22 緋色の心象風景
夜が明け、龍に見送られて里を後にする。
道中はテントを貼り、泊まった。
さながらキャンプだ。
「なあ、知ってるか? 星に願いを託せば望みが叶うって」
アルフは腰を下ろし、悪巧みをしていそうな顔になる。
地面に垂れたマントの端。
「奇遇ね。あなたしもいつも流れ星を探して、祈ってるのよ」
エレナがぐいぐいと身を乗り出す。
「占いとか好きだしね」と彼女は興味深々。
「だが、話はこれだけじゃない。実はな、星空を手に入れたものには全能の力が手に入るんだとよ」
「いいなー、全能になったらお菓子が雨のように降ってくるわね」
エレナが純粋なリアクションを取る。
「星空を手に入れるといっても、どのように掴み取るつもりだ?」
一人冷静に指摘するハイラム。
「それはもちろん天を穿つのさ。それくらいはできるだろう。星空を背負いし勇者ならな」
腕を組んでうんうんと頷く。
傍から皆のやり取りを聞いていたウイユは、一瞬表情を消した。
星空を背負いし勇者……。
口の中で呟くと、アルフがこちらを向く。
グレーの瞳と目が合った。
「実はあんたの兄貴から聞いた話なんだよ。星空を手に入れるということは、世界を手に入れると同義だから、ってさ」
「なにそれ。洒落じゃないんだけど」
あきれながら話す。
でも、兄が言いそうな言葉。
少し複雑な感情を抱く。
引き続き、夜空を見上げながら話をする。
彼は少し自分の情報を打ち明けた。
アルフは森で暮らし、各地を巡ったらしい。
「平地から丘の上の王宮を眺めていた。いつかあんな場所に行きたいって」
「宮廷魔術師として?」
首をひねる。
答えない彼。
「分からない。でも、自分の魔術には誇りを持っている」
いつかは極めて世界一の魔術師になりたいと。
「アルフならなれる」
少女は笑いかけた。
反射的に彼女を見返すアルフ。
少年もまた口角を上げた。
次の日、無事に奥地に辿り着いた。
境界を越えた瞬間、薄暗さが増す。
中心部のはずだが、なにが待ち受けているのだろうか。
「いよいよ魔の根源だ。怖くないか?」
様子をうかがうように切り出す。
眉を寄せた顔は、こちらが恐怖を抱くかどうか、気にしているらしい。
おのれを鑑みない態度を苦々しく思いつつも、ウイユは吹っ切れたように笑う。
「大丈夫。あなたを信じてるから」
はっきりと伝える。
一瞬、目を大きくしたアルフ。
彼の反応の意味は分からなかった。
黙って足を動かす。
秘境の奥へと身を乗り出そうとしたとき、ふと視界に闇が掛かる。
瘴気の渦。
魔物と思しき影の群れが、押し寄せた。
王子が真っ先に飛び出す。
魔力を編んで鎧を形成。
光り輝いたのもつかの間、魔の力を帯びた攻撃が飛来する。
彼はまともに食らった。
特殊攻撃は防御力を貫通。
ぐっとのけぞり、吹き飛んだ。
宙に血の飛沫が舞う。
ハイラムはうずくまった。
すぐさまエレナが駆け寄る。
肩に触れて能力を発動させ、暖かな色の光を当てた。
ウイユはその様子をおとなしく見守る。
彼は大丈夫そうだ。残りの敵はこちらでで対処をする。
もっとも、アルフ一人で十分なようで。
間近で魔弾が放たれ、派手に爆発する。
ウイユがやるよりも大規模な衝撃だった。
敵が一掃されるのを、あっけに取られたように見ていたハイラム。
「痛くない?」
エレナが尋ねるが、彼は口をつぐんだまま。
遅れて頭を振り、腰を上げる。
「かたじけない。私のことは、放っておいて構わない」
つま先で地を蹴り、飛び出す。
また一人で。
それはさせない。
ウイユがぐっと肘を引いたとき。
急に周りの景色が晴れ、瞬きをした。
クリアな薄暗がりの中で謎の影を見る。
神秘性を孕んだ少女。
茜色の虹彩と、目が合った。
瞬間。
さらに奥へ引きずり込まれる。
心象風景じみた場所に。
「なにここ」
空間があべこべだ。
災いの中、赤い幕がオーロラのように、境界を覆う。
狭いのに無限に広く感じた。
「マハナちゃん、聞いて。あなたの正体、境遇は知ってるわ。ねえ、ココは仲良く」
両手を上げて、害意はないと示す。
足を踏み出す先に見えるのは、不浄の少女。
人の形をしているが、怨念の塊だ。
「舐めないでくれる? 私はもう昔のお上品だったころの存在じゃあないのよ」
憤りで低く震える声。
「島を滅ぼした災厄の再現だ」
アルフが上を向いて叫ぶ。
虚空を見つめた先には、悪夢の光景。
彗星が落ちる深緋色の空に、黒衣の魔が暴れ回る。
カチューシャをはめた頭。
赤褐色の髪を焔のごとく揺らめかせ、鋭角に胸元が開いたボンテージを、ミニ丈のワンピースのように着込んでいる。
ベアフッドだけをつけた素足を浮かし、鉾を掲げる。
空を翔ける端に雷が落ち、青白色の稲光が走った。
バリバリと震える空気。
女は武具を振るい、丹色の炎を放つ。
魔術の使い手ではあるのだろうが魔女というより、サキュバスに近い見た目だった。
真っ黒な瞳はなにも映さない。
無感情に作業をこなす。
首にはゴツゴツとしたレザーの輪っかがはまっていた。
そして、解き放たれた魔物が地を蹂躙する。
まるで殲滅戦だった。
「侵入者、侵略者……皆、秘島の敵。もろとも死になさい。あなたたちに未来はないのです」
駄目だ。鬼に成り果てている。
人ならざるものに堕ちた以上、こちらの思いなんて通じないかもしれない。
後ろにも墨を流し込んだように不穏に、薄暗くなる。
底にはまだ赤が残る、血に染まった光景。
グロテスクな断面。
立ちすくむウイユ。
本当は怖い。逃げ出したい。
パニックで心臓が震える。
でも、今は彼がいる。仲間がいる。一人じゃない。
アルフの手を握りしめると、温かさを感じる。
だからいける。
ウイユは前を向き、一歩踏み出した。
「はあっ!」
相手が攻撃を仕掛けてくる。
すぐさまバリアを展開。
浄化の結界と合わさって、しのぎ切る。
隙が生まれた。
「話を聞いて。私たちは戦いをしにきたわけじゃないの」
いままでも戦いを避けてこられた。今回もどうにかできるはず。
一縷の望みにすがって呼びかけると、嵐が治まる。
話が通じたらしい
内側から現れた少女の、全身が見える。
夢で見た時と雰囲気が違い、薄汚れたイメージだった。
前髪は伸ばしっぱなしで、毛先が傷んでいる。
くるぶしまで届くほどのブラックのロングドレスを、コルセットで締め付けている。
覆いつきのヘッドドレスも相まって、喪服に見えた。
死角にはスカルを背負う。
顔立ちは変わらない。
彼女こそが生贄の娘だ。
「あなたの名前はマハナなの?」
「名を知ったところでなにになるのです?」
控えめなウイユの呼びかけを突き放す女。
おのれの正体に意味はないと切り捨てた形だ。
嵐が強まる。
やはり、無理か。
臆しかけたとき、横でアルフが一歩踏み込む。
「強がらなくてもいいさ。俺はあんたの正体を知ってるんだから」
一瞬、マハナの瞼が動く。
彼女の暗い瞳がそちらを向く。
アルフは口を開いた。
「生贄としてなにもかもを押し付けられて殺された。それでも人は恨まなかった。彼女が憎んだのは運命そのもの。島を救ってほしいと願ったんだ」
淡々と、だけど事実を穿つ言葉。
チラリとハイラムが視線を送る。
アルフの眼差しは揺るがなかった。
「ええ、そう。そのために死んだのに、なにも叶えられなかった。みんな死んでしまった」
マハナは彼らの怨念を覚えている。
「だけど私は犠牲者の代表にすらなりきれない。地縛され、この世にとらわれ、羽ばたきもできない」
悔しげに目をつぶる。
「今は一人。一人なの……!」
震える声。視線を下に傾ける。
黒地の布を掴む。
同じ色に塗られた爪が、尖っていた。




