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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-3.景色

こちらは「自由への讃歌」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。




時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-1から続きの02-3としています。


 旅は順調に進んだ。

 往きの道中はあまり寄り道しなかった。まずは期間限定の東国を先に楽しんで、いつでもいけるガルシア国内やライヴァは、帰りに行きたいところに寄ろうと決めたからだ。

 特に護衛する対象もおらず、馬たちが丈夫なこともあり、進みは早い。

 最短距離を走破したお陰で半月と経たずに関所を超えた。アリアとハルヴァリは既に東国に入っており、招待を受けている島のほど近くにまで来ていた。

 今日中には到着できるだろう。

 ちょうど開けた海岸が街道沿いにあったため、アリアたちはそこで休憩を取ることにした。


 人がいない静かな入り江だ。

 波の音だけが規則正しく、穏やかに聞こえてくる。


「綺麗な碧ですね」

 遠浅の海を眺めながら、アリアは呟いた。

 すると裸足で波と戯れていたハルヴァリが振り返る。

「故郷の海に良く似ている。人の来ない秘密の入り江があってな、そこで幼馴染と良く泳いだ」

「そうですか。私は泳ぎはあまり……」

「海は行かなかったか?」

 言うほど遠くもないだろう、とハルヴァリが首を捻る。

 それに対しアリアは「夏になれば一度は行きましたが」と答えた。

「どちらかと言えば食べる中心でした」

「は?」

「海水浴にはたき火がつきものなので」

「……は?」

「取った魚や貝を焼くんです。ご馳走でした」

「そうか。確かに旨そうだがすまん、俺には海でたき火という絵姿が想像つかんのだが」

 なぜわざわざ、とハルヴァリは眉を寄せて怪訝な顔をしている。

 それを見たアリアは周囲に目を向ける。言われてみると、確かにハルヴァリの故郷に良く似ているというこの東国の海岸にも、燃え滓の薪や食べ残した骨、貝殻などは捨てられていない。


 見渡す限り白く輝く砂浜が続く。

 自身に降り注ぐ陽射しも、春というのに熱いくらいだ。


 アリアは波打ち際に歩み寄り、そこでしゃがんだ。透き通る水に手をつける。寄せては返す波はぬるく、まるで海そのものが穏やかに生きているかのようだった。

 なるほど、と得心する。

 アリアは頬を緩めて立ち上がった。

「たき火で暖を取るんです」

「暖?」

「夏でも北の海は冷たいので」

 不用意に飛び込もうものなら心臓麻痺を起こしかねない。

 よし入る、と覚悟を決めねば冷たさに後悔するし、一時も泳げば唇が紫色になる。ゆえに海岸には必ずたき火がある、というのが北の海の常識なのである。

 その冷たさに負けじと育つ海産物であるから、脂がのって旨いというのはまた別の話だ。

「……食いたいな」

「この旅行から戻ったら、ガルシアも夏ですよ」

 アリアが笑うと、「そうだな」と言ったハルヴァリが服を脱ぎ始めた。

 無造作に脱いでぽいぽいと砂浜に放り投げる。下着一枚になった夫は「泳いでくる」と言い残し、碧の海へと駆けだしていった。

 横顔の瞳は少年のようで、彼の愛したライヴァの暖かな海が見えたような気がした。


*     *     *     *


 そうしてしばらく波と戯れた後、アリアとハルヴァリは再び旅装に戻った。

 存外に長居をしてしまった。時刻は昼に近い。

 アリアは芦毛にまたがってから、招待状に同封されていた地図を見た。

「宿が取られている街はもうすぐですね」

 ルツ王女の手紙には、他にも招待客がおり、彼らもまたそれぞれ宿に案内していると書かれていた。


 毎年あるわけではない慶事、招待は多いのだろう。


 街が近づくにつれ、街道にも人どおりが増えており、彼らは東国人らしくエキゾチックな黒髪、黒目がほとんどだった。その中にあって、アリアとハルヴァリはやたらと目立っていた。

 自分たちの外見もさることながら、馬の大きさがあまりに違う。

 東国は仔馬サイズの小さな馬を使うのが主流らしい。忍耐強く大人しい優秀な小型種だと聞く。東国人もあまり背は高くなく、どちらかといえば小柄な人間が多いので勝手が良いのだろう。

 そんな中であるから、最大級の寒冷地馬種にまたがっているだけで注目が集まってしまう。

 さりとて乗り捨てるわけにもいかず、アリアとハルヴァリは好奇の視線を縫いながら目的地へ進んだ。

 程なくして島が見えてきた。

 道は人でごった返している。喧騒から単語を拾うに、島へ渡るための船待ちらしい。老若男女、入り乱れているがその顔はいずれも明るい。

「どうしますか」

 通行の邪魔にならぬよう、道の端に避けてからアリアは問う。

「想像以上の人出ですね。騎馬のままだと進みにくいですし、そもそもこのまま船に乗れるとは思えませんが」

 アリアは芦毛の首筋を軽く叩いた。

 東国の軽馬種ならばいざしらず、この芦毛と黒毛はその何頭分になるだろうか。下手をすれば馬だけ、あるいはそれだけでも積載上限を超える恐れも十二分にある。

 そんなアリアの懸念に、ハルヴァリも「そうだな」と頷いた。

「一度宿に入るか。そこで馬を預けて徒歩で出よう。買い食いもしたい」

 と、指差すのは街道の少し先である。


 波止場に向かう道沿いに所狭しと屋台が並んでいる。煙を立てて串焼きを売る店、この暑さに水分補給を呼びかける飲み物屋。子どもが喜びそうな、色とりどりの珠を軒先に連ねるものもある。

 一風変わっているのは、大きな鉄鍋を豪快に振って焼き飯を作っている屋台だ。

 さすが東国名物。

 華麗に宙を舞う焼き飯は寸分の狂いなく鍋に戻り、その度に見物客から歓声が上がっている。

 昼時とあって、どこも列ができており盛況だ。


「そういえば食べてみたいと言ってましたね」

 ここに来るまでの道中、ハルヴァリがそう零していたのをアリアは覚えていた。


 ちょうど、ガルシアの旧王都──現在はライヴァ公国に併合されたため、ガルシア領の郡都になっている──を通った際に、東国見聞録を買い求めたのだ。


 終戦から一年近くが経ち、徐々に流通が整ってきた証である。


 かつてガルシアは閉鎖的な外交政策をとっており、これまであまり他国の物品や書籍といったものは並ばなかった。しかしライヴァ統治下になってからというもの、様相は大きく変わった。

 ライヴァは基本的に宥和路線で他国と接している。

 文化的な交流にも積極的だ。相手を知ることで、その置かれている環境や主張を理解し、互いに不利益にならない線を見極めて接する。ライヴァの抱える巨大な穀倉地帯そのものも国力の一端ではあるが、同時に寛容なこの姿勢も他国から信頼される大きな要因だった。

 寄らば大樹の陰、とでも言おうか。

 結果として交易が発達し、さらなるライヴァ発展に寄与しているのだ。

 属領となったガルシアにもその恩恵は与えられた。これまで知ることのなかった他国の情報が入るようになり、人の行き来も増えている。


 少しずつではあるが、故郷は息を吹き返し始めているのだ。


 小さくない感慨深さを抱きつつ、アリアは祭りの雑踏に投げていた視線を戻す。

 すると元いた場所にハルヴァリはおらず、忽然と姿を消していた。

「え? ……あ」

 馬上から探すとすぐに見つけた。

 箱を背負って歩きながら飴を売っている男に、なにやら話しかけている。愛想良くうんうんと頷いた男は、それから箱の中に手を突っ込み、飴を二つ取り出した。


 鮮やかな赤。

 それを受け取ると同時、代金を渡すハルヴァリの顔はどこまでも嬉しそうだった。


 アリアはゆっくりと芦毛を歩かせる。

 歓声を上げながら指差してくる子供たちに手を振ってやりつつハルヴァリの傍に合流すると、飴がぽんと放られてきた。

「東国の慶事はやはり赤だそうだ」

 飴をぺろりと舐めつつハルヴァリが言う。

「殿下の色の飴がないか尋ねたんだがな。色を出すのが難しくて、作れなかったらしい」

「そうなんですか」

 言われてアリアは手にしていた招待状に目を落とした。

 柔らかく明るい紫だ。

 高貴でありながら、親しみやすく可憐な色である。

「ライラスの咲く花をそのまま煮出しても、くすんだ灰色になるんだと。つぼみだと綺麗に染まるらしいが、季節がちょうど過ぎたところだそうだ」

「へえ。花とつぼみで違うなんて、不思議ですね」

 馬上でのんびりと飴を楽しみながら、人通りの邪魔にならないよう少しずつ進む。

 面白かったのは、アリアとハルヴァリが雑踏の中で飛び抜けて高い位置にいるせいか、それからすぐに飴屋が繁盛し始めたことだった。

 その様子を横目に見ながら、「でも」とアリアは言った。

「やはり赤で良かったと思います」

「ん? なぜだ?」

「殿下の御色だと綺麗すぎて、食べるのが惜しくなります」

 アリアは舐めていた飴に歯を立てる。

 パリ、と軽い音がして、口の中に優しい甘さが広がった。

「それもそうか」

 ハルヴァリが納得の面持ちを見せる。

 そのままさっさと飴を口に放り込み、小気味よい音が響いた。


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