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第五話 神託捏造

「シアンよ……お前はそういう性癖を持っていたのか、気づかなくてすまなかった」

 

「あ、いや、あれは言葉の綾で……」

 

 家に帰るなり、シアンの……今の俺の父親の書斎に呼び出された。

 どうにも性癖暴露の話はすでに伝わっていたらしい。そうか、電話……魔導話があるのだからこの世界は情報の伝達が早いんだよな。

 どうにか誤魔化そうとしてみたが、父親のマスデロはわかっているといったような表情をしている。

 絶対わかってない。いや、わかっているけどそう受け取られたくない。

 

「お前以外にも娘はいる。だから、お前は無理に結婚しなくても良いのだぞ。どこかに行かなくても良い、家にいて良いのだ」

 

「は、はい……へ?」

 

 マスデロはにっこり笑顔でそう宣言した。

 こうなる展開は予想はしていたが、大方やり手の商人らしく心を鬼にするものだと思っていた。

 しかし、予想以上に親バカだったらしい。

 あるいは『娘はどこにもやらん!』と言うに足る大義名分を得たからなのかもしれない。

 

 しかし、正直こういう展開は胃が痛くなる。今の俺はシアンではないのだから、騙しているような気分になって非常に申し訳が立たない。

 記憶を引き継いでいて、脳も肉体も同じである。その時点で俺は『シアン・モーナ』という存在そのものでもあるのかもしれないが、今のシアン(俺)とかつてのシアンでは人格が違う。考え方が違う。性指向ですら違うのだ。

 変わるにせよ、そうなるに足る過程を踏んでいたのなら当たり前のことであるし、罪悪感を感じる必要もなかった。

 

 しかし、転生だか憑依だかという不条理な現象によっていきなり変えられたのだ。

 いわば、俺はマスデロの愛する娘の人格を消し去った大罪人なのだ。

 俺が悪いわけではないというのはわかっている。俺の意志に関係なくいきなりこうなったのだから、俺に責任はない。

 

 しかし、そう簡単に割り切れるような問題でもなかった。

 とはいえ、この親の愛情は利用しなければならないだろう。

 非常に心苦しいが、男とくっつかなくても済むのかもしれないのだから。

 

「そう……ですか。本当にありがたいです、お父様」

 

「私はお前の味方だ。他の子どもたちもかわいいが、お前は私とマーニの初めての子供だ。こういうことを言うのは親として失格なのかもしれんが、他の妻の子供やお前以降に生まれたマーニとの子より愛情を持って育ててきたし、思い入れも強い。それこそ、後継ぎであるエルガルよりもだ。だから、お前は私が守ってやる」

 

 やはり、その感情は強い。ニセモノである俺が受け取っていいものではないだろう。だが、利用させてもらうことにした。

 その後しばらく、雑談が続いたが話を切り出すことにした。

 

「……信じられないかもしれませんが、話しておきたいことがありますの。お父様が私を愛してくださっているのはわかっておりますが、それでも気味が悪いと思ってしまうかもしれない出来事です」

 

「私がお前を気味が悪いだなんて思うはずがない!大丈夫だ、話してくれ」

 

「ありがとうございます。では話しましょう。昨日の夜のことです。ベッドの上でうつらうつらとしていた頃に、薬師如来、毘沙門天、阿弥陀如来と名乗る三柱の神が降りてこられたのです」

 

 俺の人格が変わったのは、神が降りてきたゆえであるとでっち上げる気だ。

 この世界では迷信が強いから、利用できるだろう。

 

「なんと……!」

 

 この国では一神教のレイ・ビアイヌス・ハスバローム教……レイ教が多数派ではあるが、多神教の神々も少なくない人々から崇められている。

 そして、多神教には種類がありすぎて知らない神の名を出したとしても怪しまれることもない。

 だから、日本にも伝わっている仏たちの名前を拝借させてもらった。

 

 それぞれがどういう存在なのかはよく知らないし、憑依などというよくわからない理屈で……ひょっとしたら神仏が転生させたかもしれない。

 そんな理屈でこの世界に降り立った俺にとっては罰が当たりそうで怖いのだが、利用させてもらう。

 

「阿弥陀如来様が仰られました。『む?このようなところに人の子が迷い込んでくるとは。何事だ?』と。薬師如来様はそれに対して『どうせ我らの事など知覚もできまい。そのうち眠りから覚める。捨て置け』。しかし毘沙門天様は言いました。『いや、どうやら我らが見えているようだな。……なるほど、強い魂だ』」

 

 今言っていることはすべてでっち上げだ。だというのに、真剣に聞いているマスデロがなんだかおかしくて罪悪感が少し和らいだ気がする。

 実際には更に騙しているわけだからもっと罪悪感が高まってもおかしくないはずなのにな。

 ……俺は悪人だったのか?悔しいな。それとも、シアンが本当に悪女だった?……違うような、あっているような。

 それとも、二つの存在が心身合一したことによりこのような性格になった?……今はそんな事を考えている場合ではないか。言い訳を、更に練ろう。

 

「他の二柱は驚きましたが、すぐに平静を取り戻しました。薬師如来様は言いました」

 

『こやつは一つ一つの分野では我らに劣るが、なるほど。いずれは我らを凌駕しうる可能性もある』

 

「毘沙門天様はそれに対し、こう提案しました」

 

『なら今ここで潰しておくのもよかろう。強敵になりうる相手を弱いうちに潰すのは戦の常道であろうよ。わしとしては強敵との戦は望むところであるが、お主らは脅かされたくあるまい?』


『いや……こやつに我らの望みを託すのも良いのではないかな?我が望むのは人の世の安寧だ。それさえ叶うのならそれで良い。阿弥陀如来よ、お主が望むのは人の心の救済であろう?毘沙門天、お主さえ許すのであればこれは僥倖と呼べるのではないか?』

 

「薬師如来様の提案に他の二柱もうなずき、最後にこう言いました」

 

『人の子よ。お前は才能を持っているのに隠しているのだろう?それでは心が救われまい』

 

『人の子よ。お主がその才能を振るうのならば、この世に真の安寧が近づこう。それをもたらした暁になにかしてやれるわけでもないが、お主も心があるゆえ才能は振るいたかろう?我らが許すのだ、他の誰が許さなかろうと問題はあるまい?』

 

『わしはお主に興味はない。拒否しようが承諾しようがどちらでも良い。しかし、才あるものは振るうのが定めであろう。……ああ、そろそろ時間が来たようだな。心の目で直視したことで、我らの名は魂に刻まれたことだろう。それを誉とするが良い』

 

「その直後に目が覚めました。そして私は決心したのです。才やサガを隠すのはもうやめよう、と」

 

 これはいままでのシアンと違うことから目をそらさせるためのカバーストーリーだ。

 たとえ、いままでのシアンと同じように振る舞おうとしてもどこかでボロが出るのは確実だ。

 もっとうまい言い訳もあったのかもしれないが、シアンではない俺では思いつかなかった。

 

 嘘をつくのは、それも即興でというのは得意ではないからな。

 

「ふむ……なるほど、納得した。となれば、今までの振る舞いはすべて才を隠すための振る舞いだったのだな。よくわかった、だがこれは他の者には話さないほうがいいだろう」

 

「ええ、お父様以外には信じがたい話だと思いますのでそうしていただけると助かります」

 

 狐憑きとか悪魔憑きとか言われて処断される可能性もあるから、マスデロ以外には話せない。

 そして、マスデロは自分の子供に関すること……特にシアンに関することであれば秘密は守ってくれるだろう。

 正直な話、今の時点でのシアンはマスデロ以外とは関わりが薄いのだ。

 ギリギリ幼馴染みであるマイロが味方になってくれるかどうか、そんなところか。

 

 そのマスデロにしても一方的な関係に近い。

 

 原作でクラウディアに軽い嫌がらせをしていたのは、初めてできた友達であるから気を引きたかっただけなのかもしれない。もちろん想像でしかないが、そう考えると親近感が湧く気がする。

 ……マスデロ以外が相手ならばいきなり妙なことをしだしてもごまかせる範囲内なんだよ。

 というわけで、一番真実を知られたくないマスデロは封じられてなんとか安心した。

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