三助「大久保かなめ」9 新世界
予約投稿失敗しました!
ということで、二話続けて投稿いたします。
朝、除雪車が道路を走る音でふと目が覚めた。視線だけを時計へとやればまだ5時前だ。外は暗く、街灯からのオレンジ色の光がカーテンの隙間から漏れている。
アーケード街に近く、バス通りに面しているこのアパートの周りは有難い事にしっかりと除雪車が活躍をしてくれる。歩道に関してはある程度まとまった雪が降ると、町内会の役員さん達が大型の除雪機を持ち出し、手早く片付けてくれる。
視線を戻せば、すぐ目の前に涼の顔がある。狭いパイプベッドで無理矢理に二人で眠っていることもあり、俺の体の上に半分覆いかぶさるようにして涼は眠っている。
……華奢な体であるとは思ってはいるが、完全に脱力したその体はやはり重い。これが幸せの重さ、とでも言うのだろうが、重いうえにパジャマに着替えず眠ってしまったので、その上暑い。涼も暑いのだろう。額には汗が浮かび、前髪がべったりと張り付いている。
手でそれをどかしてやろうかと思ったが、涼の片腕がしっかりと背中に回されており身動きが取れない。俺もその背中に腕を回していてお相子ではあるのだが、そろそろ体の下になったその腕は限界を訴えている。
いや、振り解いてみても良いのだが、起こしてしまったら可哀そうだ。まだ三時間も眠っていない。弾丸旅行で疲れているのだろうから、しっかりと眠らせてあげたい。我慢か……。
代わりにオレンジ色の街灯の光芒に照らされる涼の顔を眺める。
無表情に眠るその顔はやはり出会った時のように綺麗で、相変わらず美人だと思う。……残念ながらたった今、いびきをかき始めても。それは変わらない。
でも、その顔を可愛らしいと思えるようになったのは初めてだ。愛おしい、とでも言い直せばいいのだろうか。まぁ、心境の変化とは面白いもんだ。
少しずつ除雪車の音が遠ざかってゆき、やがて聞こえ無くなるまで俺は愛おしい人の顔を眺め、何時しか再び眠りについていた。
「暑い」
涼の声で再び目を覚ます。
寝惚けた目で時計を見ると既に9時を過ぎている。珍しく寝すぎたようだが、気分は悪くない。カーテンの隙間から見える先は青空だ。
「おはよう」
「おはよう」
お互い抱き合ったまま挨拶を交わす。狭いベットの布団はぐちゃぐちゃで、昨日から着たままの服の襟元は寝汗でじっとりと湿っている。でも、不思議と気持ち悪くはない。
「暑い」
もう一度涼がそう言って鼻を鳴らすが、どうやら離れる気は無いようで、足癖悪く辛うじてかぶさっている布団を床に蹴落とした。
「足癖悪いよ」
「良いの。暑いんだもん」
その言葉に一つ溜息を吐き、痺れていない方の手で涼の額に張り付いた前髪を払うと、にっこりと笑った後でその頭を胸に押し付けてくる。やっぱ大型犬だわ、こいつ。
「今日は何処に行こうか」
「涼は行きたいところあるの?」
「鳳梨館やってるかなぁ。マスターのホットサンド久しぶりに食べたいかも」
「多分やってると思うよ。じゃあそうしようか」
「その後はおかみさんのところで昼ご飯」
「えぇ?スパン短くない?」
駅裏にある鳳梨館は喫茶店だが、軽食の類はそれなりの量が提供される。涼が良く頼むホットサンドは都合4枚の食パンが使われている。俺はホットドッグが好きなのだが、1個ではなく2個セットで出てくるのだ。そこまで食べない俺にとっては軽食の域を超えている。そのため、俺が頼むのは主にマスターがサイフォンで淹れてくれるコーヒーだ。豆は自家焙煎で、ダブルロースト。これが最高に旨いのだ。
「全然。問題ないでしょ」
「俺はあるんだよなぁ……」
「じゃあ私がホットドッグも頼むから、一つあげる」
「……太らない?」
俺の迂闊な一言に涼は頭突きで答える。意外と痛い。
「そういう事言うな、馬鹿」
「結構痛いぞ……」
「痛くしてる」
ご機嫌を損ねてしまった涼はその後も頭突きを繰り返してくる。痛みに耐えながら髪を梳いてやると、どうにか満足してくれたようで大人しくなる。
その後で、一度大きくあくびをしたため、釣られて俺も大きなあくびをしてしまう。
「よし、満足したのでそろそろ起きよう」
「そうだね。もうそろそろ九時半だ」
「お腹減ったから急がなきゃね」
涼はそう言うと体を起こしてベッドに座る。よだれの跡が見えているが迂闊なことは口には出さずに、俺も体を起こすとその隣に腰掛ける。
「うー。汗でベタベタだからシャワー借りるわ」
「うん。お先にどうぞ。俺もその後で入るよ」
「一緒に入る?」
「お一人様でどうぞ」
「ヘタレ」
涼は冗談なのか本気なのかよくわからない声色でそう言うと、ユーラシアトランクと一緒に風呂場の方へ消えてゆく。
それを見届けた後、立ち上がって一度大きく伸びをして、コーヒーを入れておこうと台所へと向かった。
BGMは勿論、新世界。




