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封印再度  作者: 未世遙輝
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第二章|芝公園、午後七時の風

電車を一駅ぶん歩いた。

麻布十番の出口を出たあたりで、スマホのバッテリーが切れた。

風が強くなって、肩にかけたショルダーバッグの紐が何度もずり落ちる。


その日は、校舎の窓から東京タワーがきれいに見えていた。

だからか、無意識に足が芝公園の方へ向いていた。

都心の真ん中にあるのに、夜になるとこの公園だけは別の街みたいに静かで、

木々の葉擦れが、イヤホン越しでも聞こえてくるような錯覚を起こす。


石のベンチは冷たかった。

その硬さのうえに、自分の存在がちゃんと乗っかってる感じがして、少しだけ安心する。


― あの人は、怒ったのだろうか。

いつも無表情で何かを受け流しているようでいて、

実はすごく、感情に忠実な人なんじゃないかと思ったりする。


制服のポケットに入れたままのモバイルSuicaが、歩いたときに揺れてシャカシャカ音を立てた。

その音が気になって、意味もなく握りしめる。

街の灯りが少しずつオレンジから青に変わっていく頃――

背後から近づく足音がした。


「ここ、寒いよ」


振り向かなくても、声でわかる。

犀川先生だった。

手には白いコンビニ袋と、缶コーヒーが2本。


「君、スマホ切れてるだろ。校内連絡で全部バレてる」


「……先生、探しに来たんですか」


「いや。たまたま」


「嘘ですね」


「君が言うな」


先生が隣に座った。

少し距離があって、私は正面を向いたまま、缶コーヒーを受け取る。

ぬるかった。コンビニで買ってからしばらく歩いてきたんだろう。


― 怒ってたら来ないと思ってた。

怒ってたとしても、たぶん一緒には座らないと思ってた。


「先生。昨日言ったこと……」


「病気のことか」


「……あれ、嘘でした」


夜風の音が、会話の余白に染み込んでいく。


「知ってた」


「やっぱり」


先生は、無言で缶のプルタブを開けた。

シュッという炭酸のような音が、一瞬だけ夜に弾ける。


「正直、ホッとしたよ」


静かに、そう言った。


目の前の道を、都営バスが通りすぎていった。

車体の振動が地面からベンチに伝わってくる。

でも、あの一言の方が、ずっと深く身体に響いた。


「ホッとしたけど……」


先生の声が続く。


「同時に、自分が怒っていることにも驚いた」

「君に騙されたっていうより、君がそんなことをしなきゃならなかったことに」


私はそのとき、目の奥がじんわり熱くなった。

でも、泣くほどではなかった。

泣いてしまったら、赦されたことになってしまう気がして、それが嫌だった。


「ごめんなさい、って言っても意味ないですよね」


「そうだな」


「じゃあ、言わないです」


先生は、はじめて、少し笑ったような顔をした。

月明かりに照らされたベンチの影が、二人の背後に重なっていた。


― 嘘をつくことは、たしかに悪いこと。

でも、本当に誰かに見てほしいって気持ちは、

嘘と違って、けっして消せない。


缶コーヒーを少しだけ傾けたとき、口に当たった金属の冷たさで、私は自分がまだ生きていることを感じた

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