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三助「大久保かなめ」7 環

「おかえり」

「ただいま」


 開けた玄関から澄んだ冷たい風と一緒に涼が部屋の中に入ってくる。寒いので、直ぐに玄関は閉じた。


「いやー、参った。予定してた飛行機は飛ばないって言うわ、漸く飛べるかと思ったら悪天候で別の空港に降りるかもとか。お陰で連絡出来なかった。電車も止まってるしお陰で空港からタクシーだよ。タクシーのおっちゃんも大分嫌がってたけど」

「うん。日中から猛吹雪だったからね。っていうかさ、もう少し前に連絡くれたらよかったのに。」


 受け取った薄手のコートをハンガーに通しながら思わず俺はそう言ってしまう。


「ほら、週間予報でも大雪になりそうとか言ってたからさ。様子見てたら連絡遅れた。タクシー乗ってた時もホワイトアウトでコンビニに途中で避難したし。怖いね、ホワイトアウト」

「その配慮は有難いけどさぁ……。もっと自分の事を大事にしてくれないと俺の心臓持たないって。北海道の冬を舐めちゃダメ」


 ベッドに腰掛けた涼がこっちを向くと、その口が少し尖っている。

 久しぶりに見たその顔は疲れが見て取れ、目の周りにはうっすらと隈が見える。心なしか、自慢の黒髪も荒れているように見えた。


「せっかく頑張ってきたのに。誉めてよね」


 俺を見上げる涼を見て、思わず笑みが零れる。


「ごめん。来てくれてありがとう。素直に嬉しいよ」


 そう言った俺に、涼は少しだけ驚いたような顔をした後でニヤリと笑う。


「お、今日のかなめさんは素直じゃん」

「いつも素直ですけど?」


 火照ってきた顔はストーブの所為だけじゃないだろう。少し気恥しくなり視線を外すと時計が目に入った。あと少しで0時になりそうだ。


「ご飯食べた?」

「勿論食べてないって。松本さんからもらった塩飴がポケットに入ってなかったら餓死してたかも」

「おっけ。本当は明日食べようと思ってたんだけど、チキンとか食べる?」

「うん。食べたい。やった」

「じゃあ少しだけ待ってて。温めとくから先に食べておいてよ」

「かなめは食べたの?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ一緒に食べよう。私はコーヒーでも淹れるかな」

「うん。じゃあそっちは宜しく」


 そんなこんなで、慌ただしく夜食づくりが始まった。

 ささやかな料理がテーブルに並び、馬鹿な話をしているうちに、気が付くと全て食べ切っている。時計の時刻は間もなく2時というところ。


「少し足りないけど満足したー」

「寝る前にあんまり食べ過ぎると太るぞ。これくらいで丁度良いよ」

「……なんてこと言うのさ」

「いや、マジでさ。お前ももうこっち側だろ」

「あんた女に向かってなんてことを……。ちょっと気にしてたのに……」


 食事が終わり、食休みをしていると相も変わらず軽口の応酬が始まるが、流石に年齢の話はご法度だったか。涼の目が半眼になり俺に向けられる。

 ……っていうか、年の事気にしてたんだ。涼。綺麗だから気にしなくても良いのに。


「気を付けた方が良いよ」


 そう言って俺は逃げるように立ち上がる。行先は台所の戸棚。目的は勿論、涼へのプレゼントだ。


「大台を迎えた私には、もうちょっと優しい言葉を掛けてくれてもいいんじゃないかね、かなめくん」

「はいはい」


 背後から涼の声を聞きながら、戸棚の扉を開けて小さな箱を手に取ると、途端に心拍数が上がってゆく。


「涼」

「ん?」


 そして、ちゃぶ台で頬杖を突く不貞腐れた涼の前に立ち、プレゼントを差し出す。


「お誕生日、おめでとう」


 顔が熱い。というか、全身が熱い。

 ぽかり、と口を開けて自分を見上げる涼と目が合い、背中に変な汗が流れてくる。

 いや、ただの誕生日プレゼントじゃないか。

 

「……ありがとう。開けても?」

「うん。勿論。笑わないでよ?」


 少しの間を置いて笑顔になった涼にプレゼントを手渡す。ころころと変わるその表情から少し目を背け、俺もゆっくりと腰を下ろした。


 包装紙をゆっくりとはがし、中から出てきたのは桐で出来た飾り気のない白い小箱。上蓋を涼の指が持ち上げると、紫色の布の上に乗った漆塗りのバレッタが現れる。大きさは長さ10㎝程。緩やかにカーブする表面には青貝が張り付けられており、蛍光灯の光を受け不規則に輝いている。

 それを見て、無言になった涼に思わず緊張してしまう。


「……気に入らなかったらつけなくても良いから」


 そう言った俺に見向きもせず、涼はバレッタをそっと持ち上げる。


「あんたさぁ……。分かってないよね……、絶対」

「あ、やっぱりダメ?涼の髪に似合うかなぁって思ったんだけど……。ごめんごめん。後で違うのプレゼントするから」

「……これが良い。ありがと」


 角度を変えるたびに表情を変えるバレッタを眺めながら、涼が小さな声でそう言った。よく見ると随分と顔が赤くなっている。


「ねぇ。これ、つけてくれる?」


 涼はそう言うとバレッタを俺に手渡し、後ろを向いた。

 それから長い黒髪を後ろ手に中ほどで束ねる。見えた両耳が真っ赤になっていた。


「俺、そんなことしたことないんだけど」

「良いから。留めてくれるだけで」

「下手糞でも文句言わないでよ?」

「うん。良いよ。早く」


 バレッタの留め具を外し、涼の束ねた黒髪を手に取る。

 ゆっくりと、少し荒れた、でも滑らかな髪をはさまない様に慎重に。そっと留め具を留めるとパチンと小さな音がした。


「うへへー」


 顔の見えない涼から変な声が聞こえて来たが、緊張しきりの俺は何も言えずに手を離す。バレッタはやっぱり少しだけ曲がって留まっていた。


「どう?似合う?」

「うん。俺が思うに、似合ってる。ちょっと曲がってるけど」

「よいよい。気にすることは無いぞかなめくん」

「気に入ってくれたの?」

「そりゃあ勿論。明日皆に見せびらかしてくる」

「やめてよ恥ずかしい」

「やだよ。嬉しいんだもん」


 そう言って涼はくるりとこちらを振り返る。その顔はニヤニヤとだらしのない顔をしているが、やはり美人の成分は失われていない。ズルい奴め。


「君の思いは受け取った!」

「ああ、はい。ありがとうございます」


 大仰に涼が嘯く。照れ隠しもあるのだろうか?

 俺はプレゼントを受け取って貰えた安堵感から、気のない返事を返したが、喜んでくれたようで何よりだ。


「かなめの誕生日も楽しみにしておいてよ。……あ。でもその前に先ずはクリスマスプレゼントか」


 何か涼が思いついたような、そんな顔をした。

漸く書きたいシーンに到着出来ました。

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