第二十六話 恋仲
「あー、この子が今日から編入する……自己紹介をしてくれ」
「我はロゼッタ・エンシェントデイじゃ。このような童女が如き容姿ではあるが、学問はそれなりに収めておる。主君……というよりかは盟友かの?うむ、盟友であるシアン殿の勧めでここに通うことに決めた。よろしく、の?」
編入生として、ロゼッタを入学させることにした。
俺の性癖はバレているので、色々言われるのは怖かったが……現代のこの国をいろいろと知りたいという希望を断るのは、あの『祝福』での盟約以前に、己の境遇を少しだけ重ね合わせたから許してしまった。
断っても大丈夫な頼み方をしていたようなのだが、それでも……断りづらかった。
俺が現世に呼び出した以上、最低限……『二重の意味』で『今度こそ』幸せになってほしかったから。
最初の生における彼女は、戦場を戦い抜いて、栄光を得て、しかし幸せにはなれなかった。
それは原作で語られていたことであり、この世界に来て実際に本人から聞いた事実でもある。
そして、『史実』における彼女もクラウディアと子をなすことはなかった。
おそらくは真の王家の血族であるマイロに遠慮してだろう。いや、それとも別の理由なのか……それはわからないが、一歩身を引いていたのだろう。
そして、そのクラウディアも志半ばで死んだ。その後の余生は軍の指揮や政務に追われながら、ずっと寂しく過ごしたようだ。
これはレイダがドラマで見た知識だから、実際にはどうかは分からないが……おそらくは正しいだろうと思う。
だから、この歴史においては幸せを得てほしかった。
ちなみにエンシェントデイという苗字は、古代王朝における王朝交代時に大きな役割を果たしたとされる名宰相が名乗っていたとされる姓だ。
実際は称号かも知れない。後世の人が名付けた可能性すら高い。もしかしたら、その人物自体が本当は存在しなかった可能性もある。確実に、露骨な偽名として取られるだろう。
だが、それでも良かった。
「はあ、疲れたぞ、シアン殿。楽しかったがな。……お主の愛妾であると勘違いされたりもしたが、そちらはそれでいいのか?」
「今後私が頭角を現すにあたって、あなたもいずれ世間に名を轟かすでしょう。遅かれ早かれ、です。あなたには『籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決する』。そんな人材であることを望んでおりますが、成果をかすめ取る気もありませんからね」
「少し前に聞いた言葉じゃな。その評を貰った異界の英傑、チョウリョウとやらのように行くかはわからぬが……せいぜい役に立ってやろう。むっふっふ」
「ふふふ、期待していますよ」
そんな言葉を交わしてから、俺は剣技部へと向かった。
……ロゼッタも侍らせて。
「まあ、そうなるわよね。あなたは可愛いもの」
今は居残り練習が終わった所だ。
そして、俺がロゼッタを伴って現れてからヒューラは大きく傷ついたような雰囲気を漂わせながらも、気丈に振る舞っていた。しかし、前述したように隠しきれていなかった。普段の実力が発揮できていなかったから。
……これ、完全に俺とロゼッタの関係を勘違いしてるよな?
まさかここまで本気で思われていたとは思わなかった。
それか、俺がロゼッタとくっついたと誤解して初めて恋情を自覚した、とか?
それなら悪いことをしてしまったのかな。
……色恋はまだ早い。そう思っていた、けど。
ヒューラが傷ついているところを見るとこっちまで心が苦しくなる。自分からやらかしたことだとわかっていたら尚更だ。
「……私が愛しているのはロゼッタではありませんわ」
「そう?あなたの好みに完全一致しているみたいだけど……?」
「彼女は我が参謀であり、家宰となる人物です。そのような目では見ておりません」
「……嘘。絶対嘘」
「そう思われますか?ですが、私が愛しているのは……」
そう言って、恥ずかしかったがヒューラの目を直視する。
「え……?う、嘘……。本当、なの?」
「本当、ですか?何のことを言っているのかわかりませんね。しかし、いつの日か力を得て、その方のお父上を倒し、正式に娶りたいと考えているというのは本当です」
直接的な表現は避けて、そう宣言する。
しかし、確実に伝わっただろう。
ヒューラは頬を真っ赤に染めて、俺に近づく。
……え?
「そこまで言ったんなら、もう逃げるのは許さないからね?たとえあの脳筋バカがどれだけ反対しようと、あなたは私のお嫁さんにするから。これはもう決まったことよ」
ヒューラはそう言いながら、壁際に俺を押しやった。
そして、いわゆる壁ドンをされた。
……他の人は見ていないはずだ。それくらいには遅い時間だ。
だが、ここまでされるとは思わなかった。
おもわず、胸のあたりがきゅんっとなった。ドキドキが止まらない。……痛いくらいに心臓が鳴る。
……なんというか、女の部分が刺激された、そんな気がした。
『俺』でも『私』でもなく、『私』という自我の芽生えがこれなんだろう。
……直視するのは避けていた。だが、たしかに今の『私』は『女』なのだろう。
しかしそれはシアン・モーナとして再び自意識が覚醒したという意味ではない。
『俺』という人格が、『私』の脳を介して……『私』として覚醒した、それだけなのだろう。
もはや、私は前世の■■■■という大学生でもない、シアン・モーナという悪役令嬢でもない。
新たな個を確立した……そういうことなんだろう。
それは今より前に既にこうなっていたのかも知れない。だが、気づいたのは少なくとも今だ。
だか、その二つの人格や歴史を捨てるつもりはない。どちらも私の人格の根幹であることには変わらないのだから。
私は前世の■■■■という大学生でもあり、■■■■そのものではない。シアン・モーナという悪役令嬢でもあり、シアン・モーナそのものではない。
それがいいし、それでいい。
それより、今は……。
「さ、流石に恥ずかしいですわ。ないとは思いますが、こんなところ誰かに見られたら……」
「私はもう見られても平気だし、あなたはずっと前からそうでしょ?あんなとんでもない宣言をクラスでしていたくらいだものね。……ふふ、そんなに照れたあなたの姿、始めてみたわ。とってもかわいい。……その、目を瞑って欲しいの」
……キス?
嫌じゃないけど、したいけど、多分まだ早い!
私はともかくヒューラは一応上流階級なんだから、もうちょっとおしとやかに……。
「えぇと……流石にまだ早いですわよっ!こういうのはもっと、仲を深めてから……」
「私たち、実はそんなに仲良くなかったの……?」
口を開いて出た出た一言に、ヒューラはとてつもないショックを受けていた。
……可哀想だけど、正直凄く可愛い。
少しだけ余裕を取り戻せた気がした。
「いえ、私たちは親友ですわよ。しかし、恋人としての仲はまだ始まったばかりですから……」
「……うん。それならいい。それにしても……へぇ、案外奥手なのね。あ〜、もう、かわいいなぁ」
「わ、私なんて可愛くないですわよ……見てくれだけの女ですもの」
「そうじゃないことはこの短い間で良くわかっているから、ね?そして、こういう仲は接触していくたびに深まるもの……って恋愛小説に書いてたから、きっとそうなのよ。だから、ね?」
余裕は錯覚だったのかも知れない。
再び心臓が早鐘を打ち続けて……目をつむって受け入れる状態になった。
「……んっ。えへへ……これで、ちゃんと結ばれたわね」
「う、うぅ……心臓の爆音が鳴り止まりませんわ……」
己自身でも信じられないほど受け身のままファーストキスを終えた。
触れるだけのキス。
前世……いいや、どちらの根幹人格にも経験はなかったし、『私』にとっても初めてだったから、このまま死んでしまうのではないかと思うほど心臓がバクバクしていた。
「……我は当て馬に使われたようじゃの。まあ良い。じっくりお楽しみをするが良いわ、かっかっか。微笑ましいのう、青春じゃのう」
ロゼッタがニヤつきながらこっちを見ていた。
しかし、ヒューラには聞こえていないようで……その後、何度も唇を貪られた。
「はぁ、はぁ……恋人になって初日ですのに、さすがに激しすぎますわよ」
そう言ってヒューラをジト目で見つめる。
「……もっと激しくて進んだことをしてほしいと思わない?私も経験なんてないし、知識すらないけど……戦闘センスだけは抜群だから、きっと……ふふっ」
淫靡な雰囲気を漂わせながら、そんな言葉を返された。
シたいに決まってるじゃん!でも流石に恋人になっていきなりは流石に……。
「流石に、今日はダメですわよ。……そうですね。今週末、空いていますか?」
「え?う、うん……」
本当にオーケーされるとは思っていなかったのか、ヒューラは照れながらそう呟いていた。
初日であんな深いキスまでされたんだから、もう断る必要もない!
歯が当たったりもしたけど、それもまた心地よかった。
「では、今週末……この街でデートしませんか?」
「……!!したいっ!すっごくしたい!でも、あの……図々しいとは思うんだけど、おうちに呼んでくれないかな?おうちデート、したい……」
さっきまであんなえっちな雰囲気漂わせていたくせに、急にウブになっていた。
思わず顔がニヤけそうになる。
「構いませんわ。……私の家族に挨拶します?」
「怒られそうですごく怖いけど、させてもらうわ……」
「私の家族はもう諦め気味ですから大丈夫ですわよ。それにお父様に関しては全面的に応援してくださると思いますし」
「ちょっと安心した……」
「ふふふっ……。では、お泊りデートということでよろしいですか?もちろん、シメは……」
「……うん。絶対忘れたりしちゃ駄目だからね?」
帰る頃には、夜遅くなっていた。
「……あの方と真に結ばれるのには、あの方のお父君を倒さねばならぬのですよね?ならば、私も武術の指導いたしましょうか?」
家の中。護衛であるジョインがどこからともなく現れてそんな提案をしてきた。
「それが一番理想的な道ですが、たとえ私がヒューラさんのお父上を倒せなかったとしても、無理矢理にでも婚姻を結びますからそれには及びませんわ。我が家の中の権力を握るだけでどうとでも出来るでしょう。……というより、あなたの指導など受けていればいつか死にますわよ。自殺願望はないですから。……いえ、ですが、固有魔法の講義は受けたいですわね。ああ、隠れる方ではなく……『一騎当千』の方です。隠れる方も教えてくださるのならば間違いなく欲しいのですけどね」
いくら忠義を誓っているとはいえ、固有魔法を教えてもらえるとは思わなかった。そもそも、相当な素質がないと覚えられないだろう。だから、これは冗談のつもりだった。
「シアン様があの魔法を覚えるのは難しいでしょう。ですが、私の持つ別の特殊な術技であれば教えられます。それに、覚えられるとしたらそちらのほうが役に立つとは思います。シアン様専用のカスタムも出来ますから……。そちらで良ければ教えられますが……どうしますか?」
……アレか。あの、世界の理に反するような意味不明な術技。
たしかにアレを覚えられれば、武技で劣っていようが勝てる場面は増えるだろう。
ゲームにおいてはそもそもクラウディアとの全力の戦いでしか使う機会すらなかったけど、『史実』においては一騎当千の固有魔法と併せて使い、何度も窮地をひっくり返したという。
それだけ反則的な術技だ。だけど、そちらのほうが望み薄だと思っていたんだけどな。
「なら、頼みますわよ。……ありがとう」
そうして、状況が大きく変わったこの一週間は終わりを告げた。




