三助「大久保かなめ」14 買い物を済ませちゃおう
ふじの湯の様子を確認したところ、有難い事にふじの湯の明日の営業は涼の見送り後でも十分に間に合いそうだった。あの後はアーケード街で幾つかの買い物を行ったたあと、今は北海マートで簡単な買い出しを行っている。既に時刻は午後八時を過ぎていて、辺りはすっかりと暗くなっていた。
俺はショッピングカートを押しながら。涼は大きな紙袋を左手に持ち、右手は忙しそうに陳列された商品を漁っている。
「涼は肉入れすぎじゃない?」
「半額になってるから倍入れればいいと思うけど」
「半分の支払いで済ませたほうが賢いと思うけど」
涼はショッピングカートに載せた買い物籠に、今夜の食材を放り込んでいた。俺の必死の防衛空しく、買い物籠の中にはラムや豚、牛に鶏肉が所狭しと詰め込まれ、申し訳程度の野菜が僅かに顔を覗かせている。
ここ、北海マートは昨今勢力を伸ばし続けている大手スーパーに何とか抵抗を続けている駅前商店街の老舗の一つだ。良い品質のものを適正な値段で売っているため大手スーパーの特売商品と比べるとやや割高感があるのは否めないが、オーナーが銭湯の常連でもあるため自然と足が向う。自宅までの商品の配送サービスを行っているのも高齢者のリピーターが多い秘訣だろう。田舎のスーパーでは珍しく、閉店時間が夜九時までということも客足が一定数いる要因だ。田舎はとにかく店が閉まるのが早いのだ。
「あらあらふたりとも何時も仲良しで羨ましいわねぇ」
そのリピーターの一人、蓑浦さんの奥さんが通路の向こう側からやってくる。閉店間際なため他の客はまばらだ。
「こんな時間に珍しいですね蓑浦さん。明日の買出しですか?」
「あ、こんばんわー」
かなめと涼は蓑浦さんに軽く会釈をする。
「親戚に急な不幸があって明日朝から法要があるのよ。旦那に弁当持たせないといけないから足りないもの慌てて買いに来たのよ」
「ああ、それはお悔やみ申し上げます」
「じゃあおばさん急いでるからまたねぇ。野菜も食べないとダメよ!」
ショッピングカートに乗った肉だらけの買い物籠を見て苦笑した後、蓑浦さんはどすどすと音を立てそうな歩き方でレジのあるほうへと去っていった。
「だってさ、涼。少し肉戻して野菜を買い足そうか」
「えー」
不満そうに声を上げる涼を無視して我が意を得たりとばかりに、俺はひょいひょいと買い物籠の肉を半分ほど陳列棚に戻していく。そもそも食べきれないだろうこの肉を保存するスペースが冷蔵庫には無いのだ。
頬を膨らませて不満を表す涼を無視して入り口近くの野菜売り場へ戻ると、適当に野菜を見繕い買い物籠の中に入れていく。
「そんなに野菜いらないんじゃない?」
「涼はもう少し野菜を取ろうか」
綺麗な形の眉をへの字にして買い物籠の野菜を覗き込む涼に溜息を吐くと、カートを動かし、精肉売り場をショートカットして酒売り場へと移動した。
「取りあえずはビールか」
俺はそう呟くと正確にはビールではない発泡酒の六本パックを買い物籠の中へと入れる。仕方なく途中でキャッシュコーナーで少し預金を引き出したが、既に財布の中は破産寸前だ。明日が給料日で本当に良かった。
「ビールばっか飲んでたらおなか出るから程ほどにしてよね」
やや棘のある言葉は聞こえない振りをして、涼の好きな軽めのカクテルを追加する。少しでも機嫌を取るためには仕方ない出費だろう。準備が少なくても良い焼き肉を食べることになったので、これくらいのアルコールは必要だろう。
「やぁ、かなめちゃん」
そうしていると背後から珍しい声に呼びかけられ、少し慌てて後ろを振り向いた。
「福さん、こ、こんばんわ」
そこには買い物籠に金色のボディに恵比寿様が描かれた五百ミリリットルのプレミアムなビールを買い物籠に三本入れた、通称「福さん」が笑顔で佇んでいた。裸のつきあいしかしたことがなかったため、私服を見るのは初めてだ。
黒いウルトラでライトなダウンコートの前は開けられていて、その間から見えるメーカー物の黒のジャージを上下で着ているが、その腹回りはぽっこりと膨れており、運動のためにジャージを着ているとは思えない。恐らくは部屋着なのだろう。まるで体型とは合っていない。
「かなめの知り合い?」
涼は首を傾げてかなめに質問する。涼もこの町に来てから長くなり、あらかたの銭湯仲間を見て回っているので初めて会った福さんに興味を持ったようだ。とことこと俺の横まで歩いてくるとぺこりと福さんに頭を下げる。
「あ、この方は福さんって呼ばせて頂いているんだ。銭湯でお世話になってるんだよ」
「いやいや私の方がかなめちゃんにはお世話になっているんだよ。こちらの可愛いお嬢さんは確か菅野さんだったかな?始めまして。今日はかなめちゃんに伝えたいことがあってここで待ってたんだ」
「そうなんだ。良くここに来るの分かりましたねー。こちらこそ宜しくお願いします、福さん」
福さんにおだてられて上機嫌になっている涼を見ながら、俺は変な冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
福さんは、実は少し変わった方で先代からの付き合いとなっている。そして、ふじの湯の三助として、口伝と言っても良い秘密がある。今までふじの湯の浴室以外で顔を合わしたことは一度もなく、外で会うことはないだろうと思っていたため軽いパニックになりかけていた。見た目はただのビールを買いにきた人の良さそうなおじさんなのだが、実は凄い方なのである。
「お二人の門出に祝福を。何時までも仲良くね」
そう言って福さんは俺たちに向かって、籠を持っていない方の手を掲げた。籠のプレミアムなビールが動いて、からんと、鐘の様な軽やかな音が聞こえた。
「それじゃあ、それだけ。またね。かなめちゃん。菅野さん」
福さんはそう言ってレジの方へと向かって歩いて行く。俺たちは無言のまま、それを見送っていた。
「……なんだか変なおじさんだね。……いい人そうではあるけど。何処かの社長さんかな?」
涼がポツリとつぶやき、その後何とかフォローの言葉を捻りだしたようだった。
「まぁ、そんな所。会えるといいことがあるっていう噂が出るくらいのレアキャラだよ、あの方」
「ふぅん。でもあんたに伝えたいことがあるって言ってたけど」
「うん。まったくもって有難い事で」
「ま、いいでしょ。じゃあ早く帰っておうち焼き肉するよ」
「そうだね。そろそろ帰ろうか。結構歩いたし腰が痛い」
「ちょっと。おっさん臭いこと言わないでよ」
「俺もうおっさんだって。仕方ないだろ?」
「あーあ。全くもう。まぁでも、それでもいいかぁ」
「じゃあレジ行って早く帰ろうか」
「そうだね。お腹減った」
「はいはい」
福さんはラッキーキャラ。見つけるといいことがあります。私も会いたい。




