20 彼が見る夢
道中、敵をばったばったとなぎ倒す。
まずはエレナが舞い、全体の能力を底上げ。
ハイラムが左手を向けると聖なる光が現れ、ストライプに照射。
薙ぎ払う。
魔は浄化されていった。
「どうだ、魔が相手なら私のほうが適している。ディギル殿はミュルクヴィズよりも私に声をかけるべきだったのだ」
「そりゃあ、端から呼ぶ予定だったしさ。力を借りる前提で。この程度朝飯前だよな? なに当たり前の活躍を威張っちゃってるの?」
二人は張り合いながら進む。
もっとも、ハイラムは言うほど乗り気ではないようで。
「私は倒すよりも救うつもりで、力を振るう。それを殺戮者のように言うのは受け入れがたい」
アルフは追求せず、淡々と後に続いた。
渓谷にたどり着くと、隣で「おおー」と高い歓声が上がる。
楽しげなエレナを見つつ、共に吊り橋を渡る。
誰かが取り付けていった紐は頼りなく、足場はグラグラと揺れた。
みんなは淡々と渡っていくので、なんとかついていく。
渡り切ると達成感があった。
「待ってろよ、絶景」
アルフはどんどん先へ進んでいく。
こちらは彼が生贄にされるかもしれなくて気が気ではないのに、本人はニコニコとしている。
今という瞬間を楽しみ、夢を見続けているみたいに……。
「一生、このままでいいと思う。どこへも行きたくないんだ」
アルフはぽつりと本音をこぼした。
ウイユは眉をしかめる。
急に胸が苦しくなった。
彼を失いたくない。生贄にはさせない。
龍に立ち向かう。自分が守るのだ。
心が熱く、体に力がみなぎる。
決意を秘めて、顔を上げた。
さらに奥深いところへと行くと、滝があった。
水は清らかで、神秘的な輝きを放っている。
「待っていたぞ」
水面から勢いよく飛び立ち、まっすぐに伸びた肉体。
勢い余って飛沫が飛び散る。
とっさに身構える皆。
戦闘態勢に移行。
ピリピリとした空気が張り詰めた。
ハイラムも、エレナもじんわりと汗をかいている。
対峙したはいいけど、勝てる気がしない。
アルフだけが一人冷静だった。
覚悟が決まった顔で、一歩踏み込む。
龍が彼らを見澄ます。
翡翠をはめ込んだような、静かな瞳。
きめ細やかな鱗の張り付いた、瑠璃色の体躯。
とぐろを巻いた様は伝説に聞く、ウロボロスを彷彿とさせた。
「我こそがマファトゥ。滝壺の龍を捜し求めていたことは、知っているぞ。なに、取って食らうわけではない。力を抜け」
なにやら敵意がないらしい。
思いも寄らぬ態度に、気をそがれる。
戸惑いながらも、矛を収めた。
「ナティア島での動向を見ていたぞ」
ゆっくりとした口調。穏やかな態度。
「そなたらの力を見込んで頼みがある。怨霊を払ってほしいのだ」
真摯な目つきで口にする。
エレナとハイラムは顔を見合わせる。
アルフは一人、前を向いたままだった。
「俺らにできるならそれでいいけど」
龍からの頼みを引き受ける。
指定された場所にやってくると、急にあたりが夜になった。
奇妙な心象風景に塗り替えられたかのように、不気味な空気に怯む。
罠にかかったような、危機感。
逆に敵の存在は感知できる。
さらに足を踏み出すと、開けた地に出た。
立ちすくんだ影。怨霊のかたまりだった。
戦わなくちゃ。
全員が武器を構え、前に出る。
アルフは尖った杖を矛のように掲げ、闇の魔術をぶつけた。
反動と衝撃波が、空気を震わす。
激しくなびく迷彩柄のマント。
凛とした背中は楽しもしく、かっこよかった。
気がつけば、アルフの戦いぶりに釘付けになっている。
おのれも同じ場所にいることすら、忘れかけた。
ドクンと鼓動が脈を打ち、体が熱くなる。
膨らんだ想い。
ぶわっと風が舞い、髪がなびいた。
はっと息を呑む。
気がつくと目の前に青水晶の盾が展開されていた。
後方ではエレナが華麗に舞う。
ひらひらとした布の動きと連動し、カーマインの輝きが流れ、全体の力を増幅する。
やがて攻撃は抑えられた。
怨嗟の声は抑えられ、静けさが降りる。
「なにを求めているの?」
芯のある声を放つ。
『私たちは、守らなければならない。あの方の守った地を、この国を、取り戻さなければ』
彼らの戦いは終わっていない。もう、かつての島は滅びただろうに……。
ウイユは背筋を伸ばし、半歩身を乗り出す。
「私たちはここを害しに来たわけじゃない」
控えめに繰り出した声を飲み込むように、荒ぶる風が吹き抜けた。
深緋色の魔の気配が濃く、嵐のように。
怨念が渦を巻く中、エレナが前に出る。
背筋をまっすぐに伸ばした毅然とした態度。
「今、ここにあの方はいないわ」
ぱっちりとした二重瞼で前を見据え、声を張り上げた。
低く落ち着いたトーンが響いたとき、急に圧が弱まる。
魔の気配が退く。
「ああ、あなたは、太陽……?」
か細い声。なにかを悟った言葉。
なにが起きたのか分からないが、相手は納得したらしい。
「そう、我々の役目は終わったのね」
かすなかつぶやきが、落ちる。
アルフは表情を変えずに、杖を掲げる。
尖った先端から魔力の色が漏れ、魔術としてぶつける。
煙幕のように広がった闇が、霧が引くように消える。
あたりがきれいになる。
力を抜いた。
ふぅと一息。
浄化を完了。
あたりは静かになった。
仕事を終えて滝壺へ戻ると、龍がとぐろを巻いて、待ち構えていた。
相手は彼らを穏やかな目で見て、口を開く。
「ご苦労だったね」
まずは感謝の言葉。
「ここで倒されなければ、最期まで戦わなければならないところだったよ」
さらりと言い放つ。
今までの出来事は龍による試験だったように思えた。
「なに、踏ん切りはつけられたからね。行くがいいよ。我の役目も終わりだ」
先へ通すとマファトゥは言う。
拍子抜けしつつも、動き出した。
厚意を受けて龍の里に案内される。
そこはマファトゥ自らが展開した境界だ。
古びた建物が並ぶだけで、人の気配はない。
「いても困るだろう。今や朽ち果てた痕だ」
意味深な発言が耳をすり抜けた。
とりあえず宿に泊まる。
窓際に座りこんで夜風に当たる。
ぼんやりと虚空を見つめる中、急に現れた少年。
灯火のように目を引くダークレッドに、真っ黒な毛先が闇に溶けるようだった。
「いきなりなによ、アルフ? なにかあったの?」
瞬きをするウイユ。
アルフは笑いながら、首を横に振った。
「せっかくの夜だ、行こうぜ」
代わりにイキイキとした目の輝き。
じっと魅入られ、手を引かれる。
わけが分からないまま身を起こし、歩き出した。
「わぁ、夜なのにすごい」
明るい場所に出て、思わず足を止めた。
視界に飛び込んだのは蛍のようにきらめく、青緑の湖だった。
「魔光だ。さすがは秘島。世界の中心って言われてるだけはあるな。異界の門があるんだからそうだけど」
生き生きと語るアルフ。
うまく飲み込めずにいるウイユは、無垢な顔で首をかしげ、彼を見る。
「あんた知らないだろ。魔光って街の明かりにも使われてるやつ。自ら光る魔力なんだ」
「へー、魔術のことならなんでも知ってるんだー。関心しちゃうなー」
実は単語だけなら知っていたけど、街灯に使われていたことは、初耳だった。
エレナとハイラムは二人で別の場所を見ている。
こちらも涼みながら、話を進める。
実を言うと冒険は楽しい。彼と一緒ならどこへでも行ける。
対して彼は。
「俺だってそうしたい。でもいつか終わる夢なんだろうな」
星を見上げるグレーの目が、寂しげに陰る。
魔光に霞んで、うっすらとしか見えない輝き。
いつもと雰囲気の違う少年は、重たいものを抱えているように見える。
アルフがますます分からなくなった。




