15 冒険者になった目的
なにも分からないまま、別れる。
少し陰ってきた空の下、大通りを進んでいた頃だった。
「教祖様! 見ていてください」
イカれた目で宣言した男が女を捕まえようとして乱暴。
「なんなのよこの人!」
悲鳴を上げる女性。
助けなきゃ。飛び出そうとする。
なお、彼女が動く必要はなかった。
現場ではすでにつなぎを着た冒険者が、暴れ回っていた。
真っ赤なマントをひらめかせて戦う姿を引き立てるように、キラキラとあたりを舞うクォーツ。
虹色を帯びた欠片が集まり、無から武器を生成する。
使い捨ててはまた創ってと、やりたい放題だ。
敵が魔の力を溜めて玉として放出したかと思うと、今度は彼が手のひらを前に出し、同じものを繰り出す。
彼のものはラベンダークォーツと同じ色合いだった。
そして、相殺。
爆発音と共に色つき煙が充満、視界を覆った。
なにもない場所から斬撃だけが飛んできて、一刀両断。
すれ違い様に薙ぎ払う。
派手な衝撃を背に赤水晶の刃を担ぎしまうと、武器は木の剣へと戻った。
ついでに頭装備も解除されて、軍帽に変わる。
すっと背筋を正したそばにバタバタと、蒼白のローブの軍勢が散らばった。
あっという間に片付いた。
遅れて衛兵が駆けつける。
同じ装備を纏った無機質な一団が、やられ役たちを立たせ、枷をはめる。
「ダメだ。俺はまだやれるんだ! 見捨てないでくれ! 教祖様ァ! 俺ぁ、あんたがいねぇともう生きられねぇんだよぉ!」
意味の分からないことを叫びながら、ロープに繋がれ、連行されていく。
果たしてなんだったのだろうか、謎の集団は。ヴァニタス教団と言っていたけれど。
ウイユは引いた目で見送る。
被害に遭っていた女性も顔を引きつらせながら、いそいそと場から離れていった。
ぽかんとしたままのウイユの先で、青年は当たり前のような顔で、胸を張っている。
「全部やっちゃったんだ」
こっそりと近づく。
振り向く青年。
グレーの胸ポケット。三日月型に眉を下げ目を細めて、笑いかける。
フェトゥレだ。
装備が消えたのでラフな印象を持つ。
「実は魔物よりも、人間を相手にするほうが、得意なんですよ」
誇らしげに語り、フッと笑みを浮かべる顔に、影が差した。うっすらと灰白色を帯びた肌の色。
じっと見つめ合う最中、フェトゥレは急に通りのほうを見る。
鉄と体臭が混じった、人の気配。
ウイユが視線を滑らす内に、荒れた装備を身に着けた男たちが、集まってきた。
各々、鍛え上げた肉体には、包帯が巻かれている。
ちょっかいを出しに来たにしては、痛々しい見た目だ。
「いかかでしたか、噂の秘島は?」
「俺たちにはまだ速かったようだ」
険しい顔で首を曲げ、頭をかく。
いわく、彼らはダンジョンを攻めて、失敗したらしい。
なんとか魔の専門家に救助されたが、危ない目に遭ったと、武勇伝を自慢する。
「お前たちナティア島へ行くんだって?」
真面目に聞いていると、男の視線がウイユをとらえる。
「このごろ、数百年前に退治した輩が復活しているとよ。もうあそこはダメだ。近づかないほうがいい」
アドバイスというより、脅しに近い声音だった。
「勇者もいない世の中じゃ、希望なんてありゃしないのさ」
暗雲が降り薄暗くなった道の上。
ひんやりとした空気が肌を撫で、思わず身震いした。
顔は引きつったまま、うつむき、奥歯を噛む。
急に怖くなってきた。
だけど今更、引き返さない。
ウイユは顎を引き、口元を引き締めた。
「ナティア島には秘宝があると聞きました」
身を乗り出し、問うて見る。
「おいおい行く気かよ」
白けた目で少女を見下ろす。
頑なな表情を貫くウイユ。
顔をしかめた後、相手は口を開いた。
「秘宝なんざ知らない。見た覚えもない。ひょっとしたら、入口が違ったのかもな」
「悪いことは言わない。幻影を追いかけるのはよせ。無駄だよ」
言い終わる前から背を向け、端のほうから足を踏み出す。
去っていく後ろ姿を黙って見送った。
陰った空にはカラスが列をなして飛んでいた。
ウイユは首を曲げ、石畳を睨む。
覚悟を決めるしかないようだ。
口を丸く開いて、深く息を吸い込む。
酸素を取り込み、思いっきり吐き出した。
少し、気持ちが落ち着く。
雲の隙間からうっすらと日が射し込んだ。
ひと仕事終えフェトゥレと一緒に、街をぶらつく。
酒場の前を通りがかると、先ほど見送った者たちが酒を飲んで騒いでいた。
生きて帰ってきた証として、宴を開いている。
特に飲む気はないが、フェトゥレが積極的に行くので、カウンターの席に座る。
わーわー、ぎゃーぎゃー。
奥の席のにぎやかさを尻目に、ついと口を開く。
「どうしてみんな、冒険に出たがるのかな。こんなに危険なのに……」
「そこにロマンがあるから。欲しいものを見たいからですよ」
フェトゥレはアルコールを飲みながら、爽やかに答える。
ピンとこない。首を下げると、手前のお茶に影が掛かった。
自分はなにを見たいのだろう。
兄はなにが目的で冒険者となったのだろう。
「あなたは?」
ちらっと相手を見やる。
フェトゥレは少し視線を下げ、唇を湿らせた。
水滴を被った杯を撫ででから、自分について語り出す。
「最初はただの憧れでした。国を統一した古代王アレクサンダー。何者にも縛られず、全てを従え牛耳ったであろう様を。あそこまで自分を貫き通せれば、さぞ気持ちがいいだろうと、ね」
彼は表情を消し、くすんだ天井を見上げた。
「でも、今は違います」
薄く、唇を動かす。
彼はおのれの目的を語る。(自然に文をつなげたい)
「僕はたくさんの人を守りたいんです。目に入る範囲、手が届く範囲の人々を助けたいんです」
「正義のために、動いているのね」
感嘆とつぶやく。
「今日、助けられて、よかった」
晴れ晴れとした顔で、口元をゆるめる。
ウイユも目を閉じ、うなずいた。
「あなたには、そちらのほうが向いていると思うわ」
柔らかな声音。二人の頭上に暖色を帯びた光が射し込んだ。
飲み物を空にすると、ウイユとフェトゥレは外に出た。
「さあ、僕の役割も終わりましたね」
あっさりと言い放ち、踵を返す。
手を振り、去る影がトレーンを引くように伸びた。
陽光の下、小さくなっていく赤いマント。
涼しい風に髪がなびいて、視界をかすめた。
目を細めた奥で、フェトゥレの影が見えなくなる。
大通りの隅でウイユは突っ立ったまま。
「冒険者になった目的」を語る青年の顔が、脳裏に焼き付いて、離れない。
フェトゥレは素晴らしい人。
応援したい。
死なないでほしい。
湿り気を帯びた空気に、冷たさが混じる。
急にギュッと胸が軋んだ。




