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菅野涼の追憶3 震える背中、抱きとめるその腕

 思わず飛び起きたと思ったが、結果的にはかなめの両腕に抱き留められていた私の体は、ほんの少しだけ宙に浮いて直ぐに落下した。そして、案の定起こしてしまったかなめはびっくりした顔で、目をまん丸にして私を見つめている。

 じっとりとした良くない寝汗が背中と首元に浮いているのが自分でもわかった。鼓動が早く、呼吸も何時もより早くなっている。まったくもって、何時まで経っても変わらない目覚めに溜息が漏れる。


「どうしたの?」


 すぐ隣で発せられた、少し掠れた声が頭に浸透していくと同時に、私は少し落ち着きを取り戻し一つ大きな深呼吸をする。その間にかなめは私の体に回したその両腕に力を込め、この貧相な身体を強く抱き締めてくれる。すると、胸にべたりと張り付いていた何かが、するりと抜けていく気がした。


「ごめん。起こしたね」


 そう言った私をかなめは何も言わず、ただ抱き締めてくれている。もう一度早くなった鼓動が伝わってしまわないか一寸不安になるが、それはそれで構わないかという結論に達する。今はただ、かなめの熱が欲しい。


「ありがと」


 それだけ言うと更に力強く、苦しい程に抱き締められる。でも、かなめは相変わらず無言のまま。それが何とも心地良い。私もゆっくりと腕を動かすと、かなめは案外器用に体を動かし始める。出来たスペースに両腕を動かし、私もその身体に両腕を絡みつけると、一分の隙間もないほどにお互いの身体が重なり合う。


「眠れそう?」


 そうして暫くそのままでいた後、まだ掠れた声でかなめがそっと囁くように聞いてくる。何時しか呼吸は落ち着きを取り戻し、向こうの静かな呼吸の音も聞き取れるようになっていた。この睦言の心地よさと言ったらもう。


「頭撫でてくれたら寝れるかも」


 私のお願いにかなめは何も言わずに少し腕を動かし、ゆっくりとその掌で後頭部のあたりを撫で始める。その感触を目を閉じて堪能していると、私が寝たと思ったのかその掌を止めたので抗議のために頭突きをしたが、距離が足りないこともあり額を擦り付ける様な感じになってしまう。


「……やはり犬」


 何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたため、再度抗議のために目の前にある二の腕の辺りに噛みついておく。すると一瞬その掌が止まったため、目を開いてまだやれと促しておく。


「……少し落ち着いた?」

「……うん。落ち着く」

「……まぁ、それでもいいか」


 何も聞かないかなめのそれは、優しさか臆病さか。それとも、どちらもなのかもしれない。今はそれが有難い。でも、聞かれればいつでも伝える気持ちもある。いや、きっと本心では聞いてほしいのだろう。それを伝えられない私も、意外と臆病者なのだろう。


「ほら、そろそろ寝ないと。涼が寝るまでこうしておくから安心して」

「よだれ塗れになっちゃうかもよ」

「可愛い涼のよだれなら気にもならないさ」

「……あんたは本当にもう」


 照れ隠しの言葉にあっさりとカウンターを合わされ、顔が熱くなるのが自分でもわかった。こいつは時々とんでもないことを言う癖があるな。もっと日頃から言え。


「……そろそろ眠れそう」

「それは良かった」


 ゆっくりと近づいてくる睡魔の足音を感じ、そう言うと私の頭を撫で続けるかなめの手がとんとんとまるで赤子をあやすかのような手つきに変わる。「私は子供じゃないぞ」と言いたかったが睡魔の歩く速度は思っていたよりも早い様で、開いた口からは欠伸が一つだけ。


「おやすみ涼。愛してるよ。大丈夫。ずっとこうしているからさ」


 古いアパートの一室にある、中古のパイプベッドの閨の上で、私のかなめから紡がれる睦言を聞きながら、私は意図が途切れる様にぷつりと意識を手放していた。

このエピソードは難産でした……。


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