菅野涼の追憶22 何気ない朝に
香ばしいコーヒーの匂いと流れる水の音で目が覚める。一つ大きなあくびが出た。首を少し動かし時計を見てみると10時を少しだけ回っている。台所ではかなめが背を向けて忙しなく動いているのが見えた。多分、昨日帰ってきてから食べたままにした食器を洗っているのだろう。
その背中を何となく眺めていると、流れる水の音が止まる。タオルで手を拭いた後、両手にマグカップを持って振り返るかなめと目が合った。
「あ、起きたんだ。おはよう」
「おはよう。良い匂いで起きたよ」
「そりゃ良かった」
ちゃぶ台の上にマグカップを二つ置いたあと、かなめが目の前にやってきて、ベッドに縁に腰を下ろす。その際にパイプベッドがギシリと音を立てた。その後に、少し長めの音を立てながらフレームが軋みもう一度音を立てる。
私は少し濡れた唇を舌でなぞった後でゆっくりと布団を抜け出し、かなめの隣に腰掛けた。
「今日はベッド買いに行くんだよね?」
「その予定だけど部屋が狭くなるなぁ」
「流石にこのパイプベッドは狭すぎるよ。それとも引っ越す?」
「……俺一人ならどちらも十分なんだけど。……わかったよ。噛むな」
何とも男らしくないかなめの発言に軽く抗議をした後、一つ伸びをして立ち上がる。
「さて、冷めないうちに飲んじゃおっか」
「そうだね。折角淹れたんだし早めに飲んで欲しいな」
ちゃぶ台に座り、湯気を立てるコーヒーを飲みながらかなめの顔を眺める。
「どうかした?」
「別に。見てるだけ」
「……面白い物でもないだろうに」
「案外面白いけど」
「……そう?」
「うん」
「……ならいいんだけど」
不思議な顔をしてマグカップに口を付けるかなめの、昨日の言葉を思い出して、口に出してみる。
「好きな人の顔見てるの、私は好きだよ」
コーヒーを少し零したかなめに数枚ティッシュを渡し、先ほどまで見ていた悪夢の事を思い出そうとするが、見ていたことしか覚えていない様だ。
「いきなり何言うのさ。コーヒー零したよ」
「あら、あんたがそれ言うの?」
「ああもう」
ティッシュで口元とちゃぶ台を拭いているかなめを眺めながら、コーヒーを一口飲むと、少し頭が目覚めてくる。
「うん。美味しい」
恨めし気な視線を向けるかなめをつまみにしつつ、ゆっくりとコーヒーを口に含む。
「これ飲んだら準備してアーケードに行こうか。少し早いけどおかみさんの所で何か食べてからにしても良いし」
「お腹減ったから先にご飯」
「うん、知ってた」
「でしょう?」
少し温くなったコーヒーが、少しだけ甘い気がした。
コーヒー大好きな二人。




