菅野涼の追憶 2 モンティセリ風の悪夢
ところで、夢の中でそれが夢であることに気付くと明晰夢と呼ばれるらしい。ある程度、夢の内容をコントロール出来ることがあるとのことだが、私の場合は第三者的な視点であることが多く、コントロールは効かない。つまり映画を見ているかのような感じであることが多い。
そして、それは私にとっての悪夢が始まることを告げる合図となる。
だが、悪夢の始まりは未だ先のようだ。この光景を私に見せる私の脳みそは余程意地が悪いらしい。飼い主の躾が余程悪い様だ。一体誰に似たのやら。
電車に揺られる私は記憶の中の通り、岩見沢駅で電車を降りると札幌へ向かうために乗り換えのためにホームを移動している。何時ものリュックを背負い、ユーラシアトランクの四輪をガラガラを音を立てて転がしている。
暫くすると、乗り換える予定の電車がホームにゆっくりと進入してくる。そして、音を立ててドアが開き、私は先程までとは違い乗客だらけのその中へと入ってゆく。
席は空いていないため、仕方なくドアの付近にユーラシアトランクを置くと、窓から行き来する他人たちを眺めることにしたようだった。その様子を窓越しにホームから眺めていると、ゆっくりと電車が札幌方面へ向かって進み始めた。
私は私を見送った後、無意識である瞬きをしたのと同時に主観の映像に切り替わる。
ああ、やっと来たか。そう、思う。どうやら私の悪夢がスタートしたようだ。
私の視界には後方へ流れてゆく車窓の風景。どうやら市街地を抜けるとあたりは一面の畑の様だ。収穫は終わったのだろう、茶色だらけの景色の中にぽつりぽつりと赤や青色の屋根の建物が建っている。何ともスケールの大きい話だ。私の実家の庭の畑とは規模が違い過ぎる。まぁ、比べるのも烏滸がましい話ではあるのだが。
先程までとあまり変わらない北海道の風景に思わず苦笑を浮かべるのと同時に、電車ががたんと揺れた。少しバランスを崩してしまい思わず窓に右腕の掌を押し付けると、反対の腕を支えられて思わず振り向くとそこには一人の男が立っていた。
「大丈夫?」
私の記憶の中ではそこにはいないはずの大久保かなめが、何時もの困ったような笑顔を浮かべて私の左腕の中ほどをしっかりとその手で握りしめている。
「あんたはいないはずでしょ」
私がそう言った途端、かなめはモンティセリの絵のように、ゆっくりどろどろと風景に混じり合うようにしてその姿を歪めてゆく。私はそれをただ、無表情で見つめている。次第に、私の周りもゆっくりどろどろに混ざり合う。私はそれをただ、無言で見つめていた。
地に引き込まれるような感覚と同時に視界が暗転する。
あぁ、止めてくれ。別にそんなものは見たくもない。
次の場面は随分と昔の光景。何時もお馴染みの芸大のキャンパスだ。いつの間にか俯瞰視点に戻った私は、屋外でスケッチブックを抱えて鉛筆をただ走らせている私を見つける。見たモノ全てを書き留めようとしている姿に、私は何時ものように思わず鼻を鳴らす。
何度も見て来た悪夢だ。いい加減耐性が付いていても良いと思うのだが、次第に胸の鼓動が早くなっているのを感じる。オチまで分かっているのに。
だから、先にネタバレをしてしまおう。私の脳みそへのせめてもの抵抗だ。本当に性格悪いな、私の脳みそ。
あそこにいるのは、頭の中がお花畑の私だ。何の勉強もしないで芸大に受かり、親の金で苦労もせずに進学。世間知らずの阿呆な女がサークル主宰に騙され、体目当てでヤリ捨てされるまでのダイジェスト放送だ。あぁ、若かったなぁ。あの頃の私。
そして、その主宰に最後に言われた言葉は「お前は顔は良いが体は貧相でイマイチだった」だぞ?今の私に言ったなら刺されてるな。うん。
だが、あそこにいるのは穢れを知らぬ乙女だ。残念なことに、悲劇のヒロイン宜しく暫く休学した後、あっさりと自主退学した。なんて可哀そうな私。文句があるなら夢の中まで来てくれたら良い。肝臓のあたりをしっかりと刺してやろう。
そんなことをナレーションしているうちに、どうやら場面は進んでゆく。それを見なければ良いと思うのだが、どうやら視界は固定されており目を背けることも出来ない。全く腹立たしい事に。
次の場面は、私の記憶が確かなら、この後はあの主宰がやって来るはずだ。そして、浮かれている私はあの男の手を取り、思い出したくもないあのラブホへと消えていくわけだ。
……消えていくはずだったのだが。現れたのはかなめちゃん。おい、なんだそれ。脚本さんの頭がイカれたのか。
「なんで!?」
私は思わず大きな声を上げて、飛び起きた。
暗い話は最後にちゃんと明るくしていきましょう。




