地獄な季節
或る聖夜の五日前だった。
乱歩には三年連れ添った恋人がいた。
見目可憐で、姿勢の良いなんとも美しい女性であった。
然し呆気なく終焉を迎えた。
「好きな人他にできたから別れて」
「ふえぇ?」
彼は心此処に在らずの状態で帰宅したが、かの状況を冷静に思い返し……。
満を辞し、乱歩は激怒した。
「え、好きな人できたって、浮気?というか今のタイミング?今言うそれ?一足遅くない?クリスマス独りで過ごせと?お前と過ごす気以外無かったが?え?今から彼女とかできないが?え?刺す?刺します?うごぁぁあくぁwせdrftgyふじこlp」
枕に顔を埋め、意味不明な独言をぶちまけ号泣しながらも、乱歩は羞ずかしさと、忿怒に身を震わせ決断した。
聖夜を殺らねばならぬと。
この孤影悄然たる惨めな状態を討ち滅ぼすには、それしかないのだと。
──彼は阿呆で馬鹿であった。
周囲にとって不幸な事に、馬鹿なのに行動力があり悪知恵もある。其の為、『凶行』とも呼べるクリスマスの作戦を考案できたのは必然だった。
「さあ、白き聖夜を皆に贈ろうじゃないか。俺がサンタクロースだ」
──元カノは便秘であった。
毎日の様に苦しんでいたので、乱歩の家にも便秘薬を常設していたものだ。
乱歩は完全なる買い損と化したコー〇ックを一つ一つ、擂鉢で砕いていた。元カノへの奉仕として買っていた其れを、想い出の一つ一つと共に磨り潰していく。これらを水で少し程度解したパン屑に練り混む。
すると、呪怨の結晶が完成した。
──聖夜の日の夕刻に、彼は、クリスマスマーケットの会場である公園に来た。そして、雑踏の中、おもむろに取り出した呪怨の結晶を撒いた。
其の姿は、躍動感と歓喜に溢れ『種撒く人』の様であった。
其処に鳩が群がっていき、地に堕つる特〇呪物を啄み続ける。嗚呼、聖夜が白く染まりゆく刻は近い。
そして、彼は云いたかっただけの事を云った。
「そう──冬は鳥クソ。
やうやう白くなりゆくカップル、凄くウケるて、ゲーミングだちたるツリーが、クソに湿りくすみけり……ける?」
*
雪が降る。
否、無数の鳥クソが降っているのだ。
乱歩は冷たい地面に伏せていた。鳥クソを独り浴びて居る。白き聖夜の完成系が其処に在った。
鳥クソが降り始める頃、クリスマスマーケットは解散してしまっていた。効き目が良心的過ぎて、思ったより遅い降雪となってしまった。
カップルもみな消えてしまった。鳩の叫び声とクソの落ちる音がけたゝましく残るのみで。
乱歩は狂い高笑いをした。そして叫んだ。泣いた。
「俺のクリスマスはぁ!なぜ全てのタイミングが一足遅い!イエス様ぁ!!」
天を仰ぎ鳥クソを呑んだ。
……その時、傘が差し伸べられた事に気づいた。
「だいじょうぶですかぁ?」
初老の警察官が、そこにいた。
「通報をうけましてぇ……」
「……」
「俺も、独り、なんですよねぇ……」
「……同情なんていらねえやい、さっさと逮捕しろい」
「……私、でよければ悩み、聞きましょうかねぇ」
「…………」
どうにでもなれ。
そう思い、やけっぱちな態度で、乱歩は事のあらましを全て吐き出した。警察官は只々、クソだらけの彼の背を優しく撫でた。
鳥クソと服の間で伝わる、ほんのりとした熱に泣きたくなる。情けなくなる。いつの間にか鳥クソは止んでいた。
「それでは、俺が友達になりましょうかぁ」
突然の申し出に、乱歩は驚き首を傾げる。
「恋人がいない時は、友達で寂しさを埋めるのもお勧めですからねぇ」
「……どーせ友達なんていねーよ」
「なら尚の事、友達になりましょう」
「…………」
「不服ならぁ、一夜限りの恋人でも」
「ハッ……そっちのがマシかもしれん」
「……顔をあげてください」
何も考えず言われた通り、乱歩は警察官の方に顔を向けた。其の瞬間、唇に柔らかく、暖かな感触が走り──この感触は分かる──唇だ。冗談のつもりだったのに。
然し、鳥クソの味を介して、乱歩の胸に、温かい何かが降りてくる。心が穏やかになっていく。
「……日付は変わり26日ですがぁ。見知らぬおじさんからの、ささやかなクリスマスプレゼントという事で」
そう云って咲う彼はやけにカッコよく、可愛くて。そして警察の制服の所為か、なんだか背徳的で……ドキリとする。
「それはそれとして、暑まで同行願いますねぇ」
「仕事はするんだ」
「そりゃあ、仕事ですからねぇ」
「あんたマジで意味わかんねえ……」
よく考えなくても、業務中に身も知らない男を口説いて、キスするのは、いくらなんでもありえないだろ、と乱歩は我に帰り、クソほど怯えた。
「それよく言われますねぇ。まあ、人助けに手段は問わない、てのが俺のモットーですから」
何かヤバい男に目をつけられた気がする。
何かヤバくならないことを祈りながら、乱歩は彼に連れられ、署に向かい始めたのだった。