友人「正木啓介」2 マーキングの効果は抜群だ
実に一年ぶりに見る会長のボロアパートは相変わらずボロ臭かった。築何年かはもう不明な外壁は所々ひび割れているし、階段の手すりはあちこち錆が浮いている。全4室のうち、2室は空き家のままなのも変わりがない。
「何にもないけどまぁ上がってくれよ」
そう言って会長はドアノブに鍵を差し込むと、ドアを開けて俺たちを中に向かい入れる。こういった気遣いは忘れない男だ。
「あ」
だが、颯爽と麻衣が中に入って行ったときに会長が小さく声を上げたのが聞こえてくる。本当にうっかりとしたときに出す声音だ。それを聞かなかったことにして、俺も玄関で靴を脱ぎ、部屋の中に入ると成程、その声の意味が理解できた。
もともと家具などの荷物が少ない会長の部屋の大まかな間取りは記憶とほぼ変わりはない。無いのだが……。
「……」
8畳間の真ん中で、無言で仁王立ちしている麻衣は、会長の部屋の中をそれはもう恐ろしい目つきで眺めまわしていた。
理由は簡単だ。至る所に、所謂「彼女」の痕跡が見て取れるのだ。三段カラーボックスの上には会長が絶対に買わないであろう小さな猫のぬいぐるみがあり、台所の隣にある食器入れにはペアのマグカップが。そして極めつけには無造作に女性ものの下着が干されている。
「すまん啓介!一寸失礼する!」
慌てた様子で会長は干されている女性ものの下着をひったくるようにして手にすると、几帳面に畳みベッドの横のタンスの中に放り込むようにして仕舞った。こいつが時々女性ものの下着をつける様な趣味がない場合、まぁ、そういうことなのだろう。
「かなせんぱーい?それだれのですかぁ?」
師走の寒気よりも冷え込んだ様な声色で、麻衣が会長の背中に語り掛ける。会長の背中が一度大きく震えた。お前は浮気現場を取り押さえられた彼氏か?我が妹ながら理不尽過ぎて恐ろしい。妹が会長のことが好きなのだろうことは薄々知っていたが、これは本当に理不尽だ。
「いやぁ……。これはねぇ、なんというか、見なかったことにしてくれると嬉しいなぁ」
ぎぎぎ、と音がするように振り向いた会長は、口元を引きつらせながらそう言った。
「かな先輩が時々つけるんですかぁ?」
「いやいやいや。世の中には色々な人はいるけれど、俺はつけたりはしないかなぁ?」
「じゃあだれのですかぁ?」
答えが聞けるまで延々と続く、会話のループが始まった。俺は手持ち無沙汰になり冷え切った部屋を暖めるべくストーブのスイッチを勝手に入れる。
「こ、これはだね。うん、こ、恋人の物かな。忘れ物なんだ」
彼女ではなく、恋人という所が会長らしいと思わず笑ってしまったが、その言い訳は一寸拙いんじゃないかと思ってしまう。
「下着を忘れていくようなことがあったんですねぇ」
「あー……」
お前には関係ないだろう妹よ。そう麻衣に突っ込みを入れたいところであったがとばっちりは受けたくない。会長よ。今は死んでくれ。
「涼は適当なところがあるからさ。変わり者というか、ペンキ絵師っていう所謂芸術家だから、そんなところもあるのかもしれない……ね」
凍える様な視線を受けて、会長は小さな声でそう言い訳をしている。図らずも次々と出てくる新情報に俺も興味が湧いてくる。
「涼さんね。俺も親から聞いてるぜ。滅茶苦茶美人だって噂になってるみたいだな」
思わず口に出した俺に、麻衣が突然振り向いた。滅茶苦茶ホラー映画みたいな動きだった。
「私は聞いてないけど?」
「お前はもう少し親に連絡しろ」
「いろいろと忙しいんだもん。その分兄ちゃんがちゃんと話してくれてるんでしょう?」
「まぁ、そうだけど時々電話位してやれ」
「はーい」
「じゃあ俺の車使っていいから実家戻れよ」
「え?嫌だけど?かな先輩と飲むんでしょ?私もお邪魔するから」
「え?」
危機を脱したような顔をしていた会長が、俺たちの会話で間抜けな声を上げた。……すまん会長。やはり今日は死ぬ定めにあるみたいだ。
「……麻衣ちゃん、俺の部屋狭いし寝るところもないからさ、家に戻った方が良いよ
?飲むんだったらタクシー呼んであげるから」
必死な抵抗を試みる会長だが、正に無駄な抵抗という奴だろう。
「その美人な涼さんのお話聞かせてくださいね。たっぷりと」
「……うーんと」
「私も純粋にかな先輩と久しぶりに話したいんです。良いでしょ?」
「……うん。本当に久しぶりだもんね」
なんだかんだ言って、会長は妹に甘いのだ。
結局妹には甘い二人




