1 オリエンテーリング
全員の自己紹介が終わり、いよいよ教師が口を開く。
「これからのことは順に分かっていけばよろしい。まずは雰囲気を楽しみなさい」
生徒には見向きもせずに、とことこと真横へ流れる。ガラリと戸を開けて出ていき、すらっとしたパンツスーツが、視界から消えた。
プレッシャーから解放されて、どっと気が緩む。
周りの席ではおしゃべりが始まった。
「ハイラム様、なにかあれば私どもにおっしゃって。なんでもするわ」
「下僕にでもなってあげる」
「荷物とか持ちます。食堂の席も優先して空けさせてもらいます」
制服を着崩した女子たちが鼻息を荒くして、清廉なる王子に迫る。
「気持ちは嬉しいが、私は養子として拾われただけの身。皆とは平等な関係でいたいのだ」
やんわりと笑いかけると、ぱあっと顔色を明るくする女生徒たち。
「なら友達になりましょう」
「ねえねえあなたって、どんな子がタイプなの?」
いきなり直球で迫るのを遠巻きに、やや引くウイユ。
「正直な話、私は友達というものが、分からなくてね」
ハイラムもなんとも言えない表情でいなす。
「そんなこと言わずにねえねえ」
話を全く聞かず、ぐいぐいと詰め寄る。そこへ。
「いいご身分ッスね、ハイラム様」
急に荒い声。周りを囲っていた生徒たちが一斉にそちらを向く。
ウイユもおもむろに首をひねり、ギョッと目を剥いた。
ポケットに手を突っ込んで立つ男子。
なにその髪型。モヒカン? 派手な色に染めてあるから、鶏冠みたい。
しかも学ランである。聖ジュエル学園の制服はブレザーだというのに。
「王子ってのはそんなにいいものなんスか。いつも背筋伸ばして、大変そうッスね」
煽りにきた。ハイラムは目を合わさない。
「ロジェ、品位が出たまでだ。そちらこそ王子扱いするのはやめてもらおう。学園では平等だと言ったはずだ」
律儀に名を呼び、視線を上げる。
「ああ?」
不良が片眉をひそめる。ピキリと額に青筋が浮かんだ。
「生意気言いやがって! あんたなんてよぉ、王家の後ろ盾がなけりゃあ、帰る家失った負け犬なんスよ! 高いヒール履かせてもらって、なにを言ってやがるんスか」
どこに沸点があったのか分からず、見ている側が困惑する。
「さすがは逸脱者だ。私とあなたの違いに関しては、おのれの胸によく聞いてみるといい。そのほうがよく理解できるだろう」
「知ったような口で。お里が知れるッスよ。シャロンってのはどこの辺境か。少なくとも、ルインの地図には載ってないッスよね?」
火花を散らし、一触即発。
周りの女子たちはオロオロと見守ることしかできない。
今にもぶつかり合いそうなとき。
「ちょっと入学早々、喧嘩はダメ。仲良くしなきゃ、ね」
緊迫した空気に割って入る女子。心なしか声が高く聞こえた。
「フン」
そっぽを向くロジェは背を向けたまま、歩き去った。
黙って着席する王子。
興が冷めたのか女子たちも退散し、彼の周りは人が消えた。
なんだったんだろう。
言葉も出ないウイユ。
取り残されたと思いきや、まだ一つ気配が残っていた。
机と机の隙間で仁王立ちし、ふぅと息を吐く少女。
朱色のローツインテールが、ひらっと泳ぐ。
ぱっちりと丸い目はよく見ると、メイクを施してあった。
最初のほうに自己紹介をした女子だったかと思い出す。
名はエレナだったか。姓はエグランティエ。
彼女のスカートはこちらと同じ膝丈だが、あちらのほうが絶妙に短くて、洗練された雰囲気だ。
ひと仕事終えた風に構える間もなく、彼女の後ろから声が掛かる。
「ねえねえ、メイクのやり方教えて」
エレナはあっという間に女子たちに囲まれる。
「ごめん、まだ途中だったわね」
手を合わせ、元の席に帰っていく。
みんな友達がいていいな。
前面の目立つ席に女子グループですでに固まっている。
エレナはすでに人気者だ。
彼女が話をしては周りを湧かせ、笑い声が上がる。
一人ぼっちのウイユはそわそわと体を縮め、窓の外へ視線を向ける。
チュンチュン、バサッ。
自由に羽ばたく小鳥をぼーっと眺め、頬杖をついた。
ふと視線を感じて横を見る。
同じく外を見ている子がいた。
控えめな顔立ちのぼんやりとした雰囲気の少年、アルフ・ミュルクヴィズ。
ダークレッドに黒のグラデーションがかかったヘアは無造作のようで、よく見るとセットしてある。
胸元に見えるチェーン、右腕にはブレスレッドが妖しく光る。
まるで上の空な表情。
寂しげというより、達観した印象だった。
視界には入っているものの、興味はない。自分とは関係ないし。
ウイユはすぐに視線を外し、前を見た。
机には結晶。入学記念としてばら撒かれたもので、名称は投影石。
これこそがおのれが学園に所属してる証で、力を示すものらしい。
お守りのように大切に握り込む。
あわよくば未来を切り開いてくれることを期待して。
寮に帰り、必要最低限の家具だけが揃った殺風景な部屋で、ぼーっとする。
ベッドに腰掛け窓のあたりを見ると、ベランダに小鳥が止まる。
かわいらしい見た目に癒されつつ、一日を終えた。
夜を越え、朝が来る。
ウイユは淡々と登校した。
教室で構える生徒たち。
入学してから数日は、オリエンテーリングだ。
のんびりと構えようとした矢先、教師がさらっと、とんでもないことを言い出す。
「ではこれよりサバイバル演習を始めます」
「いきなりー!?」
「適正を見るためです。さあ」
強制的に案内され、校舎裏の敷地にやってくる。
広々とした空間で奥には森が広がり、いかにも魔物が潜んでいそうな空気感だ。
荒涼とした風が吹き砂が舞い、萎縮する生徒に混じって、何名かは余裕の面構え。
「コンビを組んでいただきます」
指示に従い、生徒たちは顔を見合わせる。
ハイラムやエレナはあっという間に群がられ、チームが決まった。
ウイユはぽつんと残る。
奥では同じぼーっとしている男子。
近くでは強引に迫る例の不良男子が肩を組み、脅すようにしてペアを決めていた。
しれっと髪型が変わっている。
今回はリーゼントでまたいかつい。
聖ジュエル学園は生徒のオリジナリティを尊重するという名目で、校則がゆるい。
小物類の着用は自由だったり、好き勝手にファッションを楽しむわけだが、それにしたって限度がある。
第一、センスがおかしいのだ。
などと呑気に観察している間に、組み相手が次々と決まる。
自分はあの男子と組むことになるのだろうと、真っ黒な毛先を思い出していると、彼に近づく影。
いかにも草食系という外見の男子と、装飾品が派手な少年が、余り物同士で組む。
「ではあなたは先生と組みましょう」
冷静な声を耳の裏で聞いた。
ひゅーと風が吹き付ける。
ウイユは表情すら変えられず、立ち尽くしてしまった。




