三助「大久保かなめ」3 助け合いは大事
朝起きると雪は止み快晴だが、予想通り窓の外は一面の雪景色になっていた。銀世界などと呼ばれるもあるけれど、北国の住人にとってはそんな気分は良いところ三日程度までだ。否応なしにすることになる雪かきの所為で、地獄にすら感じることがあるほどだ。まさしく白い悪魔だ。
とは言え、ふじの湯の開店は午後三時からなので一般的な勤め人からすれば、朝は比較的余裕があると言っていいだろう。特に俺は車を所持していないので、駐車場の除雪も必要ない。大雪が降ってしまうと、除雪だけでかなりの時間と体力を使ってしまうが、駐車場までやることになるとそれなりにしんどいだろう。
まぁ、車がないとかなり不自由であることは確かなのだが、週に六日のふじの湯の営業があるため何処かに出歩くことも無いため何とかなっている。買い物もほぼアーケード街で賄うことも出来ていることも大きいのだろう。その内車を買いたいと思ってはいるのだが。
簡単な朝食を摂った後でアパートの周りの除雪を始める。5センチ程度は積もっているだろうか。やや湿ったその雪は重く、嫌らしいことこの上ない。周りを見てみればあちらこちらでスコップを振るい、腰のあたりに手をやる人達がいた。高齢化が著しいこの町では、単なる高齢者と呼ばれる人達が主戦力だ。流石に後期高齢者と呼ばれる立場になると、お勤めは免除されるらしい。
その中でも若手の俺は、アパートの周りと周囲一帯の歩道の除雪を行いながら朝のあいさつ回りを開始する。
「いつもありがとねぇかなめちゃん」
「塩飴好きですからね」
そう言って塩飴をくれるのはお隣の松本さんの奥さんだ。田舎らしい古い一軒家に夫婦で住んでいるのだが、敷地の大きさとそのお年のためにこの時期は玄関前の除雪を手伝うことにしている。助け合いの精神は必要だろう。
頂いた塩飴を口に含むと甘じょっぱさが口内に広がる。少し汗ばんできた体に丁度良い。
「おはようかなめちゃん。ご飯食べたのかい?」
「おはようございます吉田さん。ご飯食べてますよ。結構降りましたね」
何時も俺の食事事情を気にしてくれるのは二軒隣の吉田さん。旦那さんを早くに無くしており、女手一つで娘さんを育て上げた凄い人だ。何かと世話焼きな性格で、時々煮物なんかを持ってきてくれるので本当に助かっている。そろそろ後期高齢者というお年だが、まだまだ健在で雪かきをする姿は堂に入っている。
その娘さんは札幌に住んでいて、旦那さんと一緒に吉田さんの様子を見に来た時に偶に挨拶をすることがあるが、吉田さんに似て料理がうまいとのこと。そういう情報は何故か不思議と耳に入ってくる。
「そういえば明日は涼ちゃんの誕生日だねぇ。来るんでしょう?」
そして、その世話焼きの気質はこちらの方にも現れる。
俺はただ苦笑することしか出来ない。
「涼はこの時期忙しいですからね。仕事も大事な時期だし多分正月明けくらいにはひょっこり顔でも出すんじゃないでしょうかね」
雪かきの終点であるアーケード前のバス停までの距離はあと100メートル程だ。
「そうかねぇ。ばぁちゃんは帰ってくると思ってるけどねぇ。ちゃんと用意だけはしときなさいよ」
「心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。一応準備だけはしてありますから」
「それは良かったわぁ。はやくかなめちゃんの子供もみたいからねぇ」
「あはは。結婚すらしてないのにそれはちょっと難しいですねぇ。もう暫く長生きしてもらわないと駄目ですよ」
「あらあら。ばぁちゃんはもうだいぶ生きたからね。早くじいちゃんのところに行きたいよ」
「そんなことは言わずに長生きしてくださいね」
後半はもう何時ものやり取りだ。前半の決まり文句はご婦人たちの共通の趣味みたいな物なのだろうと思い、もう言われるがままにしている。
「かなめちゃん。こっちむいてー」
「はい?」
その後黙々と雪かきを続けていると背中から吉田さんの声が掛かり、思わず振り返るとスマホを向けられていた。
カシャ、と小さな音が響き呆気に取られていると、吉田さんがにっこりと笑う。
「娘にすまほ、買ってもらったのよ。どこにいるか分かるようにって」
「成程。今は色々なアプリがありますからね。娘さんも安心するかもしれませんね」
「ええ。多分安心してるわ。勝手に写真撮ってごめんなさいね。折角だから試してみたくて」
「こんな俺なんか撮らないでリュウちゃんでも撮ればいいですよ」
「そうねぇ。家に戻ったらそうするわ」
因みにリュウとは吉田さんが飼っている柴犬の事だ。とっても可愛いので時々散歩をさせてもらうこともある。田舎なのでほぼ放し飼いになっているが、隣の家まで距離が離れていることもあり、特に問題になることも無い。
「リュウの写真撮ったら今度見せて下さいね」
「わかったわ。ばぁちゃんに任せておいて」
吉田さんはそう言うところころと笑いながら家の中に入って行った。
一人残された俺は、残りの除雪を終わらせてしまおうと再びスコップを持つ手に力を込めた。
助け合い(意味深)




