菅野涼の追憶21 明日はきっといい日になる
人気のないアーケードを、私はかなめと手を繋いで歩いている。ここに来るまでにちらついていた粉雪が、その名残としてお互いの頭と肩のあたりに残っていた。明かりの消えた店の先にある出口からは、刺すように冷たい風が吹き込み、時折体温を奪っていく。冷え性の私は、温く伝わる掌の体温にすがるしか無い。
ポケットに入っている手袋をすれば良いのに、指を絡めたいがために駄々をこねる私に、かなめはいつもの困ったような笑顔を浮かべて手袋を外してくれた。でも今は、少しだけ後悔している。彩度の低い明かりに照らされた指先が血色を失い、少しばかり青白く見えた。
無言で行く帰り道。でも、掌や指先から伝わってくるのは確かな感情。帰るべき家があるというのは本当に幸せなものだ。まぁ、実際のところ私の物ではないのだが、今では私の物でもある。多分きっと。そう思うのは、自惚れではないと思いたい。
ぼんやりと今までの事を思い出していた。
昨日見た悪夢は初めての挫折の象徴だ。どうやら存外根深いところにあるらしい。正直な所、既にそんなものは気にしておらず、ずっと前に乗り越えたと思っていたのだが、深層心理ではそうではないということだろうか?自分のことは案外分からないものらしい。
ばれないように小さく息を吐くが、それは白いもやとして残ってしまう。目敏くそれを見つけたかなめは何も言わず、私の顔を少しだけ覗き込んだ後に手を握る力をほんの少しだけ強くした。それが、「なんでも分かっている」様に見えてしまい、何となく気に障る。勿論、本気で怒っているわけではないが。
「ねぇ」
「なに?」
それでも私の口から出た声は思いの外冷たかったが、かなめは気付いているのか、いないのか、声音は何時もと変わらない。それもまた、気に障る。あぁ、今日の私は性格が悪い。
「聞いてみたい事とか、ない?」
自分でも随分と理不尽な事を言っているとは思う。でも私は面倒臭い女なのだと予め言っているので、諦めてほしい。でも、かなめは笑顔を浮かべて頬を掻く位で、ちっとも動揺すらしてくれなかったのは、何となく悔しい。そう理不尽な感想を浮かべていると、かなめはゆっくりと口を開く。
「……聞きたいこと?沢山あるよ」
「……えぇ?あるの?」
意外な返答に、思わず聞き返してしまう。そんな感じ全くないくせに。
「あるさ、沢山」
「……じゃあなんで聞かないのさ」
私の手に思わず力が入る。その時にふと、気が付く。私は不安なのかもしれない。
「俺の聞きたいことが涼の聞かれたくないことかもしれない。……って言うのもあるし。第一ほら、俺はヘタレだからね」
「……」
「そんな怖い目で見ないでよ。……正直なところはさ、聞きたいことよりも伝えたいことが多すぎてさ」
そう言うとかなめは視線をアーケードに移す。コートの襟から見える頬が紅潮している。
「……伝えたいこと?」
「そう。俺がどれくらい涼のことが好きなのかとか、もう離したくないとか。……勿論、何からだって守ってあげたいし、何があったとしても信じているとか。……恥ずかしいけど、そう言う感じ」
「……かなめって、顔に似合わずそういう事言うよね」
「ほっとけ。俺だって恥ずかしい」
何だこの男は。可愛いところあるじゃないか。
そして、きっと。意外と聡いこの男は、私が知らない自分の事を、本質的な部分でかぎ取っているのかもしれない。友人が会長と呼ぶのも何となくわかる気がする。
「ふぅん」
思わず漏れた声は、自分でも驚く位明るい。何とチョロい女だろうか。
「私の事大好きか」
「うん。大好き」
「ならよし」
「……ありがとう?」
アーケードの屋根が途切れ、また粉雪が舞ってくる。それをお互いの頭と肩に乗せながら、遠くに見える見慣れたアパートへと向かってゆく。
あそこでご飯を食べた後、狭いベッドで絡み合うようにして眠る前に、私もあなたに伝えよう。そうすれば、きっと何か上手くいく。そんな気がした。
大切なことを伝えられなくで失敗した思い出ばっかりです。
この二人はそこの所、大丈夫そうですねー。




