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菅野涼の追憶11 涙と鼻水とラーメン

 それからはおやじさんの塩ラーメンを頂きつつ、おかみさんに今私がここにいる理由を説明した。少しばかり涙と鼻水で絶品の塩ラーメンにアレンジが入ってしまったが、人生で一番おいしい塩ラーメンだったと今でも感じる。

 私の話を聞いたおかみさんは苦笑を浮かべたままカウンターに行くと、年季物の電話機で何やら話始めた。おやじさんはと言うと、文句を言いながら次々と訪れるお客さんにおせち料理とお札を交換していた。迷惑かけてるなぁ、私。


「……気にすることねぇぞ。レジに触った後に手を洗うのが面倒なだけだ。ここはあいつの仕事場だからよ」


 そんな視線に気が付いたのか、おやじさんが不器用な笑顔を私に向ける。


「ありがとうございます」


 それに対して素直にお礼を言うと、おやじさんは少し耳を赤くして厨房へと小走りで消えていった。おせちを受け取れなくなったお客さん達は動じた気配もなく、カウンター席に置かれているコップを手に取ると、ウォーターサーバーで水を入れるとそれを美味そうに飲んでいた。


「はいはいお待たせお待たせ。クソ親父はなにサボってるんだ」


 そこに電話を終えたおかみさんがやってきて手早く会計を済ませてゆく。おやじさんの倍ほどのスピードで行われるそれを見て、何となく良いなぁと思ってしまう。


「涼ちゃん。もう少しここで待っててね。かなめちゃん来るってさ」

「え?今?」

「だって約束したんだろう?」

「えぇ、まぁ、口約束だけですけど」

「ならかなめちゃんが悪いわねぇ。涼ちゃんほっぽり出してのんきに家で休んでるんだから」

「……日時の指定とかしてなかったんですけども」

「そんなの関係ないわよ。男なら約束位守れって怒鳴ってやりなさい」

「……そう、ですね。よくよく思い出してみれば、私にペンキ絵を書いてほしいって言ったのあいつですもんね」

「そうそう。その調子。男なんて尻に敷いてなんぼなんだから」

「そういう関係になるかは別にしておきますが、これでも私結構勉強してきたんですよ。今日の日のために!」

「よーし、おばちゃんがかなめちゃんにしっかりと言い聞かせておくからね。おばちゃんもそこのクソ親父も涼ちゃんの味方だから!」

「心強いです!」


 そして何故か盛り上がる食堂で暫しの間作戦会議を行っていると、外に車の停まる音がしてから数秒後、その男は現れた。


「すみませーん、大久保ですがー」

「「遅い!」」

「え、ごめんなさい?」


 久しぶりに見た大久保かなめは、少しだけ髪が伸びていたが記憶の姿と相違なかった。相変わらず少し気弱そうな顔の眉を歪ませ、理不尽な言葉にびっくりしながら頭を下げる。


「……本当に来てくれたんだ」


 呆然、と言う言葉がぴったりだろう。お化けでも見た時の様に、口が半開きになっていた。

 

「勿論。ペンキ絵を画きに来たよ」

「うん、それはわかるけど。ふじの湯に連絡してくれれば良かったのに」

「……確かに」


 スマホ一つあれば調べられただろう現実に、思わず言葉が詰まる。


「男の子が何言ってんのよ。小さいことでグダグダ言わないの」


 そこでおかみさんの援護射撃がやって来る。この現代において、男女の何とかは社会的にはうるさいが、この町の人たちにはあまり関係が無いようだった。


「小さい事って……。友達来てたんだけどなぁ」

「ああ、啓介君かい。どうせ酒でも飲んでくだらない話でもしてたんだろう?それならあんたに会いに来てくれた涼ちゃんの方が嬉しいでしょうが」

「それは、まぁ確かに。啓介より嬉しいかも……」


 簡単に売られた啓介君に今なら同情できる。あの時は分からなかったが。


「まぁ、向こうは日を改めれば良いか。もう少し休みだろうし」

「だろう?かなめちゃんはまず涼ちゃんとしっかり打ち合わせだよ」

「……わかりました。お邪魔しますね」


 そう言って、かなめはやはり困ったような笑顔をしながら私の座るテーブルの向かいに座った。

啓介は本当に良い奴だと思います。

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