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桃色と変人

 世界はわりと生き物に興味がないらしい。

 いや、わかっていたさ。わかっていたことだが、少々ひどくはありませんか神様。

 むしろ俺が生き物に興味がないのか?


 どこかぼうっとして働かない頭をひとつ振り、彼は体を動かした。

 


 うぎゃ。



 己の下から聞こえた妙な効果音に、彼は首を傾げる。

 地に落とそうとしていた足をとめ、体のぐらつきを懸命に押さえる。片足で耐えるには、彼の体は少し大きいしバランスを保のは、少々――いやかなり――大変なのだ。たまに思うが、この大きさも考えものだなと彼は一人思案する。

 もっと広い所に移住するべきか。



 さてと、と体を支え、今までののんびりした空気が嘘のように、慌てた様子で視線を彷徨わせる。

 つんざくような高い音波だけが聞こえた。


 ううむ?


 彼にしては精一杯、油断なく、眉間に皺をよせてあたりを警戒する。そして足を違う位置に落とすと、彼は目を糸のように細めた。    

 視界が暗やみに襲われた。…目をつぶってしまったらしい。

 彼はひくっと鼻を震わす。恥ずかしい失態だ、穴があったら入りたい。そうしてから板か何かできっちり蓋をするのだ。頭を抱え、膝にしっかりと額をおしつける。そこまで考えて彼は氷河期に突入する。

 彼の不安と呼吸して、桃色の物体が左右に揺れた。

 暗やみのなか酸素が徐々に薄れていく感覚まで想像してしまった。

 酸素がなければ死ぬから空気穴くらいは開けておこうと心に決める。

 恐る恐る目蓋を広げる。

 一面の白が広がり頭を振る。己の家の残骸しか見えない。ああ、ここを破壊されたのは昨日の事だ。少し顔を歪めてから彼は腹を引っ込めて下を見やった。



 音の根源と、目が合う。


 彼は眉間に皺を寄せ、さっとそこから顔をそむけた。心臓の愉快な踊りから意識を遠ざけ、息をつく。つりあがった漆黒の瞳には抗議の色が見えた。こくりと喉を鳴らす。

 今にもその瞳から雫をこぼしてしまいそうだった。


 つまりは泣きそう。そんな馬鹿な!


 桃色の物体が、ピンッと張った。

 自分はなにかこの小さい生き物にしてしまったのだろうか? 慰めるべきなのだろうか、それとも自分のことなど見たくもないだろうから消えるべきか、生き物を泣かせるような自分ならば、存在せずに無くなればいいのに。

 桃色の物体は、シュンと下がった。低空飛行を始めたソレを見て、少女は一瞬目を細めて眺めやりながら、ハッとしたように彼の顔を視線で追った。



 ぶるりと体を震わせ、憤慨した高い声を少女が出す。

 彼もぶるりと体を震わせる。

「潰されそうになったのよ!」

「それは悪かったな」

 びくびくと彼は少女を見下ろす。

 小さすぎて見えなかったなと、ひとり内心で言い訳をする。

 普段は一応、意識して気を付けてはいるが、なにも考えてないときはまったく見当たらないらしい。

 人間にあまり興味がないことも敗因か。

 やはりバランスは大切だ。彼女の大きさに合わせるべきだろうか。いや、でも叩き潰されるのも嫌だな。どうすればいいんだと彼は頭を抱えた。

「ドラゴンさんは自分の体格を気にかけるべきだわ」

 ドラゴン、彼は抱えていた頭を開放して、額を今度は押さえて呻いた。

 なんて素晴らしいタイミングなのだ。体格の件で話が合っても仕方ない気がするが。

「これでも気を付けているつもりなのだがな?」

「全然まったく気を付けてなんかいないわよ!」

 彼は視線をまたもや彷徨わせる。

 彼女の言うとおりの気を付け方は、おそらく無理だろう。自分はあまりにも無力だ。

 こんなちまっこい生き物を、どうしろと言うのだ。



 やはり彼は、おそるおそる、片手を少女に添える。

 少女は眼を丸くした。

 コテンと首をかしげるオプション付き。

 そこに恐怖は見当たらない。どうやら彼女は怖くないらしい。固い皮膚を欠片も気にしない様子の彼女にあっぱれだ、と彼は感心した。

 ほう、と吐息を漏らす。

 少女の髪がふわふわと踊った。

「凄まじいほどの豪胆さだな」

「なにが?」

 彼はやれやれと首を振る。

 じっと彼を見る少女を掬うようにして持ち上げる。目と目を合わせるにしても屈むのは勘弁して欲しい。

 倒れる自信がある。

「乾燥してない? 保湿クリームとかないの?」

 ああー、でもベタベタは嫌だな。生理的嫌悪抱くかもしれないわ。と少女は呟く。

 彼は内心首をかしげる。ホシツクリームとは一体なんぞや?

 新手の嫌がらせだろうか。




 空を見つめて彼は考え込んだ。

 ここは女の子の居るべき場所じゃないだろう。どこか、彼女がいても相応な場所へ連れて行こう。ここよりは王宮とかの方がマシかな。よし、押し付けてこよう。

 感覚的には、捨て猫を拾ったけど自分では飼えないから友人に飼ってもらおうかなだ。

のっしのっしと足を進める。素晴らしきかな晴天。風はなし。日向ぼっこ及び、散歩を推進したい。

 思いもがけず良い状況だ。

 後ろに神経をやり、風を切る音に耳を傾ける。巨体が空中に浮かんだ。

 胸が不安なんて存在していないと主張するかのように高鳴る。


 この湧き上がる感覚は、そう、歓喜。


 森がそれに呼吸して諸手を挙げ、喜びを伝えてくれる。ああ、嬉しい。風が遊ぼうよ、と彼にまとわりついてくる。そうだ、遊ぼう。

 すべての生命体が彼の気持ちに応えてくれる。

 そうだ、行こう――なんて状態の中でチクリと肌に痛みを感じる。

 あ、なにか忘れていた。





「ちょっとおおお、ドラゴンさん、ヒドイ!」

 これだったか忘れていたのは。

 恐る恐る、手に持っていた少女を見つめる。

 怒られる。

 何故自分はこうなのだろう。自分以外の生物の考えを読めない。思いやることができない。この状況で忘れるなんて、落としていたら死んでしまっていた。握りしめていたらどうだろう。今彼女が生きているのは奇跡だ。

 血の気がひいていくのを感じた。



 少女は彼の様子には気にもかけずに息を吸い込み、それを一気に開放した。

「空飛ぶなら事前に言ってよね! ネタはいつだって考えるけど言ってくれたほうが効率よくその時の状況を見てとれるでしょ! 経験は大事なのよ!? 言ってくれていれば、言われていない素のわたしと、それを知っている第三者的なわたしの、ふたつの視点を妄想できたのよ! こんな体験そうそうできるものじゃないんだからね。オタク根性を舐めるなああああああああ!!」

 すみません。何言っているのかまったく聞き取れませんでした。

 彼は一時停止する。

 そこに彼女の一言。

「あ、それと」

 何かを思いだしたかのように一瞬考え込む動作をし、そして彼女はキッと彼を睨んだ。

「飛ぶなら飛ぶって言ってくれれば、どこかに捕まることもできたのよ。危ないでしょ!」

 彼の体は下に、少女の髪は上に。重力の掟に則って落下する。

 手で少女を覆い、茫然と、すさまじい悲鳴を背景に背負いながら、心の中で主張した。

 ちょっと待ってくれ、話し合おう。


 後ろに集中して、体を持ち上げる。

 彼は自分の体の所有権が戻ってきたことに安堵の吐息を漏らす。

 少女包んでいた手を広げる。

 覗き込んで彼は息を止めた。少女は恍惚の吐息を漏らす。


 ちょっと待ってくれ話し合おう。


 なんだこの生き物。

 なんで嬉しそうなのだ。

 彼は少し身を引く。

 恐怖はどこなのだろうか? 憎悪とかそういった類の感情はどうしたのだろうか。

 あれか、さてはこちらを油断させて、次の瞬間怒涛の罵倒劇か。


 少女がこちらをみて微笑んだ。

「リアルバンジー」

 笑顔が怖い。

 怯えた彼の目と、しっかりした少女の目があった。目は正気だ。

 正気であることが、逆に怖いと思うのは間違っていないと彼は思う。



「臨死体験もできるのかしら」

「正気にかえれ」

 訂正。少女の目は輝いている。存在感が膨れ上がっているし嫌な熱気が見える。

「トリップ最高」

「意味わからん」

 頭痛がしてきたと彼は思い、空を仰ぎ見た。さっさと帰りたい。

 頬を紅潮させニコニコと表せる表情で笑っている少女を、呆れた思いで視界に無理やりいれる。

 できることなら逸らしたい。ちょっとそこらへんに捨てちゃダメか。




 ねえねえ、と話しかけてくる小さい生き物。

 好奇心で彩られた瞳。

「空中回転可能?」

「……可能、だ?」

「ドラゴンさん、マジで愛しているわ」

 この生き物は理解できない。

 でも、懐かれるとなにかしてやりたいと思ってしまうのは、生命体として生まれたからには、しょうがない事だよな。


 彼はそっと微笑み、数秒後の悲鳴に思いを寄せた。

 長年悩んでいることを、どうでもよくさせるこの才能は一体なんなのだろうかと頭の片隅に置きながら。

変更点は(2010/07/18現在)ひとますあけるのを所々忘れていたので、あけただけ。

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