ペンキ絵師「菅野涼」3 弾む軽口
スマホの時刻表示を見ると0:22。こんな時間に掛かってくるあいつの電話にはあまりいい思い出が無い。無茶に振り回される過去の自分の姿を思い出す。そして大体の内容を予想出来てしまっている自分がいて、少しだけそれを嬉しいと思う自分もいる。
急いで通話のアイコンをフリックすると、スマホを耳に当てた。
「もしもし、こんな時間にどうした?」
「最終便には乗れたんだけど空港で寝ちゃってた。今タクシーで向かってるんだけどかなめは何処にいるの?ふじの湯前?」
スマホから聞こえてくるのは今では聴き慣れた心地よいアルトボイス。女性にしては低めのその声に思わず背中を震わせる。
でも、それを悟られないよう取り繕い声を出す。
「あー……。今鍵閉めたところかな。一応聞いておくけど今日は泊まるところは確保してるの?」
「勿論。かなめさんの安アパート方面に直行しています」
「だよなぁ……。ちゃんと来る前に連絡入れてくれよ」
「仕事が忙しくてさ。空いた時間にこう、スパッと来ちゃった」
なんというか、色々と、こう、やり方が雑なのだ。
それでも忙しい中日本のどこからでも飛行機を使って、こんな田舎町にやってきてくれるのは単純に嬉しい。そう思う。
「んー。あんまり無理すんなよ。わかったけど、あとどれくらいで着きそうなの?」
「えー……、運転手さん後どれくらいで着きそうですか?……ええ、有難う御座います。えっと、後10分くらいで着きそうだって」
「もっと早く連絡してくれよ!」
予想以上に猶予がなさ過ぎた。
思わず出てしまう大声に、俺は責任を取る必要は無いだろう。思わずため息が漏れてしまう。
「ごめんごめん。タクシーの揺れが気持ちよくてうっかりしててさ」
「疲れてんだから無理すんなよ。飯食ってるのか?」
「まだ」
「何か作る?」
「おおー。かなめさん優しいねぇ」
「今冷蔵庫に大した物入ってないから適当になるけど」
「ご飯多めに炊いてね」
「分かってる。……分かってるわー」
「んん?なんか文句あんの?」
「……ないない。鍵は何時ものところにあるから、先に着いたら適当に上がっておいて」
「了解。エロ本チェックしておくわ」
「そんなもんねぇよ!」
お前まだタクシーの中にいるんだろう?この会話聞かれてるだろうが!
「えー、だってコンビニの佐藤さんからLINE来たよ?独り身の寂しさ分かってるから知らない振りしといたって」
何故涼がコンビニ経営をしている佐藤さんとLINEをしているのかと言う疑問が発生するが、今大事なことは何故佐藤さんがそれを涼に伝えたかということだ。全く意味が分からない。
「あれは無理やり渡されただけだから!俺は買ってないし!」
「最悪。やっぱ持ってんじゃん」
語るに落ちたとはこの事か。
「誘導尋問じゃないかよ!佐藤さん何言っちゃってるの!?っていうか何でLINE交換してるの!?」
「え?常連さんから紹介されてだけど。ふじの湯のグループLINE知らない?あ、あんた入ってないか」
今明かされる衝撃の事実。
俺、ふじの湯で真面目に十年以上働いているんですがハブられているの?え?マジ?
「俺入ってないけど!?」
「小さいこと気にするんじゃないわよ。そろそろ着くみたいだから一回切るねー」
「あー……。分かった。俺もすぐ着くと思う。今日は寒いからストーブつけて暖かくしといた方がいいよ。こっちは寒いだろ」
空を見上げると薄い雲はすっかりと消えており、星明りが先ほどより明るく輝いて見える。この分だと明日は大分冷え込みそうだと想像がついた。
「めちゃくちゃ寒い。やっぱり雪降ったんだね」
何となく少しだけ不満そうな涼の声に、その表情が手に取る様に思い浮かぶ。
「うん。今日っていうか昨日かな。初雪だった」
「そっか。明日まで残ってるかな。神社行こう神社」
涼の声が少し弾んでいる。雪を見てテンションが上がるとか、お前は犬か。
「この降り方だと無理だろ。草むらとかだったら少しだけ残ってるかもな」
「うん。約束」
「んじゃ、また後で」
「分かった。ありがと」
「おう」
通話が終了したスマホをポケットに突っ込むと少し冷たくなった掌に息を吹きかける。
「……相変わらず忙しい奴だなぁ」
俺は冷蔵庫の中身を思い出し夜食のメニューを考えながら、少し速足で人気のない駅前の道を歩き始めた。
ハブられる主人公




