落日
凄惨な過去が思い浮かぶ。
滅びた里の姿がフラッシュバックする。
皆が言葉を失い放心とする中。
アルフが半歩、身を乗り出す。
「だったらあんたの望みを叶えてやるよ」
「え?」
皆は驚く。
望みって、怨念のままに滅ぼせと?
血迷ったか? と思うがそうではない。
彼は女の子に、自分としての望みを果たすように求めたのだ。
それならば希望が持てる。
前向きになった瞬間、さらに嵐が赤黒く螺旋を巻く。
「望み? ふざけないで。もう私にはなにも残っていないのよ」
激しく拒絶。
花吹雪が舞う。
鋭さに目を細め、身を縮める。
やっぱり駄目か。
身を縮め、後ずさりかける。
だが、アルフは一歩前に出た。
「もうやめだ、それ以上自分を傷つけるな。それは、あんたには似合わない」
誠実な態度で訴える。
「あなたにいったいなにが分かるというのですか?」
娘は目の角を尖らせて問いかける。
答えなんて期待していない。そんなものないから。
「だってあんたは美しいから」
まっすぐに伝える。
ウイユが息を呑む。
「え……」
マハナが固まる。虚をつかれた風だった。
景色に光が差し込む。煤けた光景を塗り替えるように。
海のある村に、ヤシの木が伸びる。甘く酸っぱい香りがした。
パレオを巻き付け、舞いを拾うする少女。
光を浴びて、輝きがちらつく。
「やめて」
身を縮め、頭を抱える。
マハナは自分の心象風景によって、はからずも自滅し掛けている。
「そうよ、マハナちゃんは清く美しい人だったもの。全てを憎んで突き放すようなあり方、似合わないわ。本当は今も誰も傷つけたくないと願ってるんじゃない?」
エレナが言葉を重ね、身を乗り出す。
「私はもう戻らないと決めたのよ。今あるものに意味なんてないと」
押し殺したように震える声。
しかし、目をそらせない。
追い打ちをかけるようにアルフが告げる。
「あんたの名前はマハナだ。そこから目をそらすことはできない」
マハナの瞳が揺らぐ。
「私は魔に堕ちてよかったはずなのよ」
彼女の望みは恨みを晴らすこと。
でも、本当はヤケになっただけ。
自分の時は停まっている。
暴れまわったところで、なにも得られない。
魔の領域に塗りつぶされた空間。
今や本当のおのれが、なにをしたかったのかすら、覚えていない。
やがておとなしくなったマハナは、虚ろな目で腕を下げる。
「さあ、選ぶんだ。あんたはどっちになりたいか」
アルフの呼びかけに、彼女は顔を上げた。
一部始終を、緊張の面持ちで見守る皆。
ウイユは考える。
マハナはおのれを捨てた。過去を切り捨てた。
ならば、怨念を捨てることだってできるはずだ。
歯を食いしばり、前を向く。
「マハナは救国の乙女として、旗なんて掲げたくなかったんじゃない?」
冷静に指摘する。
途端にマハナは狼狽した。
「ありえない。最初から巫女になるべきして育てられた身の上。それが特別だった私が生まれた証。そうでなければこんな奇特なだけの存在、いる意味がない! 島を救えなかった自分に価値はないのよ!」
声を張り上げる。
対して、彼は。
「もう戦いは終わった」
静かに告げる。
息を呑むマハナ。
目を見開き張り詰めた顔。
揺れる虹彩に灼熱の炎が映り、夜の闇に消える。
彼の物言いに迷いはない。
まるで正しい道筋を把握しているかのよう。
こちらも圧倒される。
「あんたはもう何者にもなれない。今だからこそ、新たに始まるものもある」
まだマハナの物語には続きがあると、アルフは主張する。
灰から炎が生まれ変わるように。
「本当に?」
眉を曲げて訝しむ。
尖った声を出したマハナ。
彼は頷く。
「ああ、今から俺が、夢を見せてやる」
詠唱と共に、杖を振るう。
空間が塗り替えられる。
大規模な魔術。
世界すら揺るがす感覚に、ウイユは目を見張った。
いつの間にか、娘はきれいな服に着替えていた。
プリンセスラインのシフォンワンピース。
ふんわりとした膝丈から、脚がすらっと伸びる。
きゅっと引き締まった足首に、ピカピカのバレエシューズ。
背景は遊園地だった。
一日を過ごせるくらいに、広々としている。
でもいきなり解放されたって、普通はなにをすればいいのか分からない。
寂れたところで立ち尽くすマハナの手を、エレナが引いた。
皆で案内をし、彼女はおとなしくついていく。
薄闇が染めた道の端には、幻想的な色が散らばる。
アルフが展開したのは、心象風景を土台にして空間魔術だ。
彼女の過ごした里での日々や思い出が、きれいに投影されている。
ウイユたちにとっては新鮮、マハナにとっては懐かしい。
シンプルな聖堂。
どこからともなく聞こえるピアノの音色。
花壇にはエキゾチックな花が咲き乱れ、無人でも華やかだった。
「本当はこの景色が永遠にあるはずだったのよ」
娘は遠くを見つめ、静かに語り出す。
特異な能力のせいで迫害され馴染めなかった彼女は、各地を転々とする。
放浪の果てにある村で受け入れられ、ヒロから巫女としての役を与えられた。
彼女の役割こそが魂の鎮魂。彼らを送り出し、祝福を与えることだった。
「私は温かな日常を得たわ。よき友達と巡り合った。幸福な日々だった」
ゆったりと口にし、表情をゆるめる。
遠くの空に沈む日を見送る。
橙色が似合う黄昏の秘島が、静止していた。
薄明の中、マハナは俯く。
彼女の表情が曇る。
「落日……」
薄く唇を開く。
「島の外から、来訪者が着たの。島の民はもてなし、あの人たちも友好的に接した」
声はか細く、暗い未来を予感させた。
「だけど彼らはナティア島に隠された財宝などないと知るや、滅ぼさんとしたわ」
征服し宝を手に入れようとする。
欲深い感情によって、全ては崩れ落ちようとしていた。
「彼らは神にすがった」
自分たちを守ってくれることに賭けて、生贄を捧げたのだ。
張り詰めた空気の下、息を呑む。
来訪者を退けたがる意味が分かった。
重たい沈黙が垂れ込め、気まずい空気が流れる。
エレナがちらちらと様子をうかがうように、視線を向ける。
彼女が動くよりも先に、アルフが半歩前に出た。
「せっかくだ、過去の出来事を塗り替えそう」
「あたしたちと一緒に遊びましょう」
娘は戸惑いながらも、腕を引かれて、歩き出した。




