変人の皮を被った変態
少女視点です。
ひゅっと息をのんだ。
おかしい。どういうことなんだろう。この状況は絶対におかしい。
体は硬直していて動かない。違う、動けない。恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
当事者でさえなければ、この、とてもありがちで不運とさえ呼べるような、幸薄主人公的な展開を楽しく見学することができたのに。第三者万歳! 返ってこいわたしの同人生活。寝る時間を削り、執筆中修羅場中素晴らしき本まみれ。リア充を舐めるように見る涙ぐましいこの努力……!
少女は顔をこれでもかとしかめる。
創作活動、それは、わたしにとっての天国、パラダイス、酒だ。できなくなるのであればファンタジー世界にいても悲しすぎる! 無意味だ。と豪語し、一日五時間はネット生活が約束されているのならばトリップ最高なのに。ああ、リアルカポーに会いたい。などととりとめなく考える。
ツッコミは現在、不在だ。
唇を噛みしめた。酸っぱい味が口内に染みる。その味に、そっと微笑んだ。唇が腫れぼったく感じる。
なんて悔しい事態なのかと少女は嘆く。
「リア充はどこ!?」
あ、間違えた。
わたしの心は、今、どん底なのだ。
ついでに体は風を切りながら落下中。体が支えもなく浮くなど恐怖。むしろ放心。
どうしてこうなった。
少女は心の底から、怒り力のあらん限りを尽くし、吠えた。
「リアルバンジーは安全を確保してからやるもんでしょおおおおお!!」
空腹時の彼女にとって食欲をかりたてるには十分な、ピンク色の残像はもう見えない。
***
もう見えない。なんて言葉が浮かんだ次の瞬間、意識が揺さぶられるかのようにして戻る。
もう少し平穏な、平和的に意識が戻る、というやり方はなかったのかと考え、なかったんだろうなという結論に至る。
まあ、世の中そんなもんさ。
だが、あえて言わせてもらおう。わたしは神にだって断言してやる。
光の宿らない、頼りなさそうだった瞳から、少女はぎらっとした意志のこもった瞳に変える。
「ファンタジー世界に感謝!!」
わたしは生きているか? 生きていますとも。さすがは不思議な世界の不思議体験。五体満足で無事に木に引っかかるなんてなんて素敵な事態。おk、把握した。
一面の緑を少女は見渡した。
ドラゴンさんは一体どこにいるのだろうか? 腹が減ったぞコノヤロウ。いかん、違うのだ、これは間違い。いや、腹は減っているのだが。ドラゴンさんから恵んで頂いた食料は、わけのわからん果実だった。肉が食べたかったというのが正直なところだ。
別段ドラゴンを食べようとは考えていない。ただ連想しているだけだ。あの大きさなら、少しくらい剥いでも問題はないと少女は考える。
動物のうめき声のような音が腹から漏れる。
焼き鳥が食べたい。こてこてで油たっぷりの、あの、肉が食べたい。
目を細めて少女は呟いた。
「素晴らしきかな晴天、暗闇に隠れた木々よ、ここはどこ」
すべてを呑み込みそうな静寂が訪れる。
少女は震えそうな肩を抱き、なんてことはないのだと口元だけで囁き、目を忙しなく動かす。
返事は期待していない。
返事があったら正直、おいしすぎる。何そのネタの巣窟。ホラー作家になれと? よっしゃあ任せろ。わたし国語の評価で低い方なんだけどやってやるわ。女に二言はない!!
ここで片足をあげ、勢いよくその足を地面に叩きつけ、拳をあげる。という動作があれば完璧だと思う。
足が地についていないと、不安な気持ちが強くなる。
目を閉じ、あさく、息をする。
物語の道順はどうなっているのだろう?
王道だったら、どうなる?
最悪のパターンはどうだった?
最善の行動をとった主人公はいただろうか?
歴史書ならばどうだ。それとも漫画でもいいだろうか。
話は好きだ。
人が考えた道筋、人が経験した考え方、夢想した思考。そのどれもが、参考になる。無から有が現れるのではなく、有から無限を選びとろうしている。事実から始まるものなのだ。
だから行動をする時、物語を思い浮かべることにしている。テストの前の参考書を確認するかのように。
それが危険な思考だとは思わない。現実と夢の区別くらいは付いているはずだったし。基本はなにも考えない。
それがいつのまに、空想と現実の区別がつかなくなったのだろう?
少女は首を傾ける。
王道だったら助けがあってしかるべきだろうにと思う。それともここいらで苦労するパターンだろうか? 正直どれが王道なのか、判断がつかなくなってきた。
苦笑いを浮かべながらそっと目を開く。
それにしたって、まさか異世界トリップの夢を見るとは思わなかったわと少女は首を左右に動かす。
現実との証言もあったけれど、夢とはそういうものだ。心ではなんとなく現実じゃないとわかっているのに、現実だと思ってしまう。他人がいたって所詮それは、その人本人ではない。ましてやドラゴンなんて生き物いるわけがない。
そもそもこれが現実だったとしても、私の生きる世界観ではありえない。虚栄の出来事。非日常には憧れているが、日常から消え去るなどとは思っていない。
所詮絵空事だ。わたしはきっとこの現象を認めるべきじゃない。
ぎしぎしと、自分の体は、さび付いたロボットのように自由がきかない。
眉をしかめた。
なにが悲しくて、十代でそんな経験をしなくてはならないのだ。
「――――!?」
下から音。正確には声が聞こえた。
ひょいっと目線を下げる。
目を見開いた。
うわお、なんという美形。ところでサラサラな、髪がとても長いお兄さん。
「それは地毛?」
「――?」
青年の口が開き、音がそこから響く。
少女は満面の笑みを浮かべた。
日本語カモン。
「ちょっ、なにこれ、え、萌え設定が御光臨なされた?」
「――!!、?」
鋭く、叫ぶ声。
警戒心が浮かぶ瞳。
「言葉が通じない設定キター!!」
なにそれおもしろい。
「それってあれですね。言葉が通じなくて苦労する話ですよね、わかります。その時のセオリーとしては宮殿の魔術師かなんかが魔法を使って言葉が通じるようにしてくれるっていうフラグですね! しかもやっぱり美形なんだろうね! 美女でもいいわ。楽しみだけどちょいムカツクー、その精度をわけるべきだと思うの。あと王子とヒロインの親密度が上がるというおいしい状態よね!」
手を固く握り合わせる。
「日本語を王子様に教えたりとかね」
手をほどき、振り回す。
「あと言葉が下っ足らずで片言とかも萌えるわよね。そして思うのよ、この子を保護するのは自分しかいないとね!」
ほうっと熱い息が漏れる。
トリップ最高すぎる。
「他にテンプレ的ありがち話があったかな?」
恍惚とは成程、この事か。
「寡黙な騎士がいたりなんかしたらやっぱり萌えね。言葉の通じない少女を相手に、青年は困るの。手振り身振りの異文化コミュニケーション。普段は笑わない彼が、あら不思議! 少女の前だけは笑顔に。とかねー。少女が無垢だったりすると雛鳥決定? それとも腹黒だったりなんかするとおもしろい? ああ夢って膨らむわ」
少女は、ふにゃふにゃと顔を歪ませて笑う。
少女の放つ空気は、まるで熱病であるかのように熱がこもっている。いまにも湯気が具現化しそうな勢いだ。
あれ、さっきまでは話通じていたような気がするな。少女は首を斜めに傾げる。
体を揺らすと正直落ちそうな気がしてくる。ブルリと体を震わせた。
少女の耳に、青年の言葉が届く。
「貴様は人間か?」
はて、また疑問符を行動で表す。
なにを言っているのやら、わたしはホモサピエンスですがと考え、訝しむ。
やがて目を見開いた。
え、なんで言葉が理解できているの? まさか、これが有名な……、
「フラグクラッシュ!!」
叫んだ瞬間、桃色の風が少女の体を掻っ攫った。
今更ながらですが、お気に入りにしてくださった方がいたようで、ありがとうございます!とても励みになります。
今読んでくださっている方、本当にありがとうございます!!
とこの場で少しお礼の言葉を挟んでみました。




