表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

選ばれなかった者

暁華ノ戦域 (ぎょうかのせんいき)と読みます。

拙いですが、よろしくお願いいたします。

2050年、東京都上空に裂け目が出現した。



地球上のあちこちに現れた"滲域(しんいき)"と呼ばれる区域では、大気が濁り、時間がゆがみ、人が人であることを保つことすら困難になっていた。


その中心にいるのが"滲獣(しんじゅう)"――マナ汚染によって自然界から滲み出た異形の存在。


この日もまた、ひとつの滲域に、新たな戦場が生まれようとしていた。


現場は旧多摩圏。今では滲域A-14と呼ばれている。


雑多な瓦礫と剥き出しのアスファルト。街だった痕跡はほとんどない。


そこへ送られたのは、第302小隊――寄せ集めの雑兵部隊。


その中に、ひとりの少年がいた。


名は花守朝陽(はなもり はるひ)


適性判定は最低。マナ反応値ゼロ。


正式な戦闘職ではなく、従軍補助として登録されていた。


役目は搬送、掃除、記録、死体処理。


戦う者ではない。ただ、そこにいる者。


「……死にに行くようなもんだな」


前方を歩く兵士のひとりがぼそりと呟く。


「黙れ。あいつに聞こえる」


別の兵士が言うが、朝陽は気にした様子もなく、ただ静かに支給された防弾ベストの裾を直していた。


「いいよ、別に。間違ってないし」


その口調は穏やかで、むしろ兵士たちを困惑させた。


行軍の指示が出た。部隊は建物の影に広がり、最低限の布陣を敷く。


滲獣が現れる気配はまだなかった。


その時、突如として警報が鳴る。


滲域の濃度が上昇。


空が赤く染まる。


B級以上の反応。


本来、この区域に現れるはずのない上位体。


「嘘だろ……B級なんて聞いてねぇぞ」


「撤退要請! 早く本部に──っ、くそ、通信が……っ」


数分後、異音が響く。


空気を裂く音。重く、湿っていて、生命を殺すためだけに存在する振動。


その中から、それは現れた。


巨大な四肢。腕のようで腕でない。骨のようで肉のような質感。


《滲核体・號 (しんかくたい・ごう)》。


司令部でAクラス指定されている上位滲獣。


部隊は一瞬で混乱した。


「撃て! 撃てぇっ!」


「駄目だ、弾が通らねぇ……っ!」


「指示は!? 指揮官はどこだっ……」


獣が咆哮を放つ。音ではない。脳に直接響くような“圧”だった。


兵士のひとりが膝をつき、頭を抱えながら倒れる。


数発の銃弾が放たれるが、滲核体の表皮に吸われ、何の手応えもない。


獣の腕が振り下ろされ、三名が一瞬で叩き潰される。


その血と肉が、まるで花弁のように周囲へ散った。


朝陽は叫び声や爆発音の中で、何もできずに立ち尽くしていた。


近くで兵士が倒れた。彼の足元に転がる折れた鉄パイプ。


意識するより早く、彼はそれを拾っていた。


滲核体がこちらを向く。


眼が合った気がした。、そう“感じさせられた”。


異形の存在と対峙しているというより、重圧そのものと向き合っているような錯覚。


その瞬間、空気が変わる。


周囲の音がフェードアウトしていく。


時間の流れが、少しだけ遅くなった気がした。


「……こっちにくる」


獣が踏み込む。


視界に映るその脚の動き。


砕ける地面。浮いた瓦礫の粒子。圧縮された空気の帯。


右へ跳んだ。足裏に伝わる砂利の感触。滑りそうになる足首を角度調整。


身体が傾き、獣の爪が数センチ先を切り裂く。


視線を逸らさず、切り返す。


全身をひねり、鉄パイプを振るう。


振動が手首に走る。鈍い感触の先に、柔らかくも抵抗のある何かを感じる。


異形の目が割れる。


獣が叫ぶ。だが今度は、音が届く前に、朝陽の身体が次の動作に入っていた。


回避。反転。息を整える。


だが、敵は倒れていた。


裂ける音と共に、滲核体が崩れた。


全身が震える。


呼吸が荒い。だが、立っている。


「俺……やったのか……?」


視界の隅に、何かが表示されたような錯覚が走る。




 スキル獲得


 《臨戦華りんせんか


 花:ナズナ


 花言葉:「あなたにすべてを捧げます」


 効果:身体が生存に最適化される




鉄パイプを持つ手が震える。


「なんだよこれ……スキル? いや、俺は……」


それでも、彼は立っていた。


「……花守! 無事か!?」


「え? あ、はい……俺は……」


誰かが名を呼んでいた。


音が戻る。


銃声。悲鳴。命令。足音。


だが、その中心にいた彼だけが、別の時を生きていた。


その夜の戦いで、生き残ったのはわずか3名。


朝陽を除けば、全員が重傷者。


彼の体には傷ひとつなかった。


帰還後、司令部の記録官が呟いた。


「マナ適性ゼロ……? 冗談だろ」


「本当にスキャンミスじゃないのか?」


「……歪みの反応だけが記録されている。あれは、何なんだ……」


翌日、彼の戦闘記録は“適性判定不能”として保留される。


正式な分類は、まだ決まらない。


だが、彼の体には確かに“花”が咲いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ