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星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第1幕

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9 エウリックという人間

「危ないな。こんなところでなにしてるんだ?」


 あきれた声が掛かる。

 髪を揺らしながら、振り向く。


「本当ならちゃんと頭がいいはずだろ。あからさまに怪しい場所なんだぞ」


 現れたのは迷彩柄のマントと暗色のローブを着た少年だ。

 魔術師らしい格好が様になっている。

 一瞬誰かと思った。

 よく見るとグラデーションヘアになっているから、アルフだと分かる。


 見つめ合い、沈黙する。

 横切った謎の影。

 気配に気づいたアルフがそちらを向く。


 ウイユは地面に座り込んだまま。


「どうしたの?」

「いや」


 彼はシリアスな顔で答える。

 ウイユはなにも言えなかった。



 ひとまず家に返され、リビングでコテンパンに叱られた。

 自業自得とはいえ嫌な気分。

 同時に今日の一件で、自分がどれだけ危険から遠ざけられてきたのか、思い知る。


 おとなしく寝室へ行く。


「はぁ……」


 寝具に腰を沈めて、肩を下げる。


 窓の外は暗くなり、夜空には濁った雲が垂れ流されていた。



 後日。

 村の隅にある公園にやってくる。

 家にいるのは気まずくてならなかった。


 ベンチに座り込み、肩を落とす。

 ブラウスの生地に垂れる、暗い髪。


 ああ、勢いに任せて下手なマネするんじゃなかった。

 沈み込んでいると、前から気配が差す。


「セラン高原は涼しくて過ごしやすいところですね。定住するならこのあたりがいいでしょうか」


 影が掛かるより先に、顔を上げる。


 手前に立つのは五分丈の丸首に、青白い色のストレートパンツを合わせた青年だ。

 オフモードらしい彼は、昨日よりも没個性的に見えた。

 赤いペタソスと丹色のレザーのサンダルがなければ、誰か分からなかった。


「フェトゥレ、まだこんな田舎に用があったの?」


 背筋を伸ばしつつ、息を吐く。

 あっさりと再会し、拍子抜けだ。情緒もなにもあったものじゃない。


「実際僕は、旅暮らしを続けるつもりですが」


 フェトゥレは眉を曲げ、苦笑いした。


「ウイユさんこそ、まだ動きたくない理由があると見ました。悩みがあるなら聞きますよ」


 快い言葉。

 一瞬迷って、口をつぐむ。

 だがもう、ヤケだ。

 精神にきていたため、すがりつくように思いを打ち明けた。





「それは仕方がない。エウリック・ボーデンのような存在が近くにいれば、冒険に憧れを持つのも無理はないですからね」


 実は兄に関する話はしていなかったので、一瞬自分たちの関係が透けたかと、ドキッとした。


 実際は「ウイユが冒険に興味を持ったきっかけは、セラン高原にかの有名なエウリックが現れ、彼から刺激を受けたから」と解釈したらしい。


 彼女の緊張などいざしらず、フェトゥレは声を弾ませて、エウリックを褒め称える。


「本当、すごい魔術を使う人でしたよ。騎士も冒険者も皆、憧れました」


 帽子が作った影の奥で目をきらめかせ、手を叩く。



 確かに魔術の腕は凄い。

 それは認めるけど、素晴らしい人かどうかと言われると、「そうかな?」と首を傾げる。



 頭をよぎったのは、ある日常の場面。

 白飛びするほど眩しい、夏の日だった。


 プリンを楽しみに保冷庫の戸を開いたら、空になっていた。

 然から一転、ピリリと引き締まった顔で、脇へと視線を向ける。

 背に魔道具による冷気が霧として広がり、幼い彼女にオーラを纏わせていた。


「食ーべーたーなー」


 鬼の形相で睨む。

 視線の先で得意げに笑う青年。半袖に短パン姿でも様になる。

 きっと身嗜みに気を使っているからだ。


「そう怒るな。食べたかったのだから、仕方がないだろう」


 悪びれずに言い捨て、へらへら笑った。


 ウイユからしたら、エウリックは駄目人間。

 日がな一日遊んでいるだけの人だ。

 本人いわく、やりたいことしかやらない主義だという。



 思い返してみてもやっぱり、兄への印象は変わらない。

 彼のぐうたらな一面を知らないフェトゥレは、エウリックに理想を抱いたまま語りを続ける。


「彼の実力は本物です。この後、どれほど時代を重ねようと、追いつく者は現れないでしょう」


 興奮する青年を見て、ああ、そういえばと思い出す。



 数年前、セランを竜が襲った。


「人里に降りるなんて珍しいな。よいことが起こるやも」

「ほら虹が架かる」

「ありゃ凶星だろ」

「運が悪いな」


 皆戸惑い、焦った。


「こうなりゃ俺らでぶった斬って」

「待ちたまえ」


 うっかり飛びかからんとした者を静止する影。

 一人の青年が前に出る。ウォークロア柄のマントをなびいた。

 装飾を施した袖の裾からしなやかな手が覗く。


 エウリックは堂々とした態度で相対する。

 建物の陰にへばりつき、様子を見守るウイユ。

 気が気でなく、不安だった。


 周りは彼を信頼しているようで、道を開く。

 中にはヒューヒューと、声を上げる者もいた。


 やがて先頭へと躍り出た兄。

 相対する両者。

 大剣を軽々と振り上げると、炎が噴出。

 一気に炎上。

 紅蓮に包まれ、敵が消し飛ぶ。


 殲滅。

 消滅を確認。


 ふるった刃を払い、しまい込む。

 普段の甘い雰囲気から一転、冴え冴えするほどの鋭さだった。


 たちまち鼓動が跳ね上がり、体が熱くなる。

 あっという間に終わったのを目の当たりにして、すごい……と、見入った。


 兄を偉大な冒険者だと思ったことは、一度もない。

 旅先の経験を話した内容も、ただの物語だととらえていた。


 彼の実力を知ったときは驚いた。

 本当に魔竜すらほふるほど強かったなんて。と。


 そうか、フェトゥレはその現場に居合わせたたのか。


「彼はやりたいことしかしない主義です。つまり、時々見せる優しさこそ、素直な姿。きっと村の営みが好きで、些細な幸福を愛おしく思える人なんです」


 話をしていると、胸の底が焦げたように、熱くなる。

 兄への気持ちがあふれてきた。



 話し込む内にすっかり日が暮れてしまった。

 黄昏の中、じっと座り込んだままのウイユ。


「冒険に出るべきですよ」


 不意に力強い声がかかった。


「学園に所属している今、自由に生きていい。その権利があります」


 真面目な顔で訴えかけるフェトゥレ。

 なんの根拠があっての物言いなのかは、分からない。


 それでも不思議と心が揺れ、熱い気持ちが込み上げてくる。

 ウイユは口元を緩め、はっきりと頷いた。


「うん、考えとく」


 いったん別れだ。


 宿のほうへ向かった冒険者。

 遠ざかる平凡な後ろ姿に、手を振った。


 小さくなるグレーのつなぎに、なびくマント。

 幻視したのはウォークロア柄だった。



 王都ロワ・グロワールに戻る。

 帰りはワープ。

 今回は無事に成功した。


 朝になって、登校する。

 なにごともなかったかのような日常に戻り、静かに過ごした。


 休み時間に思い浮かべたのは、アルフ・ミュルクヴィズの、髪色に負けた控えめな顔。


「こんなところでなにをしている」とは言っていたけど、それはこちらのセリフだ。

 あんな森の中でなにをしていたのだろう。


 そもそもよく分からないやつだ。

 然、彼のことが気になってきた。


 アルフを探す。いない。

 エレナなら知っているかな? と、困り眉で尋ねてみる、教室。


 朱色の髪の少女は、曖昧に苦笑した。


「ごめん。あの人のことあたしも難しくて。よく分からないのよね。別に人嫌いとかそういうんじゃないと思うけど。単に好きなことにしか興味がない、気まぐれな人というか」


 つまり、謎の人と。

 答えは得られず、がっかりした。


 ほかにも尋ねて回ったけれど、なにも得られず。


 知り合いはいなければ、友達もいないアルフ。

 彼はあまり人と関わらないようにしていて、隔てを置いている。

 まるで幽霊みたい。

 自分にだけ見えている誰かのよう。


 いったいなんなんだ。謎ばかりが深まっていく。


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