17 生贄の夢
「せっかくあんたらの問題を解決してやろうって言ってるんだ。もうちょっと喜んだらどうなのさ?」
「僕は呼んでませんよ」
むっつりと唇をすぼめる。
「宿なら貸します。むしろそちらが本命でしょ」
「あらまあ、助かるー」
背を向け歩き出したのを、ついていく皆。
「問題っていうのは例の魔物騒動かしら?」
「そうそう。あんた風使えるはずだろ? 聞かなかったか? いつか選ばれし者が救世主となり、魔の一切を浄化するだろう、とかさ」
アルフがガンガンたたみ掛けると、相手は迷惑そうに首をひねった。
なんだか予定と違う気がする。ウイユは眉をひそめた。
「確かに風の便りでは」
「だろ?」
「まさか、予言!?」
エレナが目を輝かせる。
「選ばれし者だなんて、そんな……」
「違うんですか?」
「いえ、それほどでもありますが!」
ウイユは胸を張って、主張する。
「なんであんたがどや顔なんだよ」
呆れられる。
だって……。
ウイユは頬をポリポリとかいた。
本音を言うと荷が重い。でも、背中を押されたからにはやるしかない。
おのれを奮い立たせた。
宿は街の端にある。
まっすぐ突っ切って、広場に着いた。
中央には銅像がある。
緑青色の主は仮面に長髪に、マント。
よく見ると隻腕のようで、右側だけが空いている。
「ねえねえ、本物? あたし、彼の中身知ってるわ!」
歴史の匂いに敏感なエレナが、案内人の腕を引っ張る。
「闇の王ですよ。かの大魔術師ヘルマン・ドゥケルハイトに倒された」
相手は生き生きとした顔で答えた。
悪役が崇めるように建っているとは、不思議だ。
魔の脅威をなんとかしたと聞く割には、根絶できてない。
今日まで続いているのは変な話だ。
現実はそううまくいかないということか。
周りには、革の装備に短剣を挿した冒険者が、たむろしている。
「悪ってかっこいいよな。ザ・魔って感じがしてさ!」
「俺は闇の王のほうを応援したい。だって勇者って偉そうじゃん」
雑談を聞き流し、先へ進んだ。
舗装された道を辿る内に、人気がなくなる。
こんもりと繁った森に一体化するように建っていたのは、原木を切り出して造った宿だった。
装飾はなく、簡素な外観。
案内板の代わりにアルフが手で示し、皆は戸へと靴を向けた。
中へ上がる。
ワンルームを四人で貸し切るタイプのもので、風情がある造りだった。
夜になる前に案内人が料理を届けに来る。
手前には色鮮やかな料理が宝石箱の中身のように、ずらっと並んだ。
「ナティア島は世界の中心。魔の領域との接続点とも、呼ばれています」
観光案内をするような口調ながら、相手の顔色には陰りがあった。
大きなテーブルを囲み、美味に舌鼓を打ちつつ、話を聞く。
「何度も言いましたが、僕は頼んでなどいません。本当の行くのですか?」
念押しするように確認を取る。
「なにがあっても知りませんよ。奥地は観光気分で入る込むところではありません。僕は戦闘向きじゃありませんし、手を貸せませんよ」
彼は口を曲げ、頑なに主張する。
「その忠告、もう何万回と聞かされたよ」
アルフはうんざりと伸びをした。
ウイユとしては今確認をされると、逃げたくなるのでやめてほしい。
他のメンツは黙々と料理を口に運んでいた。
手前では渋い顔をした案内人。
彼は目を伏せ、深く息を吐いた。
空になった食器は撤去された。
四人分の布団が敷かれる。
薄っぺらい寝具に虚を突かれた。
寝転がってみると意外と落ち着く。
木材の豊かな香りが鼻腔をかすめ、ゆったりと眠りへと沈んだ。
なお、環境がいいからと、熟睡できるわけではなく。
むしろ悪夢を見た。
恐ろしい光景。滅びの景色。
一人の乙女がうなだれ、膝をつく。純白の長衣が、土に触れる。
「あなたこそが救国の巫女」
「あなただけが我らを救ってくださる」
彼女にすがる老人、老女。
様々な思いに強引にも背中を押され、娘は滝壺に身を投げた。
ウェーブのかかった短髪が濡れ、水に溶けるよう。
血の中へ沈み込む。
それでもなにも、救われなかった。
慟哭が島の奥に残る。
泥と涙の混じった匂いが、地面に染み込んだ。
彼女は今も救いを求めている。
水底で揺れる影へと手を伸ばし、触れた指の先。
淀んだ闇に、光が射す。
瞼を開けた。
ウイユはすでに現実に戻っていた。
ダンジョンを様子見に、端の森までやってくる。
皆、戦闘用の格好だ。
宿との距離は近いので、裏手に回るだけで着いた。
昼間なのに薄暗い。
入口には立ち入り禁止のテープがあり、厳重な警戒が張り巡らされている。
なにがあっても自己責任らしい。
深呼吸をして気を引き締め、いざ一歩を踏み出す。
少年少女はジャングルと化した入り口をくぐっていった。
近辺ではすでに魔物と戦っている冒険者の姿がある。
明らかに数が多い。
敵は人為的に放たれたもの、もしくは主が潜んでいる。
皆は即、助太刀し、魔物を追い払った。
民族衣装をまとった褐色の男たちは戦力の差を見極めるや、つまらなそうに去っていく。
「助けてくれてありがとう」
「どうってことはないわ」
笑顔で応対するエレナの横で胸を張りつつ、内心怯むウイユ。
なんだこれ、思いっきりダンジョンじゃないか。
練習用の場所とは違う、本物の魔の領域だ。
普通に怖い。やっぱり来るんじゃなかった。
体を固くしつつ、チラッと仲間の顔を、盗み見る。
露払いを終えたエレナは、返ってきたチャクラムを決めポーズでキャッチ。
腰を抜かした男を見下ろし、チャーミングな笑顔を見せる。
「さあ、後はあたしたちに任せなさい」
「怪我だけはしないでくれよ」
男はエレナの美しさにとろけたかと思うと、急に顔が白くなる。
瞠目した瞳にハイラムが映った。
「で、殿下!? なんでこんな場所に。いや、あなたが直接出向くのならこちらも安心だ。さあ、お先を」
「どうかご武運を」
早口で言い捨て、腰を抜かしながら、走り抜ける。ウイユは彼を目で追わなかった。
彼女の視線の先で、冒険者は急に足を止めた。
ストレートに走り去る前に、視線をよこす。
「ここから先にボスが待ち受けている。心して掛かってください」
「もしくは戦いを回避する方法を探るほうがいい」
忠告は真面目に聞いて、奥へ進む。
魔物を倒しつつ、鬱蒼とした景色を越えようとしたところで、吹き抜けに着いた。
木々が開け、ぽっかりと空が覗く。
その中心に、男が立っていた。古い時代の鉄靴をはいている。
月光を透過した大理石のような肌に、まっすぐに切りそろえたファイアレッドの短髪。
銀の鎧の凛とした出で立ちで、無彩色の中でスカーレットの目が映えている。
五本の指の全てに指輪がつけてあり、赤や紺色の輝きを放っていた。
「この肌、いいだろう? 光の加護を受けた証だ。私の周りは皆そうなのだ」
両手を広げた男の容姿は、神の化身にも月の魔物にも見えるほど、神秘的だった。
「それにしても、来客とは珍しいね」
軽い調子で言葉を発し、目線を下ろす。
「私はヒロ・アリィテアだ。どうぞ遊んでくれたまえ」
たくましい体躯に、絶対に通さないという意思が見える。
視線の先で凍りつくウイユ。
怖い。無理。逃げたい。
ぞっとする感覚に全身が冷たくなり、汗をかいた。




