘島の終焉が映し出される。
ある少女の末路。
神職の老人たちに囲まれ、巫女が滝のほうへと進む。
茨を越え、狭い道を通り、ぽっかりと空いた水辺へと。
「これは贖いだ」
「裏切りの原罪を背負し我らも、そなたの死をもって、赦しを得る」
彼らに背中を押された。
崇め求める声を信じて、身を投げた。
おのれの死でなにもかもが救われるのならそれでよいと。
白衣の少女は滝壺に沈む。
けれども水面は凪いだまま。
現実はなにも変わらなかった。
「いままでだって勝利へ導くために旗を掲げ、抗った」
マハナは背筋を伸ばし、波の向こうを見据える。
小さな水平線に夕日が映り込む。
「その結末がこれ」
ナティア島には混沌とした憎しみが渦巻く。
怨嗟の魂もやがて遠く離れていった。
「みんな、私を捨てて行ってしまった。きっと、役立たずの小娘なんて、誰も求めていなかったのだわ」
そうして全ては忘れ去られた。
「私だけ置き去りにして……」
空は陰り、過去の情景も消えてゆく。
「私、本当に秘島で暮らして楽しかったの。ああ、ここで生きていてよかったと思ったわ。一生、こんな日々が続けばいいのにと。みんなはそうは思わなかったのかな。だから私は一人になったのかしら。なんで私だけがこうなんだろう。どうして滅びなきゃいけなかったんだろう。こんなに頑張ったんだから報いがあってもいいでしょう?」
早口で言いつつ、頬を大粒の涙が流れる。
「でも、分かっているの」
急に静かになる。
冷めた風が頬を撫でた。
「なにも求めてはいけなかった。あなたたちのいうところの聖女とは見返りも求めずに、救国のために戦う人を指すのでしょう。私もそれになりたかった」
沈痛な面持ちで、彼女は語る。
「本当に、なにもいらなかったの。なにも欲しがらなかった者に、与えられるものはなにもない」
当然のようにはしごを外され、奈落へ真っ逆さま。
「最期の最期に思い知ったの、私は救国の巫女にはなれなかったと、ね。それじゃあ私はなんのために戦ったんだろう。いままで死んでいった者たちは意味もなく死んでいったのだろうか」
心の内に溜め込んだ思いを吐き出したマハナ。
石のような静寂に押しつぶされそうになる。
なにも言えないし、言う資格もない。
ウイユがソワソワと立ちすくむ中、すっと動くアルフ。
マハナの前に立つ。
「泣かないでください。あなたは十分に頑張った。あなたは国のために尽くして英雄となった。そんなこと、誰にだってできなかったんだから」
柔らかな口調。
別のものが憑依したかのようだった。
顔を上げたマハナは目を丸くして、固まる。
いきなり大胆な行動に出たアルフに、皆は目をパチクリとさせる。
マハナは確かな眼差しを、相手に向ける。
揺れる瞳が、少年の影を映す。
今、彼女は彼ではない別のものを見た。
本当に求めた相手はいない。もう二度と現れない。
首を横に振りながらも、唇をゆるめる。
エレナが口を開く。
「そうよ。あなたは救国の巫女として、歴史に偉業を刻んだのだわ」
額を開けるように斜めに編み込んだ前髪、艶めく魔光ブルーのビジュー。
その下で輝きを放つ曙色の瞳。
「でも、それは特別な存在だからじゃないわ。自身の輝きから生じたものよ。たとえなんの力がなかったとしても、あなたは挑んだでしょう」
それこそが奇跡であり尊いものだというように、彼女は語った。
マハナは眉尻を下げ、微笑んだ。
赤くなった頬を、透明な玉が滑り落ちる。
「今ある私もただの幻。彼女ではないけれど」
ゆっくりと、声が紡ぐ。
「私と同じ巫女がいたことだけ、覚えていてほしいの」
視線を上げる。
「私は確かにこの国のために身を捧げた存在自分の愛した国はまだ、ここにあるのだと」
じっくりと聞いている皆。
生ぬるい温度の中を、ゆるやかな風が吹き抜けた。
「そっか、やっぱり私はただの女の子だったか……。だったら、失敗したって仕方ないよね」
あらためて口に出す。
寂しげだけど、すっきりした表情だった。
途端に焦るのはウイユのほう。
「そんなことはない。結果なんて関係ない。島にとってはマハナだけが太陽だった」
面と向かって、早口に伝える。
声を張り上げ、圧強く迫る。
マハナはあっけに取られた。
「後世じゃきちんと救国の乙女として伝わっているはず」
確かな言葉を聞き、マハナは顔から力を抜いた。
薄く笑みを引いた口元から、くすっと声が漏れる。
「ありがとう。でも、私はただの女の子でいたかったの」
足を踏み出す。
海岸線へと向かう背中を見つめる。
皆が控える中、マハナは静かにナイフを構える。
水平に腕をスライドし、まっすぐに切り裂かれた髪。
バラバラになった毛束が空を舞う。
彼方へ飛び立つ鳥の群れのようだった。
機敏な動きで振り向く。
スッキリとした顔が、茜色に照らされ輝く。
「これが本当の私。巫女なんかじゃなく、マハナという少女を、見てほしかったの」
憂いなく、ストレートに伝える。
逆にこちらが曇る。隔てを置かれた気がする。
同時に自分がいかに間違った考えをしていたことを、思い知らされた。
「いいこと? みんなは私のようにはなってはいけないわ。誰かの理想のために生き、そのために死ぬなんて」
だからこそ彼女は玉砕したのだ。
マハナがざっと周りを見る。
皆、真面目な顔つきのまま、ただ頷く。
相手は表情をゆるめた。
「私ね、戦ったことに後悔はないの。だってなにがなんでも島を守りたかったんだもの、あるわけない」
当たり前のように口に出す。
「懐かしい気持ち。ライもヒロも、誰にだって与えられなかった、奇跡」
本当の自分を取り戻せたと、彼女は伝える。
「ただ一つ思い出した」
マハナは深く、息を吸う。
「自分たちが生きた証。私たちの世界はこんな近くにあったのだと」
足元に波が押し寄せ、また引き返す。
落ち着いた音が鼓膜を揺らす。
「決して取り戻せはしないけれど、確かに残るものがあった。私の中で私たちだけの世界は永遠になった」
美しい夕焼けを見ながら、少女の頬には透明な涙が零れ、輝いていた。
黄昏の色に照らされながら、彼女は振り向く。
消えかけた体に、目を見張った。
娘は一人晴れやかに別れを告げる。
「この結末に連れて行ってくれてありがとう」
この心はきちんと満たされた。感謝を述べ、最期に遺言を頼む。
「私たちは悲劇的な結末を迎えた。けれども、我々はもう終わった。過去の存在に成り果てた。だからもう、続きを求めなくてもいい。頑張らなくてもいいのだと、今も戦っているあの人に伝えたい」
そう微笑み。
「機会があるのなら、どうか彼に伝えてくれる? 私はあなたの思うような人間ではなかったとね」
晴れやかな顔。
ふわりと舞う花びらが吹雪となって、視界を横切る。
彼女は歯を見せて、笑った。
頬が光る。
あまりにも眩い。
見入り、目を細めた端――
夕日に照らされた彼女は光に包まれて消えた。




