表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星空の少女は兄の影を追いかける  作者: 白雪
第1幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/17

プロローグ 聖ジュエル学園



「お兄ちゃん、来て」


 コンコン。

 ガラスを叩く音に反応して、視線を上げた。

 ごちゃごちゃとした机の上。怪しげな書物を脇に置き、席を立つ。


 外には妹がいた。

 すっきりとした顔立ちを縁取る、濃紺の髪。

 控えめながら可憐だと感じるのは、身内の補正か。


 彼女に釣られて、表に出る。

 はしごを使って屋根に上れば、明るさが降り注いだ。


 昼間のような青――ラピスラズリの夜空。


 一瞬で思考が無に帰し、息が止まる。


「ね、きれいでしょう?」


 にっこりと笑いかける妹。

 男は言葉も出ず、ただただ見入る。


 頭上に星が降り注ぐ。流星雨だった。


「君が降ってきた夜も、こんな風だったのだろうか」

「なにそれ。ポエムのセンスないよ」

「そちらにとってはついぞ実感は沸かない。気にしなくてもいいとも」


 男はただ空を見上げる。

 左右で異なる色の瞳に、星が流れた。

 まるで宙を駆ける熱のようだった。


 ***


 少女はぼんやりと窓の奥を見やる。

 ルピナスやムスカリが密集した庭は薄明に紛れ、窓の桟が檻のように見えた。

 夕日の淡いが射し込む部屋には、冷涼な空気が流れ込む。

 机には親から出された宿題が山のように積載し、勉強して寝るだけの空間だ。


 少女は眉を寄せ、目を伏せた。

 肩につく程度の長さに切り揃え、控えめな顔を四角く縁取る横髪。

 グレーのブラウスにピンクのロングスカート。

 シャンパンガーネットのリングを無言で弄ぶ。

 その薬指にはめた木製の指輪が、異質な雰囲気を放っていた。


 透き通ったガラス越しに、鳥が羽ばたく。


 羨ましい。

 口の中でつぶやく。


 遠くの景色は陰りつつあった。


 死んだ目になっていると、小鳥がUターン。

 はっと(まなじり)を見張り、固まっていると、紙切れを届けに来る。


 どれどれ。

 広げて見る。


 少女は瞬きをした。


 宛先はウイユ・ディギル。

 金のインクで書かれていたのは、王立学園への入学の案内。


 大変だ。

 ガタッと席を立ち、部屋を飛び出す。


 居間に走って両親に伝えると、二人は手を打ち鳴らし、飛び跳ねた。


「やりましたね、ウイユ。教育したかいがあったわ。即座に手配をしましょう」


 シワのないブラウスをびしっと着た母は、喜々として口走る。


「私が星に見た通りだっただろう? 君も安心して彼女に任せるんだ」


 父――エミールは暗に自由をと促すが、妻は全く聞く耳を持たない。

 当然、娘を操る権利を独り占め。


 以降は彼女の介入する余地などなく、速やかに手続きは済み。

 ウイユはとんとん拍子で、外へ出された。



 青空の下に出る。

 紺色のブレザーをしっかりと着込む。

 ホワイトシャツが胸元を押し上げ、リボンタイが垂れる。

 ウイユは大きなカバンを持って、小股で歩き出した。


 鉄道へ乗り込む。

 鉄の箱が走り出した。


 ガタンゴトン。

 流れる車窓に、ガラスに暗髪を垂らした横顔が映り込む。淡々と続く景色と自分を重ね合わせた。


 まさしくレールの上の人生。


 頭に浮かんだのは両親の顔。

 彼らはただ思い通りの人生を子どもに歩んでほしいだけ。

 その成果がこれだとすると、素直に喜べない。

 ウイユはなんともいえない気持ちで一点を見つめ続けた。



 目的地で降りると、市街地だった。


 四方を高い壁で囲まれ、防御は完璧。

 古風な外観で統一された街並みは寒色と銀を用いているせいか、冷たい印象を受ける。


 普段は高原地帯だけがおのれの世界だったが、いざ政の中心に躍り出ると、意識してしまう。


《ルイン》

 現在ウイユが暮らしている国だ。

 都の名はロワ・グロワール。


 大通りをまっすぐに進むと、校舎が見えてきた。ピカピカとした、端正な形だ。

 生徒玄関から渡り殿を経て、体育館に足を運んだ。


 入学式。

 同じ格好をした男女が整列し、ステージを見つめる。

 新入生、すなわちAクラスのメンバーだ。


 目立つ位置には大人たちが入れ替わり立ち代わり、祝辞を述べては去っていった。

 クラスを請け負う教師からの言葉を聞き流す中、周りはそわそわとしている。


「あれもしかして」

「まさか」


 眼をきらめかせる女子たち。


「本日はいずこよりいらしたんですか?」

「神獣にまたがっていらしたり?」


 中心に向かって質問を投げかける様をスルーする。



 式が終わり、教室に通される。

 内部もまたきれいだった。

 席順はランダムらしい。


 台の奥に立つ女性はスレンダーな長身だった。

 細身のスーツを隙もなく着こなし、大人の風格が漂う。


「ようこそ、王立聖ジュエル学園に。ここは原石を掘り出す学び舎。小鳥が通達を届けにきたでしょう? 君たちこそが未来の宝石です」


 硬い目つきで全体をなめるように見渡し、真面目に語る。


 まずは自己紹介から。


 ちなみに先ほど教師も名乗ったが、ウイユは聞き逃した。

 ローズともロゼとも違うが薔薇ばらを連想し、華やかさに硬質さととげが混じっていた記憶が、かろうじてある。

 おそらく一生、覚えられない。



 最初に一人の少女が席を立つ。

 まっすぐに伸びたプリーツスカートを揺らし、朱色の頭が動く。

 息を吸い上げる肩で、二つに分けた毛先が跳ねた。


「あたし、エレナっていいます。エレナ・エグランティエ。ダンスとかおしゃれとか、大好きです。みんなで学校生活を盛り上げていきましょう!」


 ぱっちりと開いた大きな目は、華やかなまつ毛に彩られていた。

 正面を向いたまま、まっすぐに澄み切っている。


 かわいらしい外見の割にアルト音域と低めの声、清らかでさっぱりとした雰囲気だった。


 さくらんぼ色の唇で、キラキラと笑う。


 えり元で蝶々結びになったリボンが、彼女のために設えられたと感じるほど、よく似合っていた。


 男子生徒が鼻の下を伸ばす一方、無関心そうな男子がいる。

 ウイユから見て一つ隣の席の彼だった。


 ちらりと横を見る間に、次の自己紹介へと移る。

 あわてて前を向いた。



 席を立ったのは明らかに一般人ではない雰囲気の男子で、石膏じみた肌から光のオーラを放つ。

 純白の短めの髪を刈り上げ、センター分けに。

 ブレザーをびしっと着こなし、まっすぐに立つ。澄んだ青い瞳で黒板を見据える。


 口を開く前から皆が注目し、張り詰めた静寂が垂れ込んだ。


「ハイラム・シャロン・ルイン。有望なる原石たちと共に歩んでいけることを光栄に思います。共に国の未来のため、歩んでいきましょう」


 クールに言い、着席した。

 教室がざわめく。


「ルイン。やっぱり」

「王子様。本物だわ」

「第何王子だっけ」

「実は初めて見るんだけど」


 ノイズが止まぬ中、次の生徒が起立し、何事もなかったかのように話し出した。



 順調に進み、自分の番が近づく。

 心拍数の上昇を自覚しながらも、なんとか頭の中で文章を練る。


 大丈夫だ。

 シンプルに自分のことを伝えればいい。

 自分に言い聞かせながらも体が熱くなり、じわっと汗が滲む。


 前の席の相手が座った。

 ウイユはぎこちない動きで立ち上がり、深く息を吸い込み、うつむきながら口を開いた。


「ウイユ・ディギルです。特技は、えーと……。鳥とか、好きです。よろしくお願いします」


 口にして恥ずかしさがこみ上げる。

 潔く着席し、縮こまる。


 いっぱいいっぱいになっている間に、隣でイスをギギギ……と引く音。


 さらに隣の席の男子が立ち上がる。

 小柄で、少年という呼称がしっくりきた。


 大して特徴のない顔の、どこにでもいそうな相手なのに、なぜか目を引く。


 瞳のせい? 目だけに。

 不透明で、見えないなにかを、見つめるような。

 悟ったような不思議な雰囲気と、オーラを感じる。


「放任主義で自由にやらせてくれるからここに来ました。あと、冒険が好きなやつは俺のところに――別に来なくていいよ。以上」


 一息に言い切り、イスに戻る。


「あ、俺の名前はアルフ・ミュルクヴィズです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ