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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第1幕

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2/18

1 オリエンテーリング


 全員の自己紹介が終わり、いよいよ教師が口を開く。


「これからのことは順に分かっていけばよろしい。まずは雰囲気を楽しみなさい」


 生徒には見向きもせずに、とことこと真横へ流れる。ガラリと戸を開けて出ていき、すらっとしたパンツスーツが、視界から消えた。


 プレッシャーから解放されて、どっと気が緩む。

 周りの席ではおしゃべりが始まった。


「ハイラム様、なにかあれば私どもにおっしゃって。なんでもするわ」

「下僕にでもなってあげる」

「荷物とか持ちます。食堂の席も優先して空けさせてもらいます」


 制服を着崩した女子たちが鼻息を荒くして、清廉なる王子に迫る。


「気持ちは嬉しいが、私は養子として拾われただけの身。皆とは平等な関係でいたいのだ」


 やんわりと笑いかけると、ぱあっと顔色を明るくする女生徒たち。


「なら友達になりましょう」

「ねえねえあなたって、どんな子がタイプなの?」


 いきなり直球で迫るのを遠巻きに、やや引くウイユ。


「正直な話、私は友達というものが、分からなくてね」


 ハイラムもなんとも言えない表情でいなす。


「そんなこと言わずにねえねえ」


 話を全く聞かず、ぐいぐいと詰め寄る。そこへ。



「いいご身分ッスね、ハイラム様」



 急に荒い声。周りを囲っていた生徒たちが一斉にそちらを向く。

 ウイユもおもむろに首をひねり、ギョッと目を剥いた。


 ポケットに手を突っ込んで立つ男子。 

 なにその髪型。モヒカン? 派手な色に染めてあるから、鶏冠とさかみたい。

 しかも学ランである。聖ジュエル学園の制服はブレザーだというのに。


「王子ってのはそんなにいいものなんスか。いつも背筋伸ばして、大変そうッスね」


 あおりにきた。ハイラムは目を合わさない。


「ロジェ、品位が出たまでだ。そちらこそ王子扱いするのはやめてもらおう。学園では平等だと言ったはずだ」


 律儀に名を呼び、視線を上げる。


「ああ?」


 不良が片眉をひそめる。ピキリと額に青筋が浮かんだ。


「生意気言いやがって! あんたなんてよぉ、王家の後ろ盾がなけりゃあ、帰る家失った負け犬なんスよ! 高いヒール履かせてもらって、なにを言ってやがるんスか」


 どこに沸点があったのか分からず、見ている側が困惑する。


「さすがは逸脱いつだつ者だ。私とあなたの違いに関しては、おのれの胸によく聞いてみるといい。そのほうがよく理解できるだろう」

「知ったような口で。お里が知れるッスよ。シャロンってのはどこの辺境か。少なくとも、ルインの地図には載ってないッスよね?」


 火花を散らし、一触即発。

 周りの女子たちはオロオロと見守ることしかできない。

 今にもぶつかり合いそうなとき。


「ちょっと入学早々、喧嘩けんかはダメ。仲良くしなきゃ、ね」


 緊迫した空気に割って入る女子。心なしか声が高く聞こえた。


「フン」


 そっぽを向くロジェは背を向けたまま、歩き去った。


 黙って着席する王子。

 興が冷めたのか女子たちも退散し、彼の周りは人が消えた。


 なんだったんだろう。

 言葉も出ないウイユ。



 取り残されたと思いきや、まだ一つ気配が残っていた。


 机と机の隙間で仁王立ちし、ふぅと息を吐く少女。

 朱色のローツインテールが、ひらっと泳ぐ。

 ぱっちりと丸い目はよく見ると、メイクを施してあった。


 最初のほうに自己紹介をした女子だったかと思い出す。

 名はエレナだったか。姓はエグランティエ。


 彼女のスカートはこちらと同じ膝丈だが、あちらのほうが絶妙に短くて、洗練された雰囲気だ。


 ひと仕事終えた風に構える間もなく、彼女の後ろから声が掛かる。


「ねえねえ、メイクのやり方教えて」


 エレナはあっという間に女子たちに囲まれる。


「ごめん、まだ途中だったわね」


 手を合わせ、元の席に帰っていく。



 みんな友達がいていいな。


 前面の目立つ席に女子グループですでに固まっている。

 エレナはすでに人気者だ。

 彼女が話をしては周りを湧かせ、笑い声が上がる。


 一人ぼっちのウイユはそわそわと体を縮め、窓の外へ視線を向ける。



 チュンチュン、バサッ。

 自由に羽ばたく小鳥をぼーっと眺め、頬杖をついた。


 ふと視線を感じて横を見る。

 同じく外を見ている子がいた。

 控えめな顔立ちのぼんやりとした雰囲気の少年、アルフ・ミュルクヴィズ。


 ダークレッドに黒のグラデーションがかかったヘアは無造作のようで、よく見るとセットしてある。

 胸元に見えるチェーン、右腕にはブレスレッドが妖しく光る。


 まるで上の空な表情。

 寂しげというより、達観した印象だった。


 視界には入っているものの、興味はない。自分とは関係ないし。

 ウイユはすぐに視線を外し、前を見た。


 机には結晶。入学記念としてばら撒かれたもので、名称は投影石。

 これこそがおのれが学園に所属してる証で、力を示すものらしい。

 お守りのように大切に握り込む。

 あわよくば未来を切り開いてくれることを期待して。



 寮に帰り、必要最低限の家具だけが揃った殺風景な部屋で、ぼーっとする。

 ベッドに腰掛け窓のあたりを見ると、ベランダに小鳥が止まる。

 かわいらしい見た目に癒されつつ、一日を終えた。


 夜を越え、朝が来る。

 ウイユは淡々と登校した。

 教室で構える生徒たち。

 入学してから数日は、オリエンテーリングだ。

 のんびりと構えようとした矢先、教師がさらっと、とんでもないことを言い出す。


「ではこれよりサバイバル演習を始めます」

「いきなりー!?」

「適正を見るためです。さあ」


 強制的に案内され、校舎裏の敷地にやってくる。

 広々とした空間で奥には森が広がり、いかにも魔物が潜んでいそうな空気感だ。

 荒涼とした風が吹き砂が舞い、萎縮する生徒に混じって、何名かは余裕の面構え。


「コンビを組んでいただきます」


 指示に従い、生徒たちは顔を見合わせる。

 ハイラムやエレナはあっという間に群がられ、チームが決まった。


 ウイユはぽつんと残る。


 奥では同じぼーっとしている男子。


 近くでは強引に迫る例の不良男子が肩を組み、脅すようにしてペアを決めていた。

 しれっと髪型が変わっている。

 今回はリーゼントでまたいかつい。



 聖ジュエル学園は生徒のオリジナリティを尊重するという名目で、校則がゆるい。

 小物類の着用は自由だったり、好き勝手にファッションを楽しむわけだが、それにしたって限度がある。

 第一、センスがおかしいのだ。


 などと呑気に観察している間に、組み相手が次々と決まる。

 自分はあの男子(アルフ)と組むことになるのだろうと、真っ黒な毛先を思い出していると、彼に近づく影。

 いかにも草食系という外見の男子と、装飾品が派手な少年が、余り物同士で組む。



「ではあなたは先生と組みましょう」


 冷静な声を耳の裏で聞いた。


 ひゅーと風が吹き付ける。

 ウイユは表情すら変えられず、立ち尽くしてしまった。

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