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ペンキ絵師「菅野涼」8 食べさせたがり

 明くる日、俺は悲鳴を上げる腰によって意識を覚醒させた。目をゆっくりと開き、正面の柱時計に目をやると6時を少し回ったところだった。

 小柄な菊さんが座る椅子はやはり俺の体には合わなかったらしい。椅子から立ち上がると鈍痛を訴える腰に手を当てて精一杯腰を反らせるとゴキゴキと鈍い音が聞こえて来た。

 あくびをしながら男湯の脱衣所で顔を洗い、フロントへ戻ると余程疲れていたのか涼は未だ大きな口を開け、いびきを上げて眠りこけている。


 そのガバガバな危機感にある種の尊敬を感じながら、そういえば昨日は晩飯を食うことも忘れていたなと空腹を訴え始めた腹に手をやると、玄関の方からノックする音が聞こえて来た。


 眠る涼を起こさないよう玄関を開けると、ふじの湯の向かいで夫婦で食堂を営んでいるおかみさんが風呂敷包みを手にして微笑んでいた。


「はいこれ。かなめちゃんも昨日から何も食べてないだろ?涼ちゃんもお腹すいてると思うから一緒に食べるんだよ。足りなかったら幾らでも作ってあげるから電話しなさい。遠慮しちゃ駄目だからね」


 その時初めて涼の名前を聞いた。恐るべきご婦人たちのコミュ力。


 押し付けられるようにして受け取った風呂敷包みは結構な重さがあり、まだ暖かかった。きっと朝から気合を入れて作ってくれたのだろう。田舎の人たちはなんだかんだと理由を付けて、年下に対して食べさせたがりだ。

 朝からこんなに食えねぇよ、と内心思いながらも顔には出さず頭を下げるとおかみさんは手を振りながら食堂へと帰っていく。

 まぁ、それは杞憂であることがすぐに分かるのだが。


 常連さんの憩いの場であるテーブルとソファーがある一角に向かい、風呂敷包みをテーブルに置くとそれを解く。中から二つのタッパーと二膳の割り箸、二枚の平皿が出てきた。

 片方のタッパーを開けてみるとみっちみちに詰まった白米が現れる。ガス窯でふっくらと炊かれたはずのそれは、圧し潰されていても一粒一粒が立っており、朝の陽ざしを浴びて輝いている。多分5合くらいの量があると思われる。運動部の合宿か。

 もう片方を開けてみると俺が良く頼んでいる豚肉の生姜焼きと、メニューには載っていないはずの焼き餃子が無数にその流れる汁に浸っていた。もし下にはひたひたになった千切りのキャベツが敷かれている。


 湯気を立てながら解放された暴力的なその匂いに釣られたのか、「んが」と個人的には美人に立てて欲しくない音を立てて涼が目を覚ましたようだった。

んが

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