18 消えた月影
「門番を無視しちゃいけないよ。さあ、なにか見せてくれたまえよ。この私の心を揺るがすなにかがなければ、通すわけにはいかないからね」
思いっきり大剣を振り回すと、プラチナ色の残光がほとばしる。
リボンがクロスするように張り巡らされ、周囲を囲う。
周りが体を硬くし様子をうかがう中、ウイユはそっと踏みだし、あえてボスに近づく。
「なんの用だい? 宝かい? それならば与えることはできないな」
魔力を纏い、蝶のように変身する。
輝きを放つと炎となり、灼熱の壁が押し寄せる。
とっさにバリアを展開。半透明な壁が攻撃を弾く。
「まあゆっくりしていってくれたまえよ。私もこのところずいぶんと来客がこなくて、コミュニケーションに飢えていたところなのでね」
ヒロ・アリィテアが、大剣を振り上げる。
コミュニケーションという名の戦闘。受けて立つ。
身構えたそばから、視界が赫く照らされる。
月食に似た明かりに釣られて、目線を上げるや、凄まじい勢いで弾幕が襲いかかる。
とっさにアルフが手を構え、魔弾を放つ。
爆発音が響き、強い風が吹き荒れる。
結論から言えば、四人で束になっても、分が悪かった。
バフをかけても形成が覆らず、硬直した戦況。むしろ押されている。
戦場を支配したかのような相手の振る舞い。ガーディアンの名にふさわしく、まるで隙がない。
どぎまぎしている間に、炎の波が襲いかかる。相殺するので精一杯だった。
「おっと」
ヒロの平坦な声。
彼は火傷した手のひらを見つつ、涼しい顔を保つ。
攻撃を当てた覚えはないので、自傷ダメージだ。
威力が強すぎる弊害だろう。
さすがに勝機は得られるかと思った矢先。
月光を浴びて輝く体は幽霊のように浮き、羽化する。
光が治まったとき、つるりとした肌がそこにはあった。
完全に元通り。
インチキか。
きりがないので、説得の方向へシフトする。
まず、硬質な鎧を纏った青年が、前に出た。
「私たちは今更なにを言うこともできない。ただ、あなたの意思はそこにはないのではないか」
なにをしたところで、亡霊となった心は満たされない。決して救われぬ想いの残滓だ。
「待っていただけだよ。闇の王の待ち人を」
ヒロ・アリィテアの返答に、らしくないとハイラムは告げる。
「あなたのような方こそ、奔放であるべきだ。伝聞に記されたように」
意味深な言葉。
なにか響くところがあったらしい。
相手は目を伏せ、顎を引く。
ウイユはまじまじとヒロを見据えた。
ひょっとしたら、使えるかもしれない。
懐から取り出した鍵。
表に出すと空色に輝く。
離れた位置から凝視し、目を見開く男。
「それを、誰から受け取った?」
「ある、冒険者に」
控えめに答える。
あっけに取られたように無言になったヒロ・アリティア。
数秒の間の後、うっすらと唇を開く。
「それを持っているのなら通すべきだろう」
どういう気持ちの変化か。様子をうかがう。
「なぜならそれは“あいつ”が認めた者だから」
肩から力を抜き、ゆっくりと天を見上げる。
ゆったりと吐き出された声が空気に溶けた。
「ヒロ・アリィテアは黄金郷への道を守る門番。その秘密を守るために口を割らずに、命を散らしたもの」
本の登場人物の名を呼ぶように、男は語った。
「だが、彼らになら教えてもいい。この秘密はもはや意味をなさないけどね」
友達との大切な思い出は、穢れてしまったと、低い声で漏らす。
「約束は約束。前に進むべき理由があるのなら、通ってもいいよ」
硬い音を立てて、大剣を下ろした。
あっさりと引き下がり、足元から透け、輪郭が薄れる。
「待って。話がある」
ウイユは手を伸ばし、呼び止める。
相手の足元が不透明に戻った。
「もしかしてあの女の子と関係がある?」
神妙な面持ちで問う。緊張した目付き。
皆が無言のまま、ヒロに注目した。
ややって、相手は口を開く。
「そうか、夢を見たのかい」
口元をゆるめ、息を吐く。
「どうか、頼むよ」
言い残し、霧に吹かれるように溶けていった。
もう彼の影すらない。
でも、まだヒロ・アリィテアがどこかで見ている気がした。
戦わずして終わり、言葉も出ず、立ち尽くす。
「頼むよ」と男の言葉がリフレインする。
自分は託されたのだと。
気がつくとあたりが晴れている。もう霧はない。
ウイユは力強い目で門の先を見据えた。
関門突破した。
ぼうぜんとしている女子を置いて、男子は足を踏み出す。
「あれは亡霊。気にしなくてもいいよ」
すれ違いざまに、アルフは平然と口走る。
「望みを果たせば消えるだけさ。ただ、アレにはまだこの地に残る理由があるようだね」
つまり、完全に消滅したわけではないと。
納得を得つつ、ふと思い出したかのように、地面を蹴る。
歩きながら寄ってくるエレナ。
「あの女の子って?」
「夢で見るの」
「あたしもそうだよ」
男子二人も注目する。
「君たちもか」
ハイラムも同調する。
アルフは唯一、無言だった。
反応からして皆は同じ夢を見ている。
同じ魔が干渉していると見て間違いない。
おおかた、彼女がナティア島に巣食う魔の元凶だろう。
浄化をするには、あの少女と決着をつけなければならない。
意思を固め、山並みの向こうを見据えた。
茨の巻き付いた、門が見える。
ここから先は未知の領域。
モヤモヤとした感情が胸に広がり、気持ちが逸る。
「アルフが決めて。行くか下がるか」
「もちろん、行くよ」
迷いがない態度に安心感を抱く。
皆で頷き合い、一歩を踏み出した。
秘密のゲートをくぐった先にあったのは、ただの遺跡。
黄金郷と謳われた機構は色褪せ、繁栄の跡を示しているかのようで切なかった。
不意にハイラムがアルフを見やる。
「なぜ戦わなかった?」
彼なら手段を選ばず倒すこともできただろうに。
「ディギル嬢の前だったため、猫をかぶったのか?」
冷静な指摘。
「別になにも」
顔を背けたまま、目のみを滑らす。
視線と視線がぶつかり合い、硬質な火花を散らした。
「ただあんたに対話する機会を与えただけさ、ハイラム・シャロン・ルイン」
意味深な間が降りた。
しばらく無言が続く。
「別段、責めているわけではない」
ハイラムは視線をそらし、俯いた顔。
アルフは口を引き結びつつ、先に歩き出す。
残りのメンツも続き、奥へと入っていった。




