友人「正木啓介」6 お風呂上がりのアルカイックスマイル
年を越して気が付けばもう3日だ。親戚や顔見知りへの挨拶をやっとのことで終えて、漸く自分の時間が出来たと思えばもう明日は札幌に戻る予定となっている。光陰矢の如しとは良く言ったものだ。
「兄ちゃん。かな先輩帰ってきてる?」
「ふじの湯終わってるから戻ってるだろ」
後部座席では麻衣がスマホの画面を見ながらそう言う。俺はインパネ周りのデジタル時計をちらりと見て、そう答えた。時刻は午後10過ぎ。ふじの湯の営業も終わり、そろそろ会長も家に戻ったことだろう。
「今日は挨拶だけして直ぐ帰るからな」
「えー。そんなぁ。でも少しくらいお話ししても良いでしょ?」
「まぁ、少しはな。でも遅くても1時間くらいだぞ?どうせ帰りの運転するの俺なんだから」
「当たり前でしょ」
「この野郎……」
段々と近づく会長のアパート。その部屋の明かりはついており、在宅していることは確実だろう。駐車場に車を停めてからLINEで到着したことを連絡すると、直ぐに既読が付いたが、何時ものように直ぐ返信が来ない。暫く待っていたが、しびれを切らした麻衣が会長の部屋へと向かって行くので、俺も諦めてその後を追っていく。
二階に上がっている麻衣がドアノブに手を掛けるが、どうやら鍵がかかっているようで仕方なくインターフォンを押している。昭和を感じさせる金属音のベルが静かな田舎の夜に妙に響き渡った。
「……一寸待ってくれ。来るならもう少し前に連絡してくれれば助かったんだが……」
麻衣の横に辿り着いたと同時に、ドアの向こうから会長の声が聞こえてくる。
……ああ、何だ。もしかしてお邪魔しちゃった奴だな、これ。
「お邪魔しちゃいましたかー?」
……我が妹ながら恐ろしい奴。部屋の中の様子は理解しているだろうに、攻め一辺倒の構えは崩していない。
「かなめー。もうこっちは大丈夫だよ。お客さんなら入って貰えば?」
そして聞こえる女性の声。まぁ、間違いなく涼さんだろう。一体どんな状況になっているのか、正直怖いのだが。
「あー……。一寸散らかっているけど勘弁してくれ。今鍵開けるよ。少し離れてね」
何かを諦めたかのような会長の声が聞こえた後、小さな金属音が聞こえ、ドアが外向きに開いた。
「かな先輩こんばんわ」
「ああ、麻衣ちゃん、啓介こんばんわ。今晩御飯食べたところだったんだ。一寸散らかってるけど……」
そして顔を出した会長は後ろの部屋を気にしながら、困ったような顔で口を開いた。……これ、入って良いのか?
「私は構いませんよー」
「お前はもう少し遠慮しろ。すまんな会長。明日札幌に戻るから最後に顔出しに来ただけだ。直ぐに帰るから玄関でも構わないぞ」
「えー」
「えーじゃない!」
「着替えたからもういいよー」
事情を理解して挨拶だけで済ませようとする俺と、どう足掻いてでも中に入りたそうな麻衣。そして、それに決着をつける様な涼さんの声。「着替えたから」とは……。そういう事か?
「うん、準備良いみたいだから中へどうぞ。待たせちゃって申し訳なかったね」
「ありがとうございます!では失礼してお邪魔致します!」
「ああ、おい……。すまん会長。お邪魔させてもらうよ」
「いらっしゃい啓介。……いずれ紹介したいと思っていたから丁度良かったと思っておくよ」
「そう言ってくれると助かる」
「じゃあ中へどうぞ」
会長に促されて部屋へと上がると、ベッドに腰掛けながらドライヤーで長い黒髪を乾かす美人さんがまず視界に飛び込んできた。グレージュのもこもこしたフリース地のパジャマを着ているが、正直スマホで見た時以上に美人だ。うちの麻衣も上場企業の受付をやっているくらいには綺麗な方だと、兄の欲目を差し引いても思っているがこれは正直歯が立たない。……唯一戦えそうなところで言えば、涼さんが思った以上にスレンダーな感じと言う所だろうか。うん。こんなこと考えてるって知られたら埋められるかもしれん。気が付かなかったことにしておこう。
ちゃぶ台には食べ終わった食器が幾つか置かれたままになっていて、丁度遅めの夕食が終わったとことだったのだろうと予想がついた。会長のご飯美味しいもんな。
「初めまして!かな先輩にはいつもお世話になっていました!そこのお兄の妹の正樹麻衣です!」
「そこのうるさい妹の兄の正樹啓介です。会長……かなめの高校からの友人です。初めまして」
「菅野です。宜しくお願いします」
俺たちの自己紹介に涼さんはアルカイックな笑みを浮かべて短く名乗る。機嫌が良いのか悪いのか全く判断がつかないが……。これはキレていても仕方がない。
「ああ、彼女がこの前話した涼だよ。そして、こっちがさっきご飯の時に話した俺の友達の啓介と、その妹さんの麻衣ちゃんだね。まぁ、狭いけどそこらへんに座ってて。今食器片づけちゃうから」
そう言って微笑みながらちゃぶ台の上の食器を片付ける会長。真っ向から視線を合わせる妹と涼さん。そして顔を青くして佇む俺。もう帰りたい。
もこもこするパジャマ好き




