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ペンキ絵師「菅野涼」4 無防備なのは

 見慣れた我が家である木造の由緒正しいアパートの二階の窓には明かりが灯っていた。暫く閉めたことのないカーテンまでしっかりと閉じられている。どうやら案の定、涼の方が一足先に到着したらしい。


 錆が浮いた階段を昇り、見慣れたドアノブに鍵を差し込みぐるりと回すも抵抗感がない。……おい、鍵ぐらいちゃんと掛けとけ。


 小さく溜息を吐きながら鍵をポケットに入れ、ドアノブを捻りドアを開けると狭い土間には見覚えのある履き潰された青いハイカットのスニーカー。雪が積もっていたなら滑って危なかっただろうにと小さく溜息を吐きながら靴を脱ぎ、建付けが悪い茶の間へ通じるドアを開ける。


「おかえり」

「ただいま」


 何時もは真っ暗なはずの六畳間は白い蛍光灯に照らされ、その狭い部屋の一角を占めている中古のパイプベッドの端には涼が座っていた。掛けられた言葉に返事を返しながら荷物を適当に床に置く。


 久しぶりに会った涼は俺の記憶と変わり無い様だった。グレーのベースボールキャップは部屋の中なのに被ったまま。そのキャップの間から長く真っすぐな黒髪が垂れている。

 ストーブは煌々と燃えているがまだ部屋の中は温まりきってはいない。そのためか少し寒かったのだろう、薄手のブルゾンも着込んだままだ。ダメージ加工なのか、そうなったのかは知る由もないが、ボロボロのジーンズの裾からはすらりとした素足がぶらぶらと所在なさげに揺れていた。ベッドの周りを見ると脱ぎ捨てられた靴下が散らかっている。


「靴下位まとめとけよ……」

「ごめんごめん」

「いいけどさ」

「お風呂入ってないから足臭いかも」

「んなこと言うなや……」


 溜息を吐きながら靴下を二つ拾いまとめると、涼がいつも持ち歩いているボロボロのユーラシアトランクの上に投げ捨てる。

 

「お腹減ったー」

「はいはい。少し待っててくれ」

「分かった。それまで寝てていい?」

「良いよ。出来たら起こすからな」

「よろしく」


 涼はそういうや否やベッドにぽすんと倒れこむ。目を閉じたかと思うと恐ろしいくらい直ぐに寝息を立てて眠ってしまった。何もかけずに眠ってしまったため厚手の毛布を足元から引っ張り出すとその体に掛けてやる。


 ベースボールキャップをしたまま眠ってしまったため、さすがにそれは無いと思い軽く頭を浮かせながらキャップを外してやる。長い黒髪が幾筋か顔に掛かっていたため、若干乱暴に取り除いてみるが起きるような素振りは一切見せなかった。随分と疲れていたのだろう。目の下にはうっすらと隈が浮かんでいるが、その寝顔は控えめに言って十人中九人は美人だと言うだろう。ほっそりとした輪郭の顔のつくりは少し日焼けしている。整った眉目に少し肉厚な唇。化粧はほとんどしていない様に見えるが、俺にはする必要が無いように思えるほど綺麗だった。何となくその寝顔を眺めていると、大きく口を開けてよだれを流し始めたため額に手を当て溜息を一つ吐く。折角の美人が何割か台無しになっているが、それでもまだ美人だと思えるのは掛け値なしに凄いと思う。


 何故そんな美人が、世間的にはうだつの上がらない30過ぎのおっさんである俺の部屋で、無防備によだれを垂れ流しながら豪快にいびきを立て始めているのか。割と真剣に理解に苦しむところではある。


 もう少しその寝顔を見ていたい気もしたが、俺はその誘惑を断ち切ると冷蔵庫に手を掛けた。

ヒロインのイメージは20代後半になったエンジェル伝説の小磯良子(古すぎる)

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