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一方その頃桃はどうしたこうしたどうだった

【変人の皮を被った変態】と同時期です。

 彼は困っていた。

 嫌な汗の予感に、泣きそうな瞳をむける。

 自分はなんて馬鹿なんだろう!!

 上半身が重力に則って移動する。皮膚に爪を食いこませ頭を振った。

 今まで持っていた生き物を、落してしまった。人間は脆い。すぐに、あとかたもなく、あっけなく、壊れてしまう。待ってくれ! と叫んでも、通り過ぎて行ってしまう。追いつくことなどできないのだ。

 探しにいったら無残にも変形しているかもしれない。それですめば、まだいい。ヘタをすれば見つかられない可能性もある。万が一生きていても、全身に怪我をしていて動けないということもあるだろう。餓死もあるかもしれない。そうなれば、それは生き地獄だろう。

 あの、苦労もあまりしていなさそうな少女が、自分抜きでどうやって生き残る? 労働に向いているとはとても思えないし、だからといって水仕事をしているような肌ではなかったように思う。正直ちいさくてよくわからないが。

 彼にだってなにかできるというわけではない。けれど彼女を安全な所に連れていくことくらいはできるだろう。いや、できるはずだった。


 単刀直入で言ってしまえば、少女をついうっかり、ポロっと落して慌てているドラゴン(薄いピンク色の肌の持ち主)一匹の図だ。


 鼻を濁音で形容すべき音を出す。

 むずむずと痒くなったので腕で拭うと、ヒブシッと妙な効果音とともに炎が少量、その場に流れた。風がくすくすと笑いながら受け流し、彼の頬に寄りそう。

 元気をだして! と言われているようだ。目をぱちぱちとさせ、微笑む。

 そうだな。ここで諦めたら、それこそ終わりだ。


 変な生き物だったけれど、ここで命を消すには、惜しい。


 クルルル。

 喉を鳴らし、声をだす。


 音の次に、静寂が続く。

 -------ーーーーーッ!!

 次は音をだす。

 ある、特定の生き物だけが聞き取れるような音を。



 遠吠えが響いた。

 木々がざわめく。


 ――あっちだよ! そう、こっち。おいで、逢わせてあげる! 勇気をだしたご褒美だよ!


 彼は泣きそうな瞳で、頭を下げた。

 感謝する。



*** 




 木達を極力傷つけないように体を縮め、森の間を抜ける。

 一面の緑に囁かれ、地に足を付けずに駆け抜ける。

 すると、木や風達ばかりが活躍するのは、いささか不公平だ、我達こそが力になろうぞ!! と白銀の狼達が吠える。

 遠吠えに誘われるようにして速度を更にぐんぐんとあげていく。

 彼を目で捉えるのは、至難の業だろう。



「貴様はなんだ? ここは、おいそれと人間が侵入できるところではない」

 警戒したような声を、己の耳が拾う。

 低い、男の声。

 彼は氷河期にいるかのように震える。血の気がひき、しばらく停止する。

 森は呆れたそぶりで葉を散らした。

 嫌な予感しかしない。


「まさか里が!? いや、だが人間ごときに理解できるはずがない……」


 彼は頭を抱えた。

 今現在、この森にいるのは、武器をもったガタイのよろしいなんだか臭いオスと、先程落したばかりの未確認生命体くらいである。

 エルフにでも発見されたのだろうか?

 縄張りの考えが強い生き物達だ。めんどうなことになるのに違いない。

 ふるふると尾が揺れる。

 帰りたい。いやいやいや、今は帰る所がないではないか。考えて、しばらく止まる。


 帰るところがない?


 尾がピンッと、天を仰いだ。

 そういえば今うちは破壊されつくされているではないか! 尻尾が地上を向く。

 どうしよう、あれ、修理するのはめんどうだ。


 「言葉が通じない設定キター!! それってあれですね。言葉が通じなくて苦労する話ですよね、わかります。その時のセオリーとしては宮殿の魔術師かなんかが魔法を使って言葉が通じるようにしてくれるっていうフラグですね! しかもやっぱり美形なんだろうね! 美女でもいいわ。楽しみだけどちょいムカツクー、その精度をわけるべきだと思うの。あと王子とヒロインの親密度が上がるというおいしい状態よね!」

 目がくらむ。

 何を言っているのかはさっぱりな、少女のすさまじい勢いの言葉を拾った。

「寡黙な騎士がいたりなんかしたらやっぱり萌えね。言葉の通じない少女を相手に、青年は困るの。手振り身振りの異文化コミュニケーション。普段は笑わない彼が、あら不思議! 少女の前だけは笑顔に。とかねー。少女が無垢だったりすると雛鳥決定? それとも腹黒だったりなんかするとおもしろい? ああ夢って膨らむわ」

 帰りたいと囁く己の心に鞭を打ち、さらに少女の方向に進む。

 人間族とエルフ族はあまり関係が良好じゃないから逆立てるな。後生だからおとなしくしていてくれ!



「貴様は人間か!?」



 ぐんぐんと近づき、最後通告の響きをもった言葉を発する、人間の姿を催した青年の真上を通り過ぎ、少女を掴む。そしてそのまま勢いを殺さずに、逃げた。

 このまま居座ったら怒られるでは済まされない。殺されるかもしれないのだ。

 彼自身、あまり交流をもっているわけではないのだが、エルフは長命だ。少ない交流でも同じ人格の持ち主とたびたび目が合う。幼少の頃よりその同じ存在達から冷たい視線を浴びていた身としては、あまり関わりあいたいとは思わない。

 人間は代替わりをしても恐ろしいが。


 たのむから嫌悪の眼差しで見ないでほしいと願う。

 


 びくびく震えながら拾った少女は叫んだ。

「フラグクラッシュ!!」

 ……捨てるぞ。

 少女を落とさないだけの体格に戻りながら、唸った。

 意味はわからなくとも、突拍子もないことを叫んでいることは理解できる。少女の方は、下手をしたら殺されそうだったという事実がわかっていないのだろう。

 いや、だが、元を正せば自分が落したせいだ。

 森は不味い。せめて普通の所に落すべきだった。人がいる所だと、餌を落としてしまったと捉えるか、魔物の類だと捉えるかは賭けだが。

 どっちにしろ駄目だろうか。

 餌だったら取り返しに来られたら厄介だと思われるかもしれない。そうだと意味がないのだ。

 

 彼は嘆息し、肩をガックリと落とした。

 どっちにしろ、自分の傍に置いていても、どうしようもできないのだ。

 彼は悲しげに瞼を閉じる。

 少女の悲鳴が少し聞こえたのは、きっと気のせいだ。


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