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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-1.来訪

こちらは「自由への讃歌」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。

時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-1としています。


 訪ね人は突然来た。


 あれこれ思案を巡らせたものの、目の前にいるのは見間違いようのない本人だった。

 アリアはふと自分の服装いでたちを見る。馬の世話のために箒を持つ手には、まだ変わらず剣だこが居座っていた。

「よう、久しぶり。元気そうだな」

 言葉の割りには毎日の挨拶のようにやたらと親し気な声。ひらりと手を振るその姿。

 思わぬ来訪者に驚き、アリアは一瞬言葉を失った。


 こういう時、なんと返せばよいものか。


 考えてはみるが咄嗟に気の利いた言葉が思いつかない。

 アリアにできたことはその場に固まったまま相手を凝視するばかりで、そんなアリアに対し彼は「相変わらずだなおい」と眉を上げた。

「まだ怒ってるのか? もう時効だろう」

「怒ってるってなんの話」

「俺が団長にお前のことをバラした話だよ。最終的に団長の嫁に収まったんだから結果良いじゃないか」

「は……!?」

 すらりと言い放たれた言葉にアリアは絶句した。

 が、そんなアリアを眺めるエルドはまったく悪びれた様子がない。軽い。まったくもって軽すぎる。まるで今でも共に働いているかのような気安さだ。


 ようやく訪れた北国の春。

 少しずつ季節が進む中、今日は殊のほか温かく、陽気が心地よい。そんな中でアリアが馬たちを放牧に出していると、急に背後から声を掛けられたのだ。


 聞き間違いかと思ったが、エルドは確かにそこにいる。

「なぜここに」

「長旅の俺に対する愛想の一つもなし、と。逆に安心したぞ、訊くまでもなく元気だな」

「……来るなら先に手紙の一つも寄越したらどうだ」

 思わずアリアはふくれっ面になった。

 こうまで変わらぬ調子でいられると、未だに騎士団にいるような感覚に陥る。ついアール=レーヴとして返してしまうのだが、これはどうにもエルドのせいだ。

 急に訪ねてくるなど、驚かそうという魂胆が見えている。

 事実驚いたのだが、それを悟られるのが癪でアリアは意地でもねぎらうまいとその瞬間心に決めた。が、しかし。

「その顔。『お疲れさん』なんぞ絶対に言わない、とか思ったな?」

「なぜそれを」

 ぴたりと言い当てられ、思わずアリアの口から本音がこぼれた。

 するとエルドが人差し指を向けてくる。

「正直すぎるだろ。そういう奴なんだよ、俺の知ってるアール=レーヴってのは」

 ため息まじり。

 呆れ顔のエルドに返す言葉がない。しかしそんなアリアには委細構わないらしく、エルドはぽんと小さな袋を放ってきた。

 弧を描いて飛ぶ緑色。

 慌てて受け止めると、それは乾いた音を立てた。

「土産」

「え、ちょっ」

「団長は?」

「……大聖堂に行っている」

「そのうち戻ってくるんだろ? 冷たい茶をくれ、ついでに茶菓子も」

 暑い暑いと襟をくつろげながら、エルドはさっさと邸の表に向かって歩きだす。その背を見るアリアには言いたいことがありすぎて、何からぶつければ良いか分からなかった。

 ふと放牧場を振り返る。

 黒毛と芦毛は珍客など気にもせず、春の陽射しの中を駆けていた。


*     *     *     *


「随分と急だったな。連絡なしとは珍しい」

 言葉とは裏腹に、嬉しそうに頬を緩めるのはハルヴァリだ。

 アリアが放牧場から戻った後、エルドを来客用の応接に通して茶の準備をしていたら、存外に早く帰ってきたのだ。久しぶりに会う腹心の部下、ハルヴァリは素直に再会を喜んだ。

「急ぎだったんですよ。のん気に手紙なんぞ出しても追い越すのが目に見えたんで」

 それならいっそ、ということで、エルドは溜まっていた休暇を消化する態で来たという。

 アリアとハルヴァリは顔を見合わせる。

 ライヴァ王都でなにかあったのだろうか。中央騎士団長が交代してからもう半年近く経つ。去り際にハルヴァリが大きな釘を刺してはきたが、遠くにいると甘く見て後任一派がまた面倒事を企んでいるのか。

 良くない予感にアリアの顔は曇り、ハルヴァリは眉を寄せる。が、それは次の瞬間エルドから否定された。

「あーそんな顔しないでください。別に悪い知らせってわけじゃありません」

「それなのに急ぎか?」

「相変わらずですね。団長はもう少し不真面目になるっていうか、仕事から頭を離した方が良いと思いますよ。せっかくこんな良い場所にいるんですから」

 この山の幸はちょっとお目に掛かれない。

 そう評しながら、エルドはアリアが出した茶菓子をもくもくと食べる。それは青果店の娘、サシャ嬢が作ってくれた焼き菓子だ。山で採れた木苺を干し、さらに数種類の木の実と合わせてしっとりと焼き上げた重厚なフルーツケーキである。

 彼女の作る菓子は大層美味い。

 もとより青果の取り扱いに詳しいサシャは、そこからさらに一歩踏み込み季節ごとの菓子や保存食など、積極的にあれこれ作っている。それはこの小さな集落の人間の大きな楽しみであったが、隣街からわざわざ買いに来る者もちらほら出始めた。彼女から請け負ったハルヴァリが、買い出しついでに隣町に卸し始めたのが短期間で評判になったらしい。

 これを褒められると我がことのように誇らしい。

 気分が良くなったアリアは、同じくサシャ謹製のリンゴジャムとクラッカーを無言でエルドに差し出した。

「こんなのも作れるようになったのか。さすが、家庭に入ると違うな」

「違う」

「違う?」

「私は作ってない。作れる気もしない。料理は未だに指南書なしでは塩焼きか塩ゆでしかできない」

「お、おう、そうか。なんか悪かったな」

「頂きものだ。青果店の娘のサシャが、いつも」

「青果店って……あーあれか! 二十一人目の!」

「にっ、この、やかましい!」

 手を叩いてにやついたエルドに対し、アリアは手元に置いていた手巾を投げつけた。

 それはパサ、と軽い音を立ててエルドの額に当たる。

 が、エルドはまったく意に介さず、リンゴジャムの瓶に手を伸ばしてスプーンを握った。

「いやー懐かしいな。しかしヒュスタスさんもよく連れてったよなあ。最初聞いたときはたまげたよ」

 話題のサシャ嬢がこの集落に来たのはおよそ一ヶ月ほど前、まだ雪が残る早い春のことだった。

 元副団長のヒュスタス=グレーデンが三十人ほども集めてライヴァからここへ越してきたのだ。そのほとんどは騎士だったが、数名は女性がいて、そのうちの一人が彼女である。

 サシャは王都にいた頃、アリアに惚れて告白してきた。

 が、当然アリアは断ったわけで、しかしその告白されて断った人数というのが中央騎士団内で無駄に一人歩きしていたのだ。エルドはそのことを言っている。

 アリアは閉口してハルヴァリを見た。

 しかし下手にこの話題に触れると火傷すると思っているのか、ハルヴァリは微妙な面持ちのまま貝になっている。諦めたアリアが視線を戻すと、エルドがたっぷりとジャムを乗せたクラッカーを口にぽいと放り込んだ。

 それから胸元をごそごそと探る。

 やがて取り出されたのは、少しだけくたびれた封書だった。

「ほら」

「……私に?」

 エルドはアリアに向けて封書を差し出してきた。

 思わずアリアは首を捻る。エルドはお構いなしに封書の宛先を指差した。

「間違いなくアール=レーヴ殿宛だろう」

 指差されている流麗な文字は、確かにかつてアリアが名乗っていた偽名を綴っている。

 しかしそれがアリアの疑問に拍車をかけた。

 アリアはとうの昔に中央騎士団を去っている。性別詐称をして騎士団に所属していたため、当時から人付き合いはほとんどしていなかった。期間を開けて尚、手紙をやりとりするような間柄の人間などいない。

 訝しみつつ封書を手に取る。

 裏返して差出人を確認した時、アリアの目は驚きに見開かれた。

「殿下……?」

 ぽつりと零した呟きに、ハルヴァリが反応する。

 アリアは差出人の面を見せながら、「ルツ王女殿下からです」と言った。


 ルツ王女。


 彼女はライヴァ公国の第一王女で、昨秋に隣国へと嫁していた。

 当時、輿入れ道中の護衛計画をどうするかで揉めていた。王女には密かにアリアが女であることを明かし、最終的に護衛計画に対する承認を取り付けた経緯がある。

 アリアも国境まで護衛として帯同し、その姿を見送った。

 あの日が今生の別れだと思っていた。華奢ながら真っ直ぐに伸ばされた背筋が今でも目蓋に焼き付いている。

「な、急ぎだろ」

 なぜか得意げにエルドは言うが、あまりにも予想外すぎてアリアは二の句が継げなかった。


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