第十七話 夜のひととき
「あ〜……気持ちいいですわぁ」
人が10人くらい入れそうなくらい広い湯船の中で、一心地つく。
この世界にも風呂はある。庶民はなかなか入れないし普段は水を浴びるくらいだが、上流階級だと毎日風呂に入るくらいは余裕だ。
特にルーネスト屋くらいの富強だと、これだけ大きな湯船を自分ひとりのために使える。
ボディーソープや石鹸はほとんど出回ってないため、水で洗うだけというのが普通なのだが、上流階級用として洗浄粉と呼ばれる魔法によって作られた道具は存在する。
それを使えば振りかけて水で洗い流すだけで汚れや不快な匂いがピッカピカに取れてしまう。
肌が極端に弱いのならば炎症が出ることもあるが、そのレベルにならないと問題が起きない高い安全性というのもすごい。
「……」
いつものように、自分の胸部についたたわわに実った二つの果実を見つめる。
前世で見ていたら我慢ならなかっただろうが、転生してからは興奮しつつもギリギリ揉みしだくのを我慢できる程度には落ち着いている。一応女になったからだろうか。
しかし、いつみても陶器のように白くてなめらかな肌だな。ジロジロ見られまくるのも仕方ない。
しかし、自分の胸を見つめていると妙に虚しくもなる。
なんでヒーロー候補ではなくシアンに転生したのだろうか。どうせならイケメンになって美少女にモテモテになりたかった。
クラウディアは他の攻略対象に押し付けるとして、それくらいは出来たと思う。
女になったからって女の子の胸を合法的に触れるわけでもない。入学式の日の発言のせいで、警戒してくる女子すらいる。
いや、いくら合法でも触ろうとは思ってないけど、猿のような性欲だと思われているようで少し傷つく。
実際には誇大妄想でそこまで思われているわけではないだろうが、傷つくもんは傷つく。
「……ひぅっ」
湯船から上がり、タオルで拭こうとしたときちょっとした甘い痺れを感じ、声を出してしまった。
剣術を習っているから肌も強くなっているはずなのに、感度が高すぎて困る。
元のシアンは使用人の女性に拭いてもらっていたようだが、恥ずかしいので俺は自分で拭いている。
最初のうちは隠れ見ていた使用人に手入れがなっていない!と叱られたもんだが、今は合格点をもらっている。
髪のケアもお手の物よ。それどころか、普段の振る舞いも女性に寄せることが容易となった。
……なんか日に日に男としての尊厳を失っているようで悲しくなるな。
だがそれでも、自分の髪からものすごく良い香りがするというのはまだ完全には慣れていない。
髪の手入れや歯磨きなども済ませたので、あとは自室に戻って寝るかな。
「ふぁ〜あ……」
思わずあくびが出たので手で抑える。眠いな。
そうして自室に歩いていく途中、使用人の男に声をかけられた。
「当主様から伝言を頼まれておりました。テスト勉強はしっかりやっているか、とのことです」
……ああ、すっかり忘れてたな。再来週の木、金、土は中間テストか。
しかし、唯一苦手な歴史は普段から学んでいるし、他に難しそうな地理は重要情報なのでテストには出ない。というか教科自体がない。
他国からも留学生を受け入れているからな。危ないわ。
そして他の教科は俺にとってはラクラクだろう。この国の言語や他国の主流言語については、俺が憑依する前のシアンが詳しく学んでいるし、そこも抜かりない。
と、ここまで考えて陥穽に気付く。体育を忘れてたな。この世界では体育の実技テストも中間、期末テストとして行われる。
でも、一応俺は女なので女子基準で測られる。一ヶ月鍛えただけで、身体能力がそこらの男子生徒より高くなっただろうから、最高評価をもらえると思う。流石に戦闘系の運動部の生徒と比べたら低いが……女子基準なら無敵だろう。なら良いか。
「不足なく励んでおりますわ。心配は無用とお伝えくださいまし」
「承りました、それともう一つ。ラウ・リンドルファーなどと呼ばれているようだが、あまりはしゃぎすぎないようにな。とのことにございます」
親としては娘が心配なのだろう。ここまでマイロが俺を持ち上げるとは思わなかっただろうし。
それに対してもわかったと返して、部屋の中に入った。
シアンの趣味なのか、高貴ながらもファンシーさが拭えない内装だ。俺はこれをあえて残している。
これを見ると少し自罰的になれる気がするからな。
不可抗力とはいえ、俺はシアンを乗っ取ってしまったのだ。罪悪感は持ち続けねばならないだろう。
もっとも、これはただの言い訳で俺が罪悪感を持ち続けたいだけなのかもしれないが。自分を罰している気分でいれば、他人から責め立てられたときも気分が楽だからな。
こんなことばかりを考えていても仕方がないな。さっさと寝よう。
広く寝心地の良いベッドに横になって、眠りについた。




