表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/66

菅野涼の追憶20 バスタオルに包まれて

 心地良い微睡からぼんやりと目を覚まし、滲む視界であたりを見回す。

 まず目に入った時計の針は10時を少し回っていた。その後、首を回して辺りを見ると既に営業時間は終わっているため、談話室に残っているのは私だけの様だ。

 マッサージチェアで寝ていた私の上には何時の間にか、あの時と同じように柔らかいバスタオルが2枚乗せられていた。

 そのバスタオルの端を握りつつ、思わず出てきた欠伸を嚙み殺す。滲み直す視界を取り戻すために、反対の掌でそれを拭い去る。


「あ、起きたのかい」


 するとフロントの方から声が聞こえてくる。首を回してそちらを向くと、首にはタオルを掛け、汗の浮いたランニングシャツ、短パン姿のかなめが立っていた。少しだけ体を起こすと、胸のあたりまで乗っていたバスタオルが二つに折れて、膝のあたりにはらりと落ちた。


「……全く、そこで寝てるから死ぬほどびっくりしたんだけど。何で今日は女湯で流しが無いのかの理由がようやくわかったよ。なんかみんなニヤニヤして俺のこと見てたし」


 何時もの困ったような笑顔を浮かべながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「……どうした?のぼせて休んでいたの?」


 かなめは黙っている私を見てか、心配そうに覗き込み声を掛けてくる。まぁ、その心配は杞憂なのだが、ある意味では当たっている。でも私はゆっくりと首を振り、否定の意を示しておく。


「何か元気無さそうだけどお腹減ったのかい?」

「……私は子供か」

「あ、漸く喋った」

「……む。別に喋りたくない訳じゃないよ?いつでもお腹減ったわけじゃないもん」

「そっか。それならいいんだ。でもいい時間だし、そろそろお腹減ったんじゃない?」

「……そう言われたらそうかも。帰ったら一緒にご飯食べたいかな」

「そうだね。もうおかみさんの所も閉まってるから適当に何か作るよ」

「うん。ありがと」


 あんたを見ていただけで、別に喋りたくない訳では無かったのだ。そう伝えるのは何となく気恥しいので、何となくかなめの言葉に乗せられた体で口を開いておく。そう、何ともない感じで。


「……とりあえず仕事終わらせてくるから、フルーツ牛乳でも飲みながらもう少し待っててね。11時前には終わると思うから」

「うん。頑張って」

「ありがと。涼の顔見れたから幾らでも頑張れるよ。……じゃあこれでも飲んでてね」


 かなめは冷蔵ショーケースからフルーツ牛乳を取り出し私に手渡した後、番台にポケットから硬貨を取り出して置いて行く。一度此方を振り向いた後で、男湯の脱衣所の方へ消えて行った。キャップは既に取ってくれていた。

 それを見届け、体の力を抜いてマッサージチェアに背中を預ける。テーブルに冷たいフルーツ牛乳をゆっくりと置いた後、バスタオルの端を両手でつかみ頭の上まで被せる。誰も見ていないことは分っているが、私の顔は多分真っ赤になっている事だろう。

 仕事をしている、職人としてのかなめが見たくて来たこのふじの湯。まぁ、当たり前ではあるのだが、随分とあっさりと見れてしまった。多少、迷惑だろうことはわかっていたのだが、夢で何時ものアレを見たことと、仕事終わりのアレで、テンションがアレしてしまったのだ。でも反省はしていない。一秒でも早く逢いたくなったのは本当だから。

 深呼吸を一度して、手を伸ばしてフルーツ牛乳を探ってみると指先に冷たさを感じたので、それをゆっくりと握る。そろそろと手をバスタオルの中に引き入れて、瓶の縁に口づけるとそれを一気に呷る。

 懐かしさを感じる甘酸っぱい味が咥内に広がり、それをごくりと飲み干す。乾いた喉が潤いを取り戻し息を吐く。それを三回繰り返すと、瓶の中身は空になる。


「……モブ顔のくせに何カッコいいこと言ってんだ。ばか」


 バスタオルの中で私は小さく呟いた。

 もう少しだけ、バスタオルは剥がせそうには無い。

随分と間が空いてしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ