友人「正木啓介」 バックミラー
会長の家を出て、正月休みで更に車が少ない田舎道を走って暫く経ったが、後部座席の麻衣は珍しく大人しかった。バックミラーを覗いてみても、スマホを弄る様子も無い。……まぁまぁのダメージを負っているようなのは明らかだった。
タイヤが雪を踏みしめる音と、エンジンルームから聞こえるこもった音が耳に痛い。
「……腹減ったな。帰りに何か食べてくか?」
そんな状況に耐えられず、俺は思わず口を開いたが後部座席からの反応は相変わらず無い。
「正月だから大した店はやって無いけど、好きなもん奢るよ」
「……別に食べたくない」
もう一度口を開くと、明らかに沈んだ声が返ってきた。これ、思っていたよりも重傷か?
「……それにしても綺麗な人だったな、涼さん」
「……うん。あれは反則。うちの会社に来たら即採用されるわ」
「お前の会社ヤベーもんな、採用基準」
「なんだかんだ言ったって受付は見た目が大事だからね。私は頭も良いけど」
「……まぁ、否定はしないよ」
我が妹ながら相変わらず自信の塊だと思う。そうしてしまったのは俺と会長なのだけれども、それに見合う実力を身に着けるための努力はコイツ自身のものだ。まぁ、それなりに勉強が出来る年上2人がそれこそ魔改造した結果とも言える。
「何だかお似合いだったな」
「……悔しいけどお互いベタ惚れしてるじゃん。何あれ。全然私の事見てくれてなかったけど」
会長は昔からお前のことは妹としか見てなかったけどな。とは、流石に言えない。お互いベタ惚れしているというのには全くの同意だ。
「それにどっちかって言うとさぁ、涼さんの方がベタ惚れしてない?流石に直ぐにはかな先輩と付き合えるとは思ってはいなかったけど、あそこまで見せつけてくるのマジで鬼畜なんですけど」
「それはそう」
「目を逸らしたら殺されるかと思ったんだから」
「あそこは戦場かよ……」
少しずつ麻衣の声が大きくなる。釣られて少しずつ元気も出てきたようだ。
「そういえばさ、お前達バレッタで盛り上がってたけど何で?」
これなら少しは普通の会話をしても大丈夫だろうと思い、先程気になった事を聞いてみる。すると、後部座席からわざとらしいため息が聞こえてくる。
「……かな先輩もだけど兄ちゃんもか。あれねぇ、気をつけたほうが良いからね」
「なんだよ、怖ぇ話か?」
「女性に髪飾りをあげるのって、貴方と一緒にいたいって意味があるからね。日本じゃ昔からかんざし贈るのがプロポーズだから。多分涼さんがかな先輩に髪に留めさせたんだろうけど、つまりはそういう事」
「……マジかよ。流石大手の受付、博識だな。多分機会は無いだろうけど気をつけるわ」
「あと、ネックレスは首にかけるからそのまま首輪。独占欲の証」
「うわぁ」
「涼さんは自分の物をあげたみたいだから、アレは完全に分かってやってるよね」
「もうサイコサスペンスじゃん」
「サイコパスだよ」
「言い過ぎ言い過ぎ」
「怖いくらい愛されてるねぇ」
「あのやりとりでそんな戦いやってたお前達が怖ぇよ」
あの現場を思い出すと思わず身震いがしてしまう。プレゼントを渡すときには予めしっかりと調べておこうと固く誓った。
「私だって中学生の頃にヘアピン買ってもらったのに」
「……あれ、祭りのハズレだろ」
「そんなの関係ないの。贈られたものが全てなの」
「クッソ強請ってたじゃん」
「そりゃそうでしょ。かな先輩のこと好きだったんだから」
いつの間にか過去形になった言葉。その声は少し湿っていた。多分其処まで本気では無かったと思うが、本当に久しぶりに会長に会う事が出来て、あの頃の気持ちを思い出したのだろう。そう言うことにしておいてやろうと、俺は少し苦笑して普段聞くことのないラジオを掛ける。
「……まぁ、初恋は実らないって言うからな。お前なら会長より良いやつ見つかるよ。お前も俺もいい年になったし、あの頃のまま学生じゃないんだからさ。思い出は思い出。綺麗なまましまっとけよ」
「何も出来ずに無残にも始まる前から失恋した私に対してデリカシー無い兄ちゃんは突然の腹痛に苦しめばいいと思う。漏らしたらかな先輩にLINEで送る」
「慰めてるのに嫌な事言うなよ……」
フロントガラスの先に青看板が見えてくる。札幌まで後50kmちょいだ。
「疲れたから少し寝る。家に着いたら教えて」
「おう。少し寝てろ。着いたら起こしてやるから」
「ありがと」
バックミラーを少し曲げてから、俺はアクセルを踏む足に少しだけ力を込めた。
少し短いですが第三幕はこれでエピローグです。
啓介は苦労性のワーカーホリックで職場で有名。麻衣は仕事ではクール系妹キャラで通っている様子。




