三助「大久保かなめ」2 ひとりかも寝む
何やら最近は視線を感じることが多い。
いや、別に自意識過剰という事でもなく、町中でも振り返るとふじの湯の常連さんと目が合うことが増えている。そして何故だか知らないが(主にご婦人たちとの)世間話に巻き込まれることが増えた。営業時には流しを頼まれることも増えてふじの湯の売り上げは僅かばかり増えているので、良い事と言えばよい事なのだが。
今日などは、白髪混じりの髪には取れかかったパーマがトレードマークの簑浦さんの流しをしていた時に、2日後(正確にはもう明日になる時刻だ)のクリスマスイブが誕生日の涼の話題をされた。プレゼントはもう買ったのか。ちゃんと予定は開けているのか。本人は声を潜めているようだが地声がデカく、男湯にまでその声が反響していた。
其処までならまだしも、盛り上がりを見せた女湯は静止役がいないまま暴走を続け、出てきた子供の話は流石に気が早すぎると言わざるを得ないだろう。そもそもまだ付き合ってすらいないのだが。周りからはどんな目で見られているのか、少々恐ろしくなった。
「うーん」
営業の終わったふじの湯の前で大きく腰を伸ばしてから、それなりに積もっている雪を踏みしめながら愛しの我が家へ向かう。
火照った体が冬の温度に奪われてゆくのが心地よい。きっと数分も歩けば開けたままのコートのボタンを留め直すことにはなるのだが。
サクサクと音を立てるシャーベット状の雪の上を歩いていると、白いものが降ってくる。それは大粒で、少し積もりそうに見えた。
「明日は雪かきか」
そう独り言ちる。
あいつは今どこで何をしているんだろう。戸棚に置いてある誕生日プレゼントの事を思いながらぼんやりと考える。アーケード街にある服飾の沼田で購入したそれを渡せるのは何時になることやら。
その際には、それなりのお値段のペアリングをお勧めされたが、そんな物を渡す勇気も金も無い俺がふと目に入ったあれを選んだ時、プレゼント用の包装をしてくれていた沼田さんの奥さんが呆れたような顔をしていたのが少々辛かったが、ヘタレなのは今に始まったことではない。諦めてもらおう。
きっと今頃はビジネスホテルのベッドで、よだれを垂らしながらいびきを立てているあいつはどんな顔をするんだろうな。センスがないと笑われるだろうか?
容易く想像できる寝顔を思い浮かべ、思わず笑みが零れた。
やっぱり少し冷えて来た体を覆うようにコートのボタンを留めるために、足も止める。振り返るとふじの湯の向かいにある公園の、照明に照らされて白く光るベンチが小さく見えた。
気が付けば、何だかあいつの事ばかりを考えていて心拍数が上がっている。その鼓動に少し気恥しくなった俺は誤魔化すように、再び足を動かし始める。少し早めに。
体が冷え切らないうちにベッドに潜り込まなくては。明日も営業。雪かき。沢山仕事があるんだぞ。そう自分へ言い聞かせる。
落ち着かない心臓が憎らしい。プレゼントの事を思い出し、更に心拍数が上がってしまう。ちゃんと今夜は寝れるだろうか?偶にはアルコールを入れてみるのも良いかもしれない。
見慣れたアパートが視界に入った頃には、雪は本格的に降り始めていた。
冬の銭湯の帰り道はちょっと寂しくなる




