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菅野涼の追憶7 火花散る

 不確かなイメージが重なり合い、線が線と交錯する。浮かび上がるのはなだらかな稜線。舞い散らず、ただ重力に従い揺蕩う桜色の花弁。頭の中に火花が散り、それは次第に脳裏に1枚の構図の影を微かに浮かび上がらせる。

 私は思わず飛び起き、捨ててあった鉛筆とスケッチブックを拾い上げると、消えかけるその構図を必死に殴り描く。脳裏に浮かんだあの線をただなぞるように。

 出来上がった構図に、急いで取り出した色鉛筆で色を乗せてゆく。空は群青。浮かぶ月に照らされる一本の大きな桜の木には、その歴史を誇るように深い影が刻まれている。花吹雪は要らない。儚さが伝わるように、暗い桜色の花弁を宙に浮かべ、役目を終えたそれが湿った土の上で無残な姿を晒している。おお、良いんじゃないか?これ。

 ある程度満足の出来る1枚が完成し、私は鼻息荒く、意味もなく立ち上がる。何だ。私に必要なのはかなめのご飯と暖かい布団なんじゃないか。


「おーわった!」


 一人部屋の中で絶叫する。気付けば外は暗くなっている。時計を見ればもう七時を過ぎている。窓から差し込む街灯だけを明かりに描いていたようだが、全く気づかなかったようだ。

 気付かなかったと言えば、空腹もだ。いつの間にか胃のものは粗方消化されたようで、頻りに空腹を訴えている。


「うむ。完成祝といくか」


 気が付いてしまったものはしょうがない。私は散らかったままの部屋を見なかったことにして、コートを羽織る。生まれてしまったもう一つのインスピレーションに従うように。先ずはふじの湯のグループLINEにメッセージを飛ばしておく。直ぐに幾つかの既読が付き、了解のスタンプが飛んできた。


「先ずは先にご飯と行こうか」


 大事なバレッタで髪を纏めると、何時ものリュックサックを背負い暗い部屋を後にする。玄関を開け、キーホールダーの鍵を鍵穴に差し込む。冷たい風が細かい雪を運んでくるが、今の私は最強だ。気にもならない。

 鼻歌を歌いながら目指すはおかみさんの店だ。今日は気分よくご飯が食べられそう。そう思いながらかなめがつけただろう足跡の上にブーツを乗せてゆく。そんなことに熱中しているとあっという間にアーケード街までたどり着いてしまった。多くの店はシャッターが閉まっており、人通りはまばらだが幾つか見知った顔があり、元気よく挨拶をすると少しだけ驚かれてしまった。


 「涼ちゃんは元気ねぇ」なんて言われるものだから、二ヘラと笑い後ろ髪を束ねるバレッタを指差すと、「ごちそうさま~」とのお返事を頂く。この町のご婦人たちは、ちゃんと髪飾りの意味を理解してくれているようで何よりである。知らないのはかなめだけである。今のうちにしっかりと噂を流しておこう。

 足取り軽く進んでいると、アーケード街の屋根が途切れまた雪道がやってくる。ここまで来ればふじの湯とおかみさんの店までは後少しの距離だ。唸るお腹はもう少しだけ待ってほしい。


「涼ちゃんいらっしゃい。いつもの席空いてるよ」


 そうしてたどり着いたおかみさんの店のドアをくぐれば、カウンターの向こう側で鍋を振る親父さんが出迎えてくれた。


「じゃあ失礼しますね」


 私はそう言って軽く頭を下げた後何時ものテーブル席に座ると、水の入ったコップを持ったおかみさんがバタバタと足音を立ててやってくる。


「あら、一人は珍しいわね。何食べるの?」

「連休作ってきたのでー。しっかりと家を守ってるの偉くないですか?ええと、生姜焼きとワンタンスープ、塩ラーメンと餃子大盛りでー」

「あらあらまぁまぁ。それはそれはごちそうさまねぇ。何時もより少ないけど足りるの?」

「ふへへへへぇ。これからそこで一寸一風呂浴びてこようと思っておりますので、お腹出ないようにしておきますわ。多分その後何か食べるでしょうしね」

「涼ちゃんったら大胆ねぇ〜。かなめちゃんひっくり返るんじゃないかしらぁ?」

「私は呼びませんよ。私はね」

「あらあらまぁまぁ。グループLINEの方ではしっかりと仕込んであるみたいだけど。あ~、私も仕事抜けてふじの湯行こうかしら」

「兵者詭道也。夫未戰而廟算勝者得算多也。私は戦う前から勝っているのです。ぶい」

碌なことを思いつかない様子。

昔、会社の先輩に仕事で詰まったとき、夢に見るまで考えれば良いって言われました。

案外今になると心理かなぁとも思える様になりました。

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