33.対魔王最終兵器
宝物殿の入口に詰めかけていた魔王軍に対し、まずは開幕宣言のごとくアークが一発見舞った。
青い光が弾ける。
ものすごい音と共に何本かの柱が折れ、一部の外壁にぽっかりと穴が開いた。城壁のレンガがガラガラと音を立てて崩れていく。
付近に集まっていたのは小物の兵士ばかりと見え、彼らは火球一つの威力に慄いていた。
こちらに向けられていた唸り声や血走った数々の目。それらは徐々に小さくなったり逸らされ始め、押し寄せようとしていた魔王軍はそこで二の足を踏んだ。
アークがずいと前へ出る。
合わせて包囲網がずざ、と下がる。さながら潮が引くようだ。
「三下がいくら集まっても無駄だ。さっさと魔王のところに案内しないと、城が消えてなくなるぞ」
それはつまり働き口がなくなると同義である、とアークが脅す。
そして駄目押しとばかりにもう一発火球を投げ、さらにもう一画が崩れ落ちた。華麗だったはずの天井画が見るも無残に欠け落ちる。そこから差し込んできた日の光が妙に眩しい。
もはや魔王城を爆破解体する勢いである。
アークの全身からゆらりと滲む青い魔力。
一歩一歩、ゆっくりと進める足。鋭い黒曜石の瞳は周囲の魔王軍を睥睨する。
その様子に恐れをなしたのか、一瞬の間の後、小物たちはわあわあきゃあきゃあと逃げ惑い始めた。もはや包囲網などあってない。
「あっこら待て!」
アークが慌てて引っ掴もうとするも、すばしっこい小物たちは捕まらない。
「何逃げてんだ案内しろっつってんだろ! お前らそれでも魔王軍か!?」
「いやあんたね、どの口がそれ言うの」
こんなに脅したらそりゃ普通逃げるでしょうが、と真澄が呆れている。
「もう少し穏便に事を運ぼうって気はないわけ?」
「充分に穏便だろ!? 三下どもを一掃したわけじゃねえぞ、あくまでも城壁を二か所崩しただけじゃねえか。人的被害を出してない時点で俺は話し合いの余地を十二分に残してるぞ!?」
なんなら寝返ってきた奴を受け入れる腹積もりまである。
だからこその「案内しろ」なのだとアークが力説するが、目の前の惨状を見るにその意図はまったくもって伝わらなかったらしい。
蜘蛛の子を散らしたかのように、近辺にはもはや誰もいない。
強いて言うのならば、最後の数匹がアークの開けた大穴から外へと逃げ出す背中がかろうじて見える。
それを認めたアークが、心底悔しそうに舌打ちした。
「くそ、案内役を捕まえて時間短縮するつもりが……!」
「まあ普通の神経持ってたら、話が通じるかどうかまず疑問よねー。出会い頭にああだもの」
ぴ、と真澄が指を差す。
崩壊した外壁の存在感がすごい。確かに初手でこうだと逃げたくなる気持ちは分かる。幸だって、こちら側ではなくあちら側に立っていたら確実に尻尾巻いて逃げていた自信がある。
「総司令官。こちらに城の見取り図があります」
と、少し離れたところからアリアが声を上げた。
脇にある柱のうち、彫刻が施されていない四角の太い柱がある。そこに、白地の大きな紙が貼られていた。
「工事中だからでしょうか。仮の見取り図のようですが、進むにあたっては問題なさそうですよ」
アリアの視線の先には模造紙のような大きさの紙と、そこに書き込まれた四階分の平面図が見て取れた。
基本の線は黒だが、そこに加えて所々に朱書きが入っている。
工事が進捗する度に、迷わないようこうして書かれているのだろう。完成した暁には取り外されるか或いは綺麗な案内板に変わるのか分からないが、どうあれ現時点ではこれが最新だと信じるより他ない。
「写真撮っときます? あーでも、大きすぎて見る時拡大しなきゃかも」
幸はスマホを構えてその見取り図をフレーム内に収める。
毎回拡大するのは手間かも、と悩んでいると、「大丈夫」とアリアが言った。
「紙だから軽い。持ち歩いても問題ないと思う」
そして言うが早いか、見取り図に手をかける。
留められていた四隅を豪快に破り、「ここに地図は書かれてないから大勢に影響なし」とさらに豪快な台詞付きで、それを床に置く。見た目と台詞のギャップがすごい。
アリアが見取り図を床に置く。
全員で覗き込むと、ちょうど幸たちがいるのは一階だと判明した。
ちなみに先程までいた宝物殿は地下一階から三階まであるらしいが、よく走破できたなと感心すると共に、やはりあの紫老人は中々に嫌らしい根性をしているとの評が下された。
「階段があそこにあって、とするとこの印が階段ですね。こことここ、……あとはここですね」
一階の大広間、その最奥にある階段を見遣りつつ、アリアが見取り図上のあちこちにある同じ印にペンで丸をつけていく。
どの階もかなりの広さだが、階段の位置がバラバラだ。規則性がまるでない。
「これ、地図なしだったら絶対迷う自信があるんですけど」
海川山で遭難経験のある幸だが、この魔王城でも遭難できそうだ。
「逸れなければ大丈夫」
アリアが笑って励ましてくれる。
その笑顔に、幸は少しだけ気が休まった。
「これ、階の名前かな」
と、真澄が細い指先で見取り図を指す。
各階から一本線が伸び、そこに何某かが書かれている。五行ほどだろうか。大変残念なことに最初の部分は分からなかったが、一番下の行だけは日本語だった。
「梅の間……?」
「どう見てもそう書いてあるわよね?」
幸が口に出した単語に、真澄が片眉を上げる。
その線はちょうどこの一階部分の説明らしく、となるとこの色々と豪奢な広間は通称「梅の間」と呼ばれていることになる。
造りはいわゆる西洋風であるのに、呼称が和。
あらゆるものがこの世界に辿り着くとは聞いているが、なんとも不思議である。
「梅要素、どこにもないですよねえ?」
幸は周囲を見回す。
しかし梅の生け花や絵、あるいは意匠などはどこにもなかった。
横で真澄が首を捻る。
「二階は竹の間らしいけど」
「え、魔王ってまさかの日本人だったりするんですかね」
「そうだったら意外と話通じるかもね。とりあえず行きましょうか」
この本城の造りは地上四階建てだ。魔王は本城の最上階にいると事前に分かっているので、後は登るだけである。
少なくとも一階にはもはや魔王軍の姿はない。
そういうわけで、一行は落ち着いて歩きつつ、二階を目指した。
* * * *
常識的な段数で二階に着くと、そこには大きな扉があった。
両開きで、かなり高さがある。
巨人でも通るのだろうかという風情だ。
絢爛豪華な絵が描かれている。右が白虎だろうか、白い毛並みに爛々と輝く緑の瞳、大きく開けた口は真っ赤で今にも動き出しそうだ。左には双子のように、金の毛並み赤の瞳の猛虎が油断なくこちらを見据えてきている。
他に通路はない。
先に進むには、目の前の扉を開けるしかない状況だ。
「また鍵かかってるんでしょうか」
そうなれば破壊からの取り囲まれるという一連の流れが繰り返される。
幸が漏らした不安に、「中に何があるのか次第だな」とアークが答えた。
「他に通路がないなら、毎回ここで鍵の開け締めするのも面倒だが」
どうだかな、と小首を傾げながらアークが取手に手を伸ばす。
直後、ガチャ、というごく普通の音と共に扉が動いた。
「やっぱ開いてたなってうおっ!?」
突然アークが扉から飛び退いた。
床を一回転半しながらその間に腰に差していた戦斧を抜き、扉に向かって投げつける。
体操選手もかくやという華麗な動きだ。
戦斧は風を切りながら回転し、宙を飛ぶ。
ドガッ!
激しく扉に突き刺さる。あまりの衝撃に、木でできている柄がビイン、と震えている。
確実に刃が向こう側に突き抜けているだろう。
すわ何事かと敵が飛び出してくるかもしれない。
そんな緊張を持って幸が扉を注視すると、なんとそこにはただの木の板しかなかった。
「……えっ」
今の今までそこにいた二頭の虎の姿が忽然と消えている。
どこに行った。
狐につままれた心地で幸が視線を走らせると、事態が割りと逼迫していた。
グルルルル……
低い唸り声が左右から聞こえてくる。
左に金、右に白。
低くいつでも飛び掛かれる姿勢に、明らかに敵意に満ちた目。二頭の虎から、幸たち一行は挟み撃ちを受けていた。
確かに絵にしては躍動感溢れていたが、まさか本当に動くなどと誰が思うだろう。
「門番か」
アークが白虎に対峙しながら低く呟く。
その手には、先ほどの宝物殿から失敬してきた鞭が握られている。攻撃を躱しながら戦斧をぶん投げ、体勢を立て直したと思ったら既に次の武器を構えるあたり、瞬発力がもはや常人を超えていると思うのは幸だけだろうか。
この人は鞭も扱えるのかという驚きと共に、絵面が猛獣使いそのものである。
「これをどうにかしない限り、進めないんでしょうか」
油断なく魔剣を構えるハルヴァリが、じり、と足を進める。
「おそらくな」
「実体はありそうですね。アリア、後ろを頼む」
言うが早いかハルヴァリが魔剣を振った。
黒い靄が斬撃となって飛ぶ。
当たるか。
期待されたがしかし、金虎は寸でのところでそれを躱した。
とん、としなやかに飛び上がる。
猫のようだ。
壁を蹴り、その跳躍は三角形を描く。すごい身のこなしだな、と見とれていると、金虎は後方にいた幸たちに牙を向けていた。
アリアの頭上を一足飛びに越えようとしているのだ。
高い天井はこの為かと納得する。アリアの剣は聖剣だが、斬撃は飛ばない。宝物殿にあった剣だと見抜かれているなら、手の内が半分知られているも同然となる。
幸と真澄は緊張に思わず身を寄せ合う。
しかし直前で青い防御壁が展開され、金虎の攻撃は弾かれた。
「リョウ、走れ! 攻撃は俺が防ぐ!」
アークから鋭い指示が飛ぶ。
指は扉を差しており、「扉を開けろ!」と続いた。
稜が走る。
その動きに反応したのか、焦ったように二頭が追いかけようとする。が、それはアークの鞭とハルヴァリの斬撃で防がれた。
「サチ! マスミも行け!」
扉に向かって青く囲まれた道が繋がる。その中を幸と真澄は必死に駆けた。
この虎は、扉に住んでいる門番だ。
どうあれ線を越えて中に入ってしまえば、きっと追ってはこないのでは。
そんな期待を幸が抱く中、稜が扉を開ける。幸はすぐに追いつき扉を越えるも、急ブレーキをかけて立ち止まった稜の背中にぶつかった。
鼻が痛い。
しかしその痛みは稜の背中ごしに見た光景に、すぐ飛んでいってしまった。
目の前に超大型獣の群れがいる。
待ち構えていた風ではない。扉から少し離れた場所で、それぞれ横たわって休んでいる。昼下がり、暑さを避けるように木陰で寝そべるライオンの群れのようだ。
かなり大きい。
これまで襲われたことのあるやつはせいぜいが大型犬くらいだったが、ここにいるのは一頭一頭がばんえい馬並だ。
彼らは不思議な毛色をしている。
白いのだが、毛先が金銀や虹色に輝いている。粗野というよりは、どこかしら高貴な雰囲気さえ漂っている。
「立ち止まるな、先に行け!」
「駄目ですアークさん!」
虎の猛攻を防ぎながらのアークに、幸は叫んで状況を知らせた。
動きを注視されている、と。
群れは襲ってくる素振りはない。奥に扉があるが、その前に陣取っている。
知性ありそうな佇まいだ。
だからこそ、襲ってこないからといって安易に素通りできるとは到底思えなかった。




