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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-5.近況報告、ただし名無しの

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5としています。


 こんな類の荷物、送られる心当たりがないんだけど……



 真澄は気付かれないように数度まばたきをし、手渡された封筒を裏返した。

 差出人の名前を確認して視線を上げる。愛想の良いいつもの配達員が、大層良い笑顔でまた一つ礼をくれた。

「毎度ありがとうございますー。もし返信出すなら次来た時に預かりますんで!」

 爽やかに片手を上げて、若い兄さんは「さあ次!」と言いながら走り去っていった。

 届けられた荷物を左手に抱え、封筒を右手に持ち。

 両手が塞がった状態のまま、真澄は半ば茫然と兄さんの背中を見送った。


 ここは第四騎士団訓練場の隣、真澄の仕事部屋である。

 別名、訓練時の魔力回復部屋ともいう。


 朝から真澄が部屋に詰めていると、来訪のノックがあった。

 出ると先ほどの配達兄さんで、届け物の荷物と手紙を持ってきたという。珍しさに真澄は首を捻った。いつも兄さんが来るのは午後なのに、今日に限ってなぜ朝一なのかと。

 すると兄さんからは「急ぎで頼まれたもんで!」と眩しい笑顔が返ってきた。なんと働き者なのだろう。

 そうして渡されたのが、今真澄が抱えている二つである。


 封筒には可愛らしい文字で「親愛なる碧空の楽士ちゃんへ」と宛名が書かれ、裏には差出人の署名代わりか真っ赤なキスマークがついている。

 こういった類を送ってくる相手に心当たりがなさすぎて、不安しか感じない。


 セルジュが夜遊びして、結果飲み屋の姐さんたちから手紙だの荷物だの届くことはよくあった。

 そうであるからこそ配達の兄さんも手慣れているのである。しかしその場合でも宛先はちゃんとセルジュで、わざわざ真澄宛というのはこれまで一つとしてなかった。

 兄さんの背中が廊下の向こう、角を曲がって見えなくなる。

 いつまでもここで突っ立っていても仕方がない。真澄は眉を寄せつつ部屋の中へと戻った。

「……とりあえず開けてみよっかな」

 普段は楽譜やらコップやらを置いているテーブルに荷を置き、呟く。荷物と手紙のどちらを先にするかで一瞬考えたが、そこは順当に手紙からとした。

 キスマーク部分を破らないよう、反対側を切る。

 すると中からもう一通の封書が出てきた。

「入れ子?」

 一回り小さいその封筒には、簡素に「マスミへ」と表書きがされている。


 ひっくり返すも差出人の名はない。

 そしてキスマークもない。


 最初の封筒もそうだがどちらも差出人の名前はなく、先ほどの配達兄さんには「そういうとこだぞ」と言いたくなる。

 大雑把すぎるのだ。

 これだけ大きく発展した帝都にあって、なぜ差出人なしで手紙が届くのか。いや、ある意味で配達人が大変に優秀なのだろうとは思うが、おかしな輩ではないことをどうか確認してほしい。それともたかが手紙一通に望み過ぎか。

 つらつらと考えながら、二通目の封を切る。

 今度こそ普通の便せんが出てきて、真澄は息を吐いた。三枚ほどだろうか。開いて中に目を通すと、そこには「久しぶり」から始まる挨拶と、差出人の近況が書かれていた。


 夏を迎える前に、あちこち野に出て狩りをしていること。

 そこで珍しい白ヌヴィソンという野獣を捕え、良い毛皮が取れたこと。

 その毛皮を襟巻に仕立てたので結婚祝いに送ること。

 結婚祝いといえば、辺境に古くからある海沿いの景勝地に新しい湯脈が発見されたので、旅行がてら一度来たらどうかという提案。

 新しい宿ができているから大丈夫、と文は締めくくられていた。


「だからあんたは誰なのよ……」

 読み終わった手紙を畳みつつ、真澄はがっくりとうなだれた。言いたいことを好きに並べて手紙は終わり、真澄が知りたい情報は一ミリも入っていない。


 外にも中にも署名がないとはどういうことだ。


 書かれている内容から察するに、おそらく彼だという見当はつく。

 が、妙に存在感のあるキスマークもついている上、誘いの内容が内容なので一人で勝手には決められない。仕方なし、真澄はアークの執務室へ行くことに決めた。


*     *     *     *


「まあ間違いなくガルダンだろうな」

 真澄が渡した手紙を一通り読んでから、アークが断じた。

 やっぱりそうだったか。

 内心で真澄は思いつつも、キスマークの謎が良く分からない。たまたま執務室にいたカスミレアズとグレイスも、手紙の中身というよりはそちらに気を取られて目を丸くしている。

 そんな空気を感じ取ったのか、手紙をぽいと机上に放ったアークが続けた。

「大方ここの住所が分からんとかで飲み屋の馴染みに転送を頼んだんだろ」

「嘘でしょ宮廷の住所が分からないって」

 思わず真澄は反駁する。

 エルストラス遠征の前後を合わせると、都合二ヶ月ほどは滞在していたはずだ。それで分からないなんて信じられない。

 が、アークは目を眇めて真澄を見てきた。

「お前、ここの住所をあいつに教えたか? 紙でも口頭でも」

「それは教えてないけど……そういう話の流れになったことがなかったし」

「俺も同じだ」

「いやでも、それならどうして初めて来た時に迷わず宮廷に来れたのよ?」

「飲み屋で情報収集したんだろ。あるいは宮廷まで道案内を頼んだか」

「まさかそんなこと……や、うん。あり得るわね」

 否定しかけた真澄の脳裏には、歳よりかなり幼く見えるガルダンの笑顔が浮かんでいた。

 あれは如才ないというより、人懐こいのだ。

 するりと人の懐に入り込む天賦の才を持っている。

 彼にかかれば初見であっても警戒心は沸かない。そしてあの軽妙な片言で「助けてー」とお願いされたら、まあ、姐さんたちは頼みをきいてやるだろう。

 キスマークと可愛い文字の謎が解けたところで、本題である。

「怪しい手紙じゃないって分かったところで、どうする?」

 真澄が尋ねたのは、ガルダンからの誘いの件だ。


 景勝地にできた新しい湯脈。

 どう考えても温泉だ。真澄としては絶対に行きたい所存である。


「そもそも落ち着いたら温泉行こうってアルラタウで約束したじゃない。名湯中の名湯に案内してやるって言ったでしょ」

 あれは武楽会終了後の寄り道中の話だ。

 レイテアのユク離宮に行き政変に巻き込まれ、その後はアルバリーク辺境の首府アルラタウへ寄った。帰る時分になって宮廷騎士団長であるイアンセルバートから超絶面倒くさい手紙が届き、真澄とアークは一瞬だけ帝都帰りをバックレようかと目論んだのである。

 その時に、いつか絶対湯治場に行こうぜ、と約束した。

「そういやそんな話したな」

「行きたい。温泉入りたい。露天風呂入りたい。お風呂大好きだから連れてって」

「そんなに好きか? いや待て、そういやヴェストーファ駐屯地の外風呂に堂々と入った人間だったか」

「うっ……その記憶はちょっと、……是非忘れてほしいんだけどなあ……」

「無理だろ。もはや第四騎士団の伝説になってるぞ」

 むしろ数多ある碧空の楽士伝説の一発目がそれだ。

 言い切ったアークが「なあ?」とカスミレアズに話を振る。受けた方は大層残念な顔になりながら「……ええ」と言葉少なに頷いた。

「あれほど見張りの意味がなかった任務はちょっと他に思い当たりませんね」

「ごめんってば……ていうかカスミちゃんまで追い討ちかけないでよ、もう……」

 懐かしい記憶は鮮やかだ。


 思えば真澄とアークの成婚の儀が終わってから一ヶ月ほど経った今、暦は春の終わりを迎えている。それは真澄がアルバリークに来た頃と同じで、ちょうど一年が経った。


 長かったような短かったような、どうあれ濃密な一年だった。


 ずっと気を張り詰めて、走り続けていたような気がする。ここらで一息いれても罰は当たらないはずだ。

 そう真澄が力説すると存外にあっさりアークが頷いた。

「折角だし行くか。叙任式は終わったし、星祭りまでは大きな任務も入ってねえし。地方分団の視察に絡めりゃいいだろう」

 むしろ出るなら今しかない。

 そう言ったアークに対し、カスミレアズが「留守はお預かりします」と非常に物分かりの良い返事をした。その隣にいるグレイスも「碧空楽士団用の楽譜の準備は進めておきます」と、これまた有難すぎる言葉をかけてくれる。

 なんとできたナンバーツーたちなのだろう。

 真澄は嬉しさのあまり、その場で万歳をした。

「やったあ!」

「喜ぶのはまだ早い」

 と、なぜかアークが釘を刺してくる。珍しいことだ。不思議に思って真澄が見ると、その顔は渋くなっていた。


 え、なんで。


 真澄が首を傾げると、カスミレアズも「そうですね」と神妙な顔になっていた。

「今から行かれますか?」

「そうする。面倒事はさっさと片付けるに限る」

「──ご武運を」

「ちょっと待って、なにその会話」

 カスミレアズとアークの二人だけでさっさと進められて、真澄には意味が分からない。

 それを尋ねると、アークが「マスミも一緒に来い」と言う。

「一緒にって、どこに?」

「中央棟だ。馬で行くぞ、ついでに最近の訓練の成果が見たい」

「えー、馬術の? まだ全然なのに」

 成婚の儀の後、身辺が落ち着いた真澄は大きく二つの仕事をやっていた。


 一つが碧空楽士団の創設準備。

 そして、もう一つが馬術の練習である。


 楽士たるもの馬に一人で乗れねば前線で足手まといになるばかりだ。それを先だってのエルストラス遠征そして武楽会で痛感した真澄は、その為に時間を割いていた。

 アークはそれを言っているのだ。

「指南役からは筋がいいと報告が上がってきてるぞ。いきなり早駆けしろとは言わんから安心しろ」

「ならいいけど」

 渋々頷きつつ、真澄は「それで?」と問うた。

「行くのはいいけど、何しに行くの?」

「休暇の許可を取りに行く」

「許可って誰に……もしかして」

 そこで真澄ははっとなった。

「気付いたか」

 アークが心底嫌そうに頬を歪めた。

「宮廷騎士団長──イアンのところだ」

 自分の隷下騎士ならばいざしらず、第四騎士団総司令官であるアークが不在になる場合は、それを関係各方面に通達せねばならない。警備計画のやりくりなどがあるからだ。


 それを誰が統括しているのか。


 訊くまでもなくそれは宮廷騎士団の管轄であり、その長であるイアンセルバートに話をつけねばならないことに、真澄はようやく気が付いたのだった。


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