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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第2幕A

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落日

 凄惨な過去が思い浮かぶ。

 滅びた里の姿がフラッシュバックする。


 皆が言葉を失い放心とする中。

 アルフが半歩、身を乗り出す。


「だったらあんたの望みを叶えてやるよ」

「え?」


 皆は驚く。


 望みって、怨念のままに滅ぼせと?

 血迷ったか? と思うがそうではない。

 彼は女の子に、自分としての望みを果たすように求めたのだ。


 それならば希望が持てる。

 前向きになった瞬間、さらに嵐が赤黒く螺旋を巻く。


「望み? ふざけないで。もう私にはなにも残っていないのよ」


 激しく拒絶。

 花吹雪が舞う。

 鋭さに目を細め、身を縮める。


 やっぱり駄目か。

 身を縮め、後ずさりかける。

 だが、アルフは一歩前に出た。


「もうやめだ、それ以上自分を傷つけるな。それは、あんたには似合わない」


 誠実な態度で訴える。


「あなたにいったいなにが分かるというのですか?」


 娘は目の角を尖らせて問いかける。

 答えなんて期待していない。そんなものないから。


「だってあんたは美しいから」


 まっすぐに伝える。

 ウイユが息を呑む。


「え……」


 マハナが固まる。虚をつかれた風だった。



 景色に光が差し込む。煤けた光景を塗り替えるように。


 海のある村に、ヤシの木が伸びる。甘く酸っぱい香りがした。


 パレオを巻き付け、舞いを拾うする少女。

 光を浴びて、輝きがちらつく。


「やめて」


 身を縮め、頭を抱える。

 マハナは自分の心象風景によって、はからずも自滅し掛けている。


「そうよ、マハナちゃんは清く美しい人だったもの。全てを憎んで突き放すようなあり方、似合わないわ。本当は今も誰も傷つけたくないと願ってるんじゃない?」


 エレナが言葉を重ね、身を乗り出す。


「私はもう戻らないと決めたのよ。今あるものに意味なんてないと」


 押し殺したように震える声。


 しかし、目をそらせない。


 追い打ちをかけるようにアルフが告げる。


「あんたの名前はマハナだ。そこから目をそらすことはできない」


 マハナの瞳が揺らぐ。


「私は魔に堕ちてよかったはずなのよ」


 彼女の望みは恨みを晴らすこと。

 でも、本当はヤケになっただけ。

 自分の時は停まっている。

 暴れまわったところで、なにも得られない。


 魔の領域に塗りつぶされた空間。

 今や本当のおのれが、なにをしたかったのかすら、覚えていない。


 やがておとなしくなったマハナは、虚ろな目で腕を下げる。


「さあ、選ぶんだ。あんたはどっちになりたいか」


 アルフの呼びかけに、彼女は顔を上げた。

 一部始終を、緊張の面持ちで見守る皆。


 ウイユは考える。


 マハナはおのれを捨てた。過去を切り捨てた。

 ならば、怨念を捨てることだってできるはずだ。

 歯を食いしばり、前を向く。


「マハナは救国の乙女として、旗なんて掲げたくなかったんじゃない?」


 冷静に指摘する。

 途端にマハナは狼狽ろうばいした。


「ありえない。最初から巫女になるべきして育てられた身の上。それが特別だった私が生まれた証。そうでなければこんな奇特なだけの存在、いる意味がない! 島を救えなかった自分に価値はないのよ!」


 声を張り上げる。


 対して、彼は。


「もう戦いは終わった」


 静かに告げる。

 息を呑むマハナ。

 目を見開き張り詰めた顔。

 揺れる虹彩こうさいに灼熱の炎が映り、夜の闇に消える。


 彼の物言いに迷いはない。

 まるで正しい道筋を把握しているかのよう。


 こちらも圧倒される。


「あんたはもう何者にもなれない。今だからこそ、新たに始まるものもある」


 まだマハナの物語には続きがあると、アルフは主張する。

 灰から炎が生まれ変わるように。


「本当に?」


 眉を曲げていぶかしむ。

 尖った声を出したマハナ。


 彼は頷く。


「ああ、今から俺が、夢を見せてやる」


 詠唱と共に、杖を振るう。

 空間が塗り替えられる。


 大規模な魔術。

 世界すら揺るがす感覚に、ウイユは目を見張った。



 いつの間にか、娘はきれいな服に着替えていた。


 プリンセスラインのシフォンワンピース。

 ふんわりとした膝丈から、脚がすらっと伸びる。

 きゅっと引き締まった足首に、ピカピカのバレエシューズ。


 背景は遊園地だった。

 一日を過ごせるくらいに、広々としている。


 でもいきなり解放されたって、普通はなにをすればいいのか分からない。

 寂れたところで立ち尽くすマハナの手を、エレナが引いた。


 皆で案内をし、彼女はおとなしくついていく。

 薄闇が染めた道の端には、幻想的な色が散らばる。


 アルフが展開したのは、心象風景を土台にして空間魔術だ。

 彼女の過ごした里での日々や思い出が、きれいに投影されている。


 ウイユたちにとっては新鮮、マハナにとっては懐かしい。


 シンプルな聖堂。

 どこからともなく聞こえるピアノの音色。

 花壇にはエキゾチックな花が咲き乱れ、無人でも華やかだった。


「本当はこの景色が永遠にあるはずだったのよ」


 娘は遠くを見つめ、静かに語り出す。


 特異な能力のせいで迫害され馴染めなかった彼女は、各地を転々とする。

 放浪の果てにある村で受け入れられ、ヒロ(月の男)から巫女としての役を与えられた。

 彼女の役割こそが魂の鎮魂。彼らを送り出し、祝福を与えることだった。


「私は温かな日常を得たわ。よき友達と巡り合った。幸福な日々だった」


 ゆったりと口にし、表情をゆるめる。


 遠くの空に沈む日を見送る。

 橙色が似合う黄昏の秘島が、静止していた。

 薄明の中、マハナはうつむく。

 彼女の表情が曇る。


「落日……」


 薄く唇を開く。


「島の外から、来訪者が着たの。島の民はもてなし、あの人たちも友好的に接した」


 声はか細く、暗い未来を予感させた。


「だけど彼らはナティア島に隠された財宝などないと知るや、滅ぼさんとしたわ」


 征服し宝を手に入れようとする。

 欲深い感情によって、全ては崩れ落ちようとしていた。


「彼らは神にすがった」


 自分たちを守ってくれることに賭けて、生贄を捧げたのだ。


 張り詰めた空気の下、息を呑む。

 来訪者を退けたがる意味が分かった。


 重たい沈黙が垂れ込め、気まずい空気が流れる。

 エレナがちらちらと様子をうかがうように、視線を向ける。

 彼女が動くよりも先に、アルフが半歩前に出た。


「せっかくだ、過去の出来事を塗り替えそう」

「あたしたちと一緒に遊びましょう」


 娘は戸惑いながらも、腕を引かれて、歩き出した。


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