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三助「大久保かなめ」4 シュレーディンガーの猫 

 雪かきも終わり、自宅へ戻り暫しの仮眠をとると既に時計は12時を少し回っていた。

 今季初の本格的な除雪を行った割には体の疲れは残っていない。まぁ、これが続くと疲労も蓄積してくるのだが、俺にはふじの湯の風呂がついている。今日も営業が終わったらゆっくりと体を癒すことにしよう。


 簡単に顔を洗い、外出の準備をする。これからアーケードの北海マートで買い出しだ。冷蔵庫の中身が心もとない。あと、ビールだ。昨日の夜は少し飲み過ぎてしまったので、買い足しておこう。


 コートを羽織り、玄関を出る。朝と同じく空には雲一つ見えなかった。 

 アパートの階段を降りると、朝雪かきをした歩道は太陽の日差しを浴びて、取り切れなかった雪の残りが融けた後に冷たい風によって凍り付き、まるで濡れたように輝いている。日中暖かいと直ぐにこれだ。所謂ブラックアイスバーン状態。

 俺はアパートの一階に置いてある滑り止め用の砂袋を二つ手にすると、人差し指で穴を開け、滅茶苦茶に滑るそれの上を慎重に砂袋の砂(見た目は細かい砂利なのだが)を撒きながら歩いてゆく。

 アーケード街の入り口までそうやって砂を撒きながら歩き、空になった袋は砂袋を回収しているごみ箱へ捨てる。これで雪が降るまでは多少安全に歩道を歩くことが出来るだろう。帰り道も安全だ。砂が撒かれているかで随分と滑りづらくなるものだ。

 

 屋根のお陰で雪が無いアーケード街に入ると、少し緊張していた体から力が抜ける。毎シーズン一度は転んでしまうのだが、非常に恥ずかしく痛い。30歳を過ぎてからは骨折の二文字にもつい恐怖を覚えてしまう。転びまくってもほぼ無傷だった子供の頃が懐かしい。


「よぉかなめちゃん」


 靴の裏についている雪を落としていると、雑貨屋を営まれている沼田さんから声を掛けられる。黒ぶち眼鏡を掛けた大柄なご主人だ。少し髪には白いものが混じってはいるが、この町ではまだ若者判定だ。店番をしているみたいだがきっと暇なのだろう。郊外に大型のショッピングモールが出来てからは、このアーケード街を歩く人がだいぶ減ってしまった。


「沼田さん、こんにちわ」

「おう、何時も雪かきご苦労さん」

「いえいえ、少しだけですから」

「だからって続けられているのは立派だよ。今度飲みに連れて行ってやるよ」

「ありがとうございます。まぁ、でも奥さんの許可を貰ってからですよね?」


 町内会の役員もやられている沼田さんのご主人は、この町の人の事を良く見てくれている。大柄な体格に似て、性格も豪快で思ったことを直ぐに口にしてくれる気持ちの良い人だ。ただ、無類の酒好きでもあり、事あるごとに飲みに誘ってくるのが玉に瑕だ。いや、沼田さんと飲みに行くのは楽しいのだが、持病の糖尿病が発覚してからは、奥さんに見つかると()()()()()()()怖いのだ。


「……うん、まぁ。町内会の集まりだって言えば大丈夫だろ」

「あらまぁ。それが聞こえてこなければ大丈夫なのですけどねぇ」

「あっ。では俺はこれから買い出しがあるので」


 顎に大きな手を当ててそう言った沼田さんのご主人の後ろから、奥さんが現れたところで俺は歩く速度を速め、そこから早々に離脱する。

 小柄でおっとりとした話し方や見た目のかわいらしい方ではあるが、ご主人を尻に敷いていることを鑑みるに、推して知るべし、だ。


「あ、こら!逃げるんじゃねぇって!」

「あらあなた、かなめちゃんはこれから涼ちゃんが来るんだから、それの準備で忙しいの。いい機会だから年末の帳簿付けちゃいましょうね」

「失礼しまーす」


 背後で遠ざかる声を聞きながら目的の北海マートへ急ぐが、なぜか皆涼が帰ってくることを前提に話をしているのが謎だ。いや、まぁ。あいつのことだから突然帰ってくることも考えられるのだが、流石にこの時期は飛行機のチケットをいきなり取るのは難しいと思う。そもそも、帰って来るとの連絡は入っていないわけだし。


「それでも、まぁ」


 一応、あいつの好きそうなものは買っておこうとは思っている。

逃げるが勝ち

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