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三助「大久保かなめ」6 星空とテールライト

 大久保かなめは銭湯が好きだった。

 何時からといわれれば分からないと答えるだろう。気付いたときには既にその魔力に取り付かれていたのだから。

 父と母、そして姉との四人が住むには十分な家には勿論風呂はあったのだが、事ある度に俺は銭湯に行きたいと駄々をこね、家族でこのふじの湯に通っていた。そして先代三助、つまりは師匠となる男に出会った。


 大好きな銭湯の中、笑顔で大きな大人の背中を洗い流す姿が誰よりも輝いて見えた少年は、見よう見まねで先代の真似をしていた。背中を突然洗われる大人たちも分かったもので「こりゃあちいせい三助さんだ!」なんて、見え透いたお世辞を言いながらも暖かくその光景を見守ってくれていた。褒めてもらったことが嬉しくなった俺は「僕も立派な三助になる!」と心に誓い、宣言していたが、勿論周りの大人は子供の言うことだと当てにしてはいなかった。まぁ中学卒業前に先代に土下座をする勢いで弟子入りを志願する姿を見たときにはその考えを改めることになったのだが。

 我ながらとんでもない奴だとは思う。でも、今俺は幸せだ。


 北海マートでの買い物を済ませた後、ふじの湯の営業が始まるとあれほど晴れていた青空は一転し、荒天となった。

 そして、何時もより鈍い客足とテレビに映る大雪注意報の速報を見て、菊さんは少し早めに営業を終えることを決めたようで、幾人かの常連さんにそのことを声を掛けていた。そこら辺の判断については、流石だと思っている。

 SNSなどで早じまいの報告をするのが、昨今ではコストもかからない良い手なのだろうが、なかなかどうしてふじの湯の常連のアナログネットワークも負けてはいない。暫くして客足は止まり、先ほど最後の客である悍さんと奥さんのタミ子さんが帰って行った。

 

「かなめちゃんも早めに帰るんだよ。明日はお休みだから少しくらい仕事残して置いてくれても大丈夫だからね」


 そう言って、菊さんは迎えに来た娘婿さんの車に乗って帰って行った。番台には何時もの通り、フルーツ牛乳が置かれている。時刻は午後の9時過ぎ。何時もより一時間程早い店じまいとなった。

 俺は何時もよりは簡単に掃除を終わらせて、少し温くなったそれを飲み干してから帰り支度を始めた。


 横殴りの雪に顔をしかめながら家までの道を急ぐ。アーケード街を抜けると一面水田ばかりのこの地域は、風雪を遮るものが少なく前に進むことすら大変だ。防風林のありがたみと昔の人の知恵をその身に感じる。


 まばらな家の光を横目にしながらなんとかアパートまで到着したころには、すっかり全身雪塗れになっていた。階段を上がり、コートの雪を手でたたき落としてから頭を振って、髪の上に乗った雪を落とす。


 玄関を開けて中に入ると思わず安堵の声が漏れる。薄い壁を隔てて、ごうごうといった風の音だけが聞こえてくる。

 暗い部屋の電気をつけると、雪が床に落ちているのを発見し、ティッシュでつまみゴミ箱へ捨てる。

 冷え切った部屋の温度を上げるため、ストーブに火を入れてからコートをハンガーにかける。これから約半年の間、これが続くのを少し憂鬱に感じながらベッドへ思わず倒れ込む。

 部屋が温まるまで、少しだけ休もう。


 眠る前に手にしたスマホへの通知は特に無く、ベッドからは少しだけあいつの香りがした。




「んぁ」


 情けない声を上げながら目を覚ますといつの間にか風の音は止んでおり、ストーブは赤々と燃え上がりながらその役目を忠実に果たし、すっかり夏の様な暖かさが戻っていた。


 床に落ちていたスマホを拾うと時刻は午後11:23。思っていたよりも眠っていた様だ。カーテンを開けて外を見てみると、あれだけ荒れていた天気は嘘のように収まり、満点の星空だ。そして、珍しく一台のタクシーが遠ざかってゆく光景が目に入る。巻き上げた雪がへばりついたテールランプのぼんやりとした赤い光が何だか幻想的だ。


 その時、手に持っていたスマホが小さく震える。画面に目を落とすと「着いたよ」の文字。


「……何やってんだ」


 カンカンカン……、という音を聞きながら俺は急いで玄関の扉を開けた。

次話漸くヒロイン登場

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