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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第2幕A

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21 龍が語る過去

 曖昧な気持ちを引きずったまま帰る。


 龍の里で温泉に浸かった。

 人間用なので、男女で分かれている。


 湯気に隠れ温かさに浸る隣には、エレナの姿も。

 乙女の鍛えられた体。なめらかな肌を滑る湯。

 同性ながら、思わず照れてしまうほどだった。


「って、お風呂のときもメイク落とさないの?」

「魔力をこめてるのだから仮面のようなものだわ」


 あっさりとエレナは答えて胸を張る。

 そういえば彼女のすっぴんを見たことがない。

 別にどうでもいいけど、気になる。


 チラチラ見ていると、急にやわらかなものが肌に触れる。


「ねえねえ、お兄さんについて、教えてよ」


 ぐいぐいと近づき、肘で小突く。


「魅力的な人なんでしょ。独り占めしないで、あたしにも分けて」


 エレナはまだエウリックについて興味があったらしい。


「そんなに知りたいなら、言うけど」


 戸惑いながらも口を開く。


「別にみんなが思うようなヒーローじゃないよ。とにかく変な人」


 視線を上のほうへ彷徨わせながら、淡々と言葉を紡ぐ。


「誕生日にピンクのバラの花束をくれたんだ。日頃の感謝の気持ちだなんだって」


 まるでプロポーズみたい。

 思い出すだけで顔が赤くなり、きゅっと身を縮めた。


「演出を分かっているのね」


 エレナは声を高くする。


「いいな、あたしもそういうお兄さんがほしかったわ」


 体を伸ばしながらぼやく。


 あんなロマンチストのなにがいいのだろうか。


 いまいちピンとこないが、褒められるのは気分がいい。

 ウイユも頬をゆるめ、ゆっくりと肩を湯に沈めた。



 満喫していると急に肌が硬く引きつった。

 龍の神秘的な気配を感じて、顔を上げた。

 裏手へと視線を滑らせる。

 音もなく近づくと幻影のようで。


 とっさに肌を隠そうとする。


「そういえば龍の性別ってどっち?」

「人外の性別など気にしてどうする?」


 無性らしい。


「我のことより、先のことで気になるところがあるのではないか?」


 龍は翡翠の双眸そうぼうを細める。月光に反射してとろりと輝いた。


 確かに。


 あの魔はどういうものか、ナティア島の歴史とか。

 謎が多すぎて、どこから切り込めばいいか、分からない。


 無垢な顔のエレナを置いて悶々《もんもん》としていると、相手は薄く口を開く。

 息を吐く声に喜色が混じる。


 マファトゥはくわしく話してくれた。


「先ほどそなたらが浄化した魔は、救国のために戦った戦士だよ。夜色の女に率いられた者だった。太陽亡き後も戦って散ったそうな」


 蕩々《とうとう》とした口調だった。


「太陽って?」

「あの娘のことだ」


 低い声が教えた。


「雪のように白い肌にすらっとした体躯は、太陽すら弾いてね」


 艶のある赤髪、茜色の瞳。

 きらびやかな装飾に、ひらひらとした薄着。


 鮮やかなパーツが頭に浮かぶのとは裏腹に、苦々しい気持ちがこみ上げる。

 ウイユは顔をしかめた。


「祭祀ではキラキラとした黄金のネックレスを身につけていてね。サンストーンの輝きは誰の目にも焼き付いて、離れなかったという」


 当時、ナティア島は侵略の憂き目に遭っていた。

 勇者は現れず、戦士は敗れ去る。


 悲嘆に暮れる中で、太陽のように輝く乙女が現れた。

 彼女は救国の巫女として力を振るった彼女は、最終的にはある一団によって、生贄に捧げられた。


「世界の業や罪、祈りや願いのすべてを託されて死んだとは。嘆かわしい」


 遠い目をして、龍は紡いだ。


 じっと話を聞いているウイユ。

 そういえばうちの国にも救国の聖女がいたっけ……と上の空ながら思う。

 秘島とは別のようだけど。


「そんな美しい人が生贄だなんて……」

「……」


 眉を寄せるエレナに対し、ウイユは無言になる。

 彼女が抱いたショックは、相手とは別のものだった。

 救国の乙女の結末が血で終わったと。


 そうであってほしくはなかったのに。


 太陽の乙女の顔がフラッシュバックする。

 心がきゅうっと収縮した。

 エレナもまた、夢の中の少女を憐れむように、目を伏せた。



 なにも言えないまま夜がふけっていく。

 皆は葉(むら)のような見た目の寝床についた。

 ペット用だけど、存外寝やすい。


 まぶたを閉じる。ぐるぐると思考が巡る。


 マファトゥが言った生贄は、夢で見た少女のこと。

 彼女は滝壺に身を投げ、失意のままに死んだ。

 その結末が怨念。


 いたたまれなくて、胸が痛んだ。

 ぎゅっと目をつぶる。眉間にシワが寄った。


 同時になぜか、高揚にも似た感覚を得ていることに気づく。


 彼女は誰かのために身を捧げ、命を懸けることすらできた。

 自分にはできない。崇高さすら感じる。

 やっぱり巫女は違うなと。

 しみじみと思いをせてしまった。



 深い夜に月が上る。湖から見上げる龍。

 マファトゥに近づく影があった。


「何用だ?」


 相手は応じた。

 青白い光がシルエットを浮かび上がらす。


 さらさらとしたセンター分けの短髪。

 冷たい顔立ちに、闇夜にまぎれる澄んだ瞳。

 今は鎧を脱いだ軽装だった。


「マファトゥ」


 口だけを動かし、龍の名を呼んだ。


「なぜ? 助けられたはずなのに」


 感情を隠した声で問うた。抑揚はなかった。

 龍は少し瞬きをしてから、深く息を吸った。


「我は元は異界出身だよ。かつて門を通してナティア島と交流を重ねたが、資源を目当てに食い尽くされてしまってね」


 遠い昔の記憶を語るようで、実に他人事のように、相手は語った。


 さらりと、とんでもない事実が明かされたが、ハイラムは特に驚かない。

 彼は最初から秘島の過去について、知っていた。

 王族であるがゆえに、自然と耳に入ってきた。


 代わりに青年は複雑な感情を表に出し、視線を下げた。


「すでにたもとを分かった身なれど、今のヒトを信じているよ。ゆえにこそ二度と越境してはならない」


 おのれのルールを忠実に守るがゆえ。

 手を出せば生贄を肯定してしまう。


「ゆえに、見捨てたと」


 ハイラムは淡々と、口に出す。


 マファトゥは感情を介さないゆえに、薄情に見える。

 しかしそれも龍なりの誠実さだ。


 なんとも言えない間が続く。

 目を伏せ、沈痛な面持ち。


 龍も言及しない。

 口に出さないことこそがけじめであり、ゆるしだった。


 静寂のまま、各地で夜は進んでいく。


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