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菅野涼の追憶10 牡丹雪とタオル

 久しぶりに戻ってきた北海道のとある町は既に真っ白な景色に変わっていた。空の旅は快適で、前回の船旅で掛かったこちらに来た時の時間が何だったのかと思ってしまう。とは言え、船から見える景色もまた私のスケッチブックに残っている。つまりは時間の使い方次第と言えるのだろう。まぁ、料金の方も違うのだが。


 新千歳空港から乗り換えを2回ほど挟み、電車を降りる。ホームは古めかしい作りだが、駅舎に入ると割と最近新しく建て替えられたのだろうか。木材の使用が目立つ暖かい雰囲気にあふれていた。日は既に落ちており、街灯が辺りを照らしている。

 何時ものリュックサックを背負い、おかみさんから頂いたユーラシアトランクを握り締めて一歩目を踏み出す。駅の外は除雪がしっかりとされているが、しんしんと降り続く大粒の雪がみるみる重なってゆくラウンドアバウトに似た、円形の車道を越えて目的地へと歩き出す。そう、勿論ふじの湯へ。

 

 あの口約束だけを頼りに、ガチャガチャと音を立てるペンキの入ったリュックサックを背負う私は大馬鹿者だろう。何か一つに集中すると、それ以外見えなくなる性格はどうやら死ぬまで直りそうには無い。直すつもりも無いのだが、これであの人の良さそうな男が約束を忘れていたら、きっとちょっとばかり凹んでしまうだろう。……いや、結構凹んでしまうな。また引き籠ってしまいそうな位には。


 そんな、胃が引き攣るような緊張感を感じながら記憶を頼りに道を進んでゆく。あの頃の景色とは大分変ってしまってはいるが、少し遠くにはアーケードが見えている。あれを目印にすれば問題なくたどり着けるだろう。気付けば歩く速度が上がっている。きっと、骨まで染み込むような冷気の所為だけではないだろう。


「あれ?」


 歩くこと暫し、アーケードのそばにあるふじの湯を見つけたのは良いがシャッターが下りている。明かりもついていない。


「……お正月休みのご連絡」


 シャッターに貼られた紙には正月期間中のお休みについて書かれている。それを読んで、サーっと血の気が引いていくのを感じた。当たり前だが、休みと言うことは誰もいないということだ。そしてそれは誰とも会えないことを意味している。あの男、大久保かなめにも。


「どうしようかね……」


 呆然と佇む私に容赦なく大粒の雪が降り積もってゆく。時々すれ違う人達が横目で見ているのを感じるが、それどころではない。どうするんだこれ。


「連絡先くらいは聞いておくべきだったか……」


 溜息を吐きながら思わず空を見上げると、顔に雪が張り付いては融け、顎を伝い落ちてゆく。暫くそうしていたが、聞き覚えのある声が背後から聞こえてくる。


「もしかして涼ちゃんかい?」


 力なく振り返ると、そこにいたのはエプロン姿のおかみさんだった。黒い長靴を履いて、ばたばたとした足取りで近づいてくると、無遠慮な手つきで頭に積もった雪を払いのけてくれる。


「そんなところで何してるのさ。随分と雪積もってるじゃないか。風邪ひくよ」

「あ、おばさん……」

「そのかばん持ってるから一目でわかったよ。ちゃんと使ってくれてるんだね、ありがとう。とりあえず店に入りなよ」

「ありがとうございます」


 お言葉に全力で甘えて、向かいのお店に連れられてゆく。カウンターにはおせち料理が重箱に詰められ並んでいる。あれ?ここ中華屋さんだよね?


「そこのテーブルに座って。ご飯食べたのかい?」

「いえ、まだ食べてないです」

「とうさん!あの時の子だよ!ラーメンでも作ってやりな!」

「ああ?あの時の娘さんか。炒飯は?」

「いるに決まってるだろ。急いで作りなよ」

「おせちばっかり作って飽きてたからな。丁度いいわ」


 ぽかんとしている私を置いてきぼりで話が進んでゆく。雪が融けて濡れた髪から滴る水滴が床に落ちるが、それだけでは目元からも溢れる涙を隠し切れそうもない。


「とりあえずご飯食べながら話聞かせてよ。おせち取りに来るお客さんも来るけど気にしないで良いから」

「え、でも」

「遠慮なんてしないで良いから。あの時みたいに元気な方が綺麗だよ。今タオル持ってくるから待ってなさい」

「……有難う御座います」


 テーブルに置いてあるティッシュを頂き汚れた顔を拭き、勢いよく鼻をかむと鼻水がいっぱい出てすっきりする。


「風邪ひくから先にこれでも飲んでおきな」


 気付けばおやじさんが湯呑に入ったお茶を持ってきてテーブルに置いて行く。ぺこりと頭を下げると湯気が立つそれを口に含むと、玄米の良い香りが鼻を抜けてゆく。

 また、涙がこぼれそうになるがぐしぐしとコートの袖で拭い証拠を隠滅する。


「ほら、タオル持ってきたから」


 今度はおかみさんの声。後ろから子供の時のように髪をごしごしと拭かれるのが心地よい。それが終わると肩や背中に浮いている水滴を落としていってくれる。

 思わずあふれ出した涙を堪え切れなかったのは、仕方のない事だろう。

私の家のお正月はカレーおせち。

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